月不知のセレネー10
それから鍵山さんはゆっくりとピアノを弾き始めた。曲はリクエストされたショパンの別れの曲。誰でも知っている名曲中の名曲だ。それこそクラシック音楽に疎い私でさえかろうじて弾けるほどの。
でも彼女の演奏する別れの曲は普段聴いてるそれとはまるで違っているように感じた。別れというタイトルのはずなのにその音色は妙に嬉しそうに聞こえた。言葉にすればチープだけれどピアノを習いたての子供がやっと覚えた曲を親に自慢するような響きがそこにはあった。「ほら、ようやく弾けるようになったよ。すごいでしょママ」そんな感じだ。
そしてそれと同時に彼女の演奏は完璧に近かった。限りなく完璧に近い。だけれど決して完璧ではないのだ。そこには単純な演奏の上手い下手とは違った何かが欠けている気がする。それが何なのかは私の語彙力では説明出来ないけれど、その欠けた部分が彼女らしい演奏を作り上げている気がした。
おそらく彼女はここまでの演奏が出来るまでに血反吐を吐くほどの練習をしてきたのだろう。それは鍵山さんの奏でる音を聴いただけで察することができた。並の練習ではこうはなれないのだ。明らかに地域のピアノコンクールに出る程度の腕前ではないし、何なら数十年ピアノ一筋のピアニストだってこの音は作り出せないと思う。
私がそうやって鍵山さんの演奏に集中している横で京極さんは目を閉じて眉間に皺を寄せていた。おそらく彼女も私と同じようなことを考えているのだと思う。まぁ、京極さんの方が私なんかよりずっと鍵山さんの気持ちは分かるとは思う。
思えば京極さんも音楽に関しては天才だった。今はバンド内でもボーカル兼サポートギターに身を甘んじているけれど、本来の彼女は日本国内でもかなり上位に入るレベルのギタリストなのだ。彼女の才能を完璧に使う日がこれから先に来るかはかなり微妙なのだけれど。
私が京極さんと出会った段階で彼女はギタリストとしては平凡よりやや上程度に落ちていたらしい。理由はライブ中の怪我。それはギタリストとしては致命的な怪我だったようだ。京極さんから聞いた話だとそのときの後遺症が今も残っているとか……。だから彼女は自身のギターの腕を「私なんかどさんぴんだよ。並の下の下」と自虐するのだと思う。
怪我した当時の京極さんはどんな思いだったのだろう? 別れの歌を聴きながらそんなことを思った。きっと手首を切ってこの世にバイバイしたいくらい悩んだはずだ。幸いなことに新規で募集したリードギターがすぐに見つかったことで彼女の死は回避できたけれど、状況次第では彼女はもうこの世には居なかったのではないだろうか? ま、もちろんそんなIFは考えても意味がないのだけれど。
鍵山さんは私のそんな思いを余所に淡々と演奏を続けていた。才能だとか夢だとか未来だとか。そんなことどうでも良いみたいに。




