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月不知のセレネー8

 まず私は鍵山さんに冬木さんを紹介した。できうる限り丁寧に、そしてお互いが緊張しないように気を配った。幸いなことに二人とも思ったよりは緊張していないらしい。

「初めまして。冬木紫苑です。鍵山さんのボカロ曲たくさん聴かせていただきました」

 私の簡単な説明が終わると冬木さんはニッコリ笑ってからスッと頭を下げた。

「初めまして。鍵山月音です。こちらこそ冬木先生の作品はよく聴いてます」

 鍵山さんは口元を緩めて言うと「テレビで異世界奇譚も見てました」と付け加えた。

「本当ですか!? いや、嬉しいです」

 冬木さんは予想外だったのか少し驚いた表情を浮かべた。そして恥ずかしそうにデレデレした。その顔は非常に幼く見える。

 二人がそうやって会話している横で京極さんは退屈そうに窓の外を眺めていた。きっと京極さんはこの手の格式張った挨拶が苦手なのだ。前にニンヒアの株主総会に参加したときも似たような顔をしてたっけ。そんな数年前の記憶が蘇る。

 そんな京極さんを尻目に私は彼女たちに今後の予定をゆっくりと説明した。楽曲制作の段取りだったり、お互いの作品のすりあわせだったり。そんな事務的な話を詰めていく。

「……ということは三ヶ月後が締め切りですか?」

 一通り説明を終えると鍵山さんにそう質問された。

「そうですね。一〇月には情報解禁、一二月には発表って流れですので……。こちらとしては情報解禁のひと月前には楽譜と歌詞は欲しいです」

 私はスケジュール帳を確認しながらそう答えた。本当はもっと締め切りを前倒ししたいけれどこれが限界だろう。

「そうですか……。あの、実は八月末にコンサートがあるんです。なので九月上旬はちょっとキツいかも……」

 鍵山さんはそう言うと申し訳なさそうに眉をへの字に曲げた。

「わかりました……。そこら辺はこちらで調整してみます。状況次第ではスケジュールを後ろ倒し出来るかもしれないので」

 私はそんな風に場当たり的なことを口走った。正直スケジュールの後ろ倒しなんてかなり無理があるのだ。京極さんだってジュンくんだって暇じゃないし、私だってやることは山積み……。まぁそんなこと言ったって仕方ないのだけれど。

「ねぇ陽子さん」

 私がスケジュールを頭で練っているとふいに京極さんに呼ばれた。

「なぁに?」

「いやさ。ちょっと無理あるかもだけど七月中に鍵山さんに缶詰してもらって仕上げるのはどうかな? いや、もちろん鍵山さんが出来ればだけどさ。そうすりゃどうにかなんじゃね? 東京にひと月だけでも部屋借りて貰えれば私もほぼ毎日通えるし」

「そうね……」

 そうね。とは言ったものの京極さんのアイデアはかなり無理があると思った。やり方にもよるだろうけれど、盲目の少女をホテルに軟禁して作曲させるのはあまり現実的ではない。

「どうかな鍵山さん? 無理にとは言わないけど、そうして貰えるとすんげー助かるんだよね」

 京極さんは私の思いを余所に鍵山さんにそう尋ねた。

「そう……ですね」

 鍵山さんは困ったように返事すると遠藤さんの方へ目を遣った。  

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