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月不知のセレネー1

 月が浮かんでいる。ガラス製の人工的な満月だ。ライトアップされたステージには完全に調律されたグランドピアノと白いワンピースを着た黒髪の少女。私はその少女を観客席から眺めていた。偽りの月明かりに照らされた鍵山月音を――。


「良い演奏だったな」

 コンサートが終わった後、惣介は余韻を味わうようにそんなことを呟いた。

「そうだね。初めて彼女の演奏聴いたけどこんなに才能がある子だとは知らなかったよ」

「お前は……。まぁ仕方ねーか。俺も鍵山絢音に娘がいるなんて知らなかったし」

「彼女のお母さん有名人なんだよね?」

「ああ、そうだな。一応ピアニスト界隈ではかなり名の知れた人物だと思う」

 惣介はそう言って私にパンフレットを差し出した。パンプレットには『鍵山絢音と鍵盤の世界』と書かれている。そしてそのタイトルの下には鍵山さんのお母さん……。鍵山絢音がピアノを弾いている姿が写っていた。非常に綺麗な女性だ。そして鍵山さんによく似ている。

「惣介は彼女とは面識あるの?」

「ああ、一応な。ほら、おふくろの実家ってそこらにパイプ持ってるからさ」

 浦井家のパイプ。それなら納得だ。たしか透子さんの実家はかなりの資産家だったと思う。

「もしかして透子さんと鍵山さんのお母さんって……」

「ん? ああ、知り合いだよ。おふくろの話じゃ小さい頃に立食パーティで何回か顔会わせたってよ。ま、アレだよ。知り合い以上友達未満みたいな関係」

「ふーん……。やっぱり透子さんって計り知れないよね」

 本当に計り知れない。彼氏の母親ながら彼女の持つ人脈を薄ら寒く感じる。

「俺だっておふくろのことはよく分からねーよ。あのおばちゃんやたらコネ持ってんだよな。……それはそうと」

 惣介はそう言うと言いにくそうに項を掻いた。

「西浦有栖の件。何か分かったか?」

「……今んとこは何も。てか直で探りいれられるわけないでしょ? 『西浦さん、もしかしたニンヒアから独立考えてます?』なんて聞けると思ってんの?」

「そりゃあ、そうだろうけどさ。何かねーのかよ。社外の人間に会うとか、電話でよく分からない話してるとかさ」

 私の反応など意に介さないように惣介は食い下がる。きっと彼もスクープが欲しくて必死なのだろう。

「仮にね。私がそれを知ってたとしてだよ」

 私はそこで一旦話を区切る。

「それを簡単にゴシップ記者に売ると思う? 売るわけないよね? 特にあんたみたいな奴には絶対に」

 私はそう言って惣介の目を睨んだ。

「ってことはアレか? お前もしかして何か掴んでるのか?」

 惣介は私の言葉から都合の良い語句だけ読み取ってそんな反応をした。最悪。だからあんたは嫌いなんだ。

「いーや。全然知んない」

 私は彼の期待を全力で裏切るように言うと「べー!」と舌を出した。まぁ、本当に何も知らないのだけれど。


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