フユシオン32
惣介は家に上がり込むなりリビングのソファーに勝手に腰を下ろした。そして「タバコいいか?」と言ってアメリカンスピリットの箱を取り出した。
「悪いけど禁煙」
私は感情を乗せずにそれだけ返した。私の返事に惣介は「あ、そ」と言ってタバコを胸ポケットに戻す。
「とりあえず何か煎れるよ。兄貴はコーヒーでいい?」
「ああ」
京介はそれだけ確認するとキッチンに向かった。リビングには私と惣介だけが取り残される。
「お前は変わらないか?」
ふいに惣介にそう尋ねられた。まるで晩ご飯の献立でも確認するみたいな聞き方だ。
「変わらない」
「そうか。会社はどうよ?」
「普通」
「ふーん。そういえば西浦有栖の部署に異動になったんだってな」
「……誰から聞いたの? 透子さん?」
「いや、おふくろじゃねーよ。芸能部の奴から。ほら、ニンヒアって俺の会社のスポンサーだからさ。聞きたくなくても情報は入ってくんだよ」
惣介はそう嘯くと面倒くさそうに肩を竦めた。
「御社の営業は口が軽いのね」
私は皮肉を込めて嘯き返す。私のその言い草に惣介は「ああ、マジでな」と嫌な笑みを浮かべる。
「それで? 今日は何しに来たの?」
「ん? ああ、ちょっと京介の顔見るついでにお前の耳に入れときたいことがあってな……」
惣介がそこまで話すと京介が部屋に戻ってきた。部屋中にコーヒーの香りが立ちこめる。おそらくペーパードリップしたのだろう。京介はこういうところが几帳面なのだ。
「何の話してたの?」
コーヒーカップを置きながら京介が口を挟んだ。
「ああ、そうだな……。うん。京介、お前にも話しとかなきゃな」
惣介は何やら自分だけで納得しながらコーヒーに口を付けた。そして「アッチ!」と言ってコーヒーカップから口を離す。
「兄貴猫舌なんだからいきなり飲まないでよ」
「悪い悪い。ちょっと冷ますわ」
惣介はそのままコーヒーカップをソーサーに下ろす。
「えーとな……。まず春川。お前、西浦有栖に関して何か悪い噂聞いてないか?」
「西浦さんの? 特には聞いてないかな」
「そうか。いやな、ウチの芸能部の同期がある情報掴んでな。まぁゴシップって奴だよ。まだ裏は取れてねえけどなかなか面白そうなネタなんだ。で! だ! それが西浦有栖がらみだったからお前にも話聞きたくてよ」
惣介は鼻息荒く言うと胸ポケットからタバコの箱を取り出して一本口に加えた。
「ちょっと! 禁煙って言ったでしょ?」
「ん? ああ、そうだったな……。クソ! なぁ、ベランダ借りていいか。ニコチン切れてちゃ集中できねぇ」
「……。灰皿ないんだけど」
「それは大丈夫! 携帯用持ってっから」
「あーもう! あんたはなんでいつもそうなの!? ちょっと待ってな」
私はそう言いながら立ち上がるとベランダに向かった。そして洗濯用の竿に掛かっていたストッキングとシャツを部屋に取り込む。
洗濯物を取り込んでいると思わずため息が零れた。なんで私はこんな男のために動いてやらなきゃいけないんだ。あんなに最低の別れ方したのに未だに世話を焼かなきゃいけないんだ。そんな思いがこみ上げてくる。
「お、ベランダ綺麗にしてんじゃん」
私が洗濯物を部屋に放り投げると惣介がベランダに顔を覗かせた。そしてそのままタバコに火を付ける。
「ちょっと! マジで灰散らかさないでよね」
「ああ、分かってるって」
惣介は軽口を叩くとそのままベランダの手すりに背中から寄りかかった。そして口からタバコの煙を吐き出す。
「なぁ、春川。お前これから大変になるかも知んねーぞ」
「何がよ?」
私は最高にイライラしながら惣介にそう尋ねた。勿体ぶりやがって。と口から出そうになる。
惣介は私のそんな態度を見て楽しそうに笑った。そして「あのな、お前の上司ニンヒアから独立するみてーだぞ」と当たり前のように続けた。




