二つの鍵盤7
店主に呼ばれて高校生くらいの女の子がこちらにやってきた。黒髪のセミロングボブ、黒縁眼鏡。背はそれほど高くない。細身中背ぐらい。ごく普通に健康的で可愛らしい。そんな女の子だ。
「あのぉ! ニンヒアの方ですか?」
その女の子は緊張したように上ずった声を出した。近くで見ると思っていたより幼く見える。
「はい。株式会社ニンヒア、クリエイター発掘部の春川と申します」
私は簡単に自己紹介をするとポケットから名刺を取り出した。書かれている肩書きはクリエイター発掘部部長代理。……まだ慣れない。この名刺を見るたび悪い冗談のような気がする。
「ありがとうございます。あ、名刺!」
女の子はそう言うと慌ただしく店の奥に一旦引っ込んだ。そしてとんぼ返りのようにすぐ戻ってきた。
「すいません。ご丁寧にありがとうございます!」
彼女はそう言いながら私に名刺を差し出した。
「いえいえ」
彼女から名刺を受け取る。名刺には『ファンタジー文芸作家 半井のべる』と書かれていた。どうやらこの子も作家らしい。
「こんなところまでわざわざ来ていただいてありがとうございます。えーと……。今日、冬木先生の付き添いをさせていただく半井です」
彼女はそう言って「よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。話から察するに彼女は冬木紫苑の友人か何かなのだと思う。
それから半井さんは私を奥の席に案内してくれた。それと同時に店主の女性が『本日貸し切り』と書かれたイーゼル板を店の前に出しに行った。どうやら今日は私のために店を貸し切りにしてくれるらしい。
その様子から半井さんが店主の女性の身内だということが何となく分かった。店主は半井さんのことを『ふみこ』と本名らしき名前で呼んでいるし、おそらくは半井さんは彼女の孫なのだろう。
案内された席には二人の男女が座っていた。左には応募用紙で見た女性、右には体格のいい男性が座っている。
「紫苑さん。ニンヒアの担当者さんいらっしゃいましたよー」
半井さんはそう言うと左側の女性の後ろに立った。そして彼女の肩を後ろから抱きながら私の方に彼女の身体を向ける。
私は一瞬、何をしているのだろう? と思った。そしてすぐに思い至る。後天盲。つまり彼女の目には私の姿が映らないのだ。
「こんにちは。西浦さんから話は伺ってます。春川さんですよね」
彼女はそう言うと私の前に右手を差し出した。その手は細く、化粧っ気などは全くない。
「初めまして。ニンヒアの春川です。西浦がいつもお世話になっております」
私はそんな定型文的な挨拶をして彼女の手を握った。そして彼女の手の温度を感じた――。