フユシオン18
コーヒーを飲み終えると兄は『異世界奇譚』の校正に取りかかった。文章の外科手術。兄と私にとってもっとも大切なライフワークだ。
まず私が打ち込んだ誤字脱字だらけの原稿をコピー用紙に出力する。誤字脱字だらけ……。分かってはいるけれど言葉にすると居たたまれなくなる。おそらく他の作家は私みたいに誤字だらけではないのだ。まぁ、視力のことがあるので致し方ないのだけれど。
兄はそんな私の思いを知ってか知らずか淡々と誤字を修正していった。時々「ここの『早い』は速度の『速い』だね」とか「ツルギの『剣』がクダンの『件』になってるから直すね」とか言うだけで私を責めたり嫌味を言ったりはしなかった。月並みな言い方だけれど兄は非常に大らかなのだ。少なくとも私に対してはとても寛大だったと思う。
誤字脱字の修正が終わると兄はそれを再びパソコンに打ち込んで出力し直した。そして私と向き合ってから言い回しの修正や表記のブレを直す作業に移った。兄の朗読を聞きながらの修正。私はこの時間がとても気に入っている。
兄の声はナレーター向きの優しい声だった。だから自分で書いておきながら私は『異世界奇譚』の世界に引き込まれていった。妖精が飛び回る様が浮かび、ドラゴンと対峙する主人公の表情が瞼の裏に浮かんだ。兄には朗読の才能があるのだ。それだけで仕事に出来るかも知れない。身内の欲目とはいえそう思う。
朗読と文章の修正を繰り返す。次第に物語が型にきっちりはまっていく。それは私にとって最高の贈り物だった。人に読んで貰う為の作品ではあるけれど、その前に私自身が最初の読者になれたことがとても誇らしく思えた。
思えば最初はこんなに上手くは出来なかった気がする。私の文章は拙かったし、兄の朗読と校正校閲も勝手が掴めていなかったように思う。だからこれは兄妹で共に育てた感性なのだ。一緒に作り上げてきた芸術作品……。大げさに聞こえるかも知れないけれど本気でそう思う。
「よし……。じゃあこれでアップしようか」
一通り校正校閲が終わると兄がそう言って立ち上がった。そしてネット上に作品を公開した。
「お疲れ様。今日も楽しかったよ」
「ああ、そうだね。僕も楽しかった」
兄はそう言うと「ふぅー」とため息を吐いた。本日のお仕事終わり。それを告げるように――。




