フユシオン17
兄主導で私たちの代表作のアニメ化は進んでいった。私がしたことは「それいいね」だとか「それはちょっと」だとか。そんな風に意見を言うことだけだったけれど、不思議とスムーズにプロジェクトは進んだ。別に兄としては私を蚊帳の外に置きたかったわけではないと思う。でも結果的に私は直接的にはそのプロジェクトに関わらなかった。
そうなったのには私たちの作家としての成り立ちが関係していた。表向きの『冬木紫苑』は私で兄はあくまで代理人。出版社やその他の関係者にはそう思われていたことがその理由だと思う。
ミステリアスで顔を人前に決して晒さない性別不明の作家。それが私たちが作り上げた『冬木紫苑』なのだ。だからあくまで兄は私との中継ぎ役として関係各所に挨拶していたのだと思う。
思えば兄自身は自分のことを作家だとは思っていなかった気がする。あくまで校正校閲係であり、矢面に立つ存在……。兄はそんな風に振る舞っていた。
そんな兄だけれど、アニメプロジェクトには割と乗り気だった。それが私としては不思議で仕方なかった。兄はそこまでアニメ好きというわけでもないのだ。むしろ苦手な部類だったような気さえする。
でも……。私はそんな風に楽しそうにアニメ化の話をする兄を見るのが好きだった。普段聞けない兄の嬉しそうな声を聞けることは私としても嬉しかった。今となっては真意は分からないけれど兄としては『これで御苑の作品が日の目を見られる』と思ったのかも知れない。
ともかく、そんな感じで私たちのアニメプロジェクトは進んでいったのだ――。
「ふぅー」
兄はため息を吐くとキーボードを叩くのをやめた。
「お疲れ様。お兄ちゃん、今日はずいぶんと長いことやってたね」
「ああ、そうだね。いや……。もうすぐ締め切りだからさ」
兄はそう言って立ち上がると、身体を思い切り伸ばした。視界に映る兄の姿がチーズみたいに縦に伸びる。
「今日は怪奇譚の更新どうする? スケジュール詰まってるならお休みのお詫びツイート考えるけど?」
「いや、大丈夫だよ。更新しよう。……ってかそっちが本丸だからね」
兄はそう言うとテーブルの上のコーヒーメーカーに手を伸ばした。
「御苑も飲む?」
「うん!」
それから兄は私にドリップコーヒーを差し出した。指先に触れるカップが温かい。どうやらカップ自体を湯煎したようだ。
「お母さんは? 今日も夜勤だっけ?」
「ああ、みたいだね。さっき今日は泊まりだって連絡あったよ」
兄はそう言いながらコーヒーに冷ますように息を吹きかけた。
「そっかぁ。最近夜勤多いねぇ」
「なんか担当の患者さんの加減が良くないらしいよ。まぁ、母さんの居る病棟はそういう場所だから仕方ないけどさ」
兄はそう言うと肩を竦めた。そして「あんまり無理すると母さん自身が患者になっちゃうよ」と付け加える。まぁ母の職業を考えると多少は致し方ない気もするのだけれど。
私たちの母は総合病院で看護師をしていた。一応の役職は師長らしい。母の話だと院内での母のポジションは下手な内科医よりずっと上だとか。(これに関しては眉唾かも知れないけれど)
そんな多忙な母だからか。幼少期の私を育ててくれたのは主に兄だった。当時から兄は家事全般熟していたし、何なら母よりずっと父の世話をしていた気がする。
そんな状態でも兄はそれに関して不満を零すことはただの一度もなかった。それはきっと私の目が見えなくなってしまったからだと思う。
思い返すと……。失明した当時は自分のことを酷く呪ったものだ。なぜ私なんだ? 私が何か悪いことをしたか? 神様なんかいやしない。そんな風に思った。
大好きな本がもう読めない。歩くことだってままならない。友達とも普通に遊べない。一生このままなら死んだ方がマシだ……。当時はそんなことを兄に向かって泣きながら叫き散らした――。今思うと酷く情けない話だけれど。
だから思う。普段は普通に接しているけれど兄は私の大恩人なのだ。彼がいなければ私はとっくの昔に死を選んでいたと思う。




