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フユシオン10

 翌日。私は早朝出社して今日の分のデスクワークを済ませた。そして自分のデスクから必要になるであろう備品をバッグに詰めた。全て詰め込むとノートPCと今回の企画書でバッグがパンパンだ。

 その足で新宿駅へ向かう。時刻は七時半。我ながら几帳面な時間管理だと思う。きっとこれは母親の教育の賜だろう。

『一五分前行動しなさい』

 そんな母の言葉が思い出された。別に母は教育熱心というわけではなかったけれど礼儀と人としての正しさは彼女から嫌というほどたたき込まれた気がする。幼い頃はそれを煩わしく感じることが多かった。思春期の頃はそのせいで何回も母と喧嘩した。まぁ、今となってはその母の言葉に同意せざるえないのだけれど。

 やはり社会で生き抜くためには礼節は大切なのだと思う。礼儀正しくいれば不必要な苦労をせずに済むし、何よりお互いに気持ちよく過ごせるのだから。

 新宿駅に着いた時間は七時四五分だった。安定の一五分前行動。我ながら自分の正確さに感心する。

「春川さん」

 私が五分ほど新宿駅前の紀伊國屋前で待っているとジュンくんがやってきた。彼も時間前行動する人間なのだ。(ちなみに『バービナ』のメンバーは比較的時間には正確な方だと思う)

「おはよう」

「おはようございます。春川さん早いですね……。お待たせして申し訳ないです」

 ジュンくんはそう言うと腕時計に目を遣った。彼としては私より先にここに到着しているつもりだったのだろう。

「いやいや、私は毎度こんな感じだから気にしないで。じゃあ早速行こうか」

 それから私たちは田園都市線の改札へ向かった。やはりと言うか何というか、改札もホームも人でごった返している。

「ありゃりゃ。また満員電車か……」

「ですね。春川さん大丈夫ですか?」

「ん? 大丈夫だよー。てか子供の頃からずっと満員電車には乗ってるから慣れてるしね」

 そう言いながら高校時代をふと思い出した。思えばあの頃から私はずっと満員電車に乗っているのだ。だから今更心配される言われもないだろう。

「私よりジュンくんのが大丈夫? 顔バレしたら面倒じゃない?」

「ご心配なく。これでもほとんど顔バレしたことないんですよ。……ま、僕らのバンドがそこまで人気ではないって事なのかも知れませんけどね」

 ジュンくんはそんな自虐を言うと戯けたように笑った。笑い事ではない。もし誰も彼に気づかないとしたらニンヒア的には死活問題だ。もし今の発言を広報部長が聞いたら顔を真っ赤にして怒鳴り散らすかもしれない。

「そう? まぁいいわ」

 私は腹の中にあるそんな思いを飲み込むとそれだけ返した――。

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