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スプートニク・ショック29

 栃木県内に入ってから一時間くらい経っただろうか? 車は日光清滝インターチェンジで下道に降りた。分かってはいたけれど見える景色は山。暗がりでもそれぐらいは分かる。そんな場所だ。

「えーと……。ここから三〇分ぐらいで戦場ヶ原です」

 京介はナビを見ながらそんなことを言った。

「長かったねぇ」

「ほんとですね。ここからは山道なんで安全運転で行きますね」

 京介はそう言いながら健気そうに笑った。表情から察するに割と疲れている。状況如何では帰りは私が運転しようかな……。反射的にそう思った。

 車はさらに深い暗闇に吸い込まれていった。次第に街灯も減って人工的な明かりはヘッドライトだけになっていく。本来の夜には明かりなんてものはほとんどないのだ。少なくとも人間に対して好意的な明かりはないと思う。

 その暗闇は不思議なほどの静寂を私たちに与えた。一定のリズムを刻むエンジン音とタイヤの摩擦音。それが返って静けさを際立たせているように感じる。沈黙というわけではない。そこにあるのは自然の静けさだ。動物としてのヒトが安心できる。そんな静寂だと思う。

 それから少し走ると車は広めの駐車場に停車した。どうやら目的地に着いたらしい。

「到着しました」

 京介はそう言うと大きく背伸びをした。

「お疲れ様ぁ。長いこと運転ありがとね」

「いえいえ。じゃあ行きましょうか」

 車から降りるとすぐに夏草の香りが鼻を突いた。その香りは小学校の通学路に咲いていたムラサキツユクサの匂いに似ていた。肌に触れる風は涼しくて心地良い。都内では感じることが難しい空気だ。

 天上を見上げると無数の星々が輝いていた。天の川も見える。きっと本来地上から見える星空はこれなのだろう。私は妙に達観した気持ちでそう思った。

 少し進むと手すりのある展望台のような場所にたどり着いた。そこには木製の看板があり『日光国立公園 戦場ヶ原』と大きく書かれていた。手すりの向こう側には草原が広がっている。山々と草原。そして空には神様に零されたような星の海。

「この時期の空はやっぱり良いですね。僕はどちらかと言えば夏の天体観測のほうが好きなんですよ」

 京介は照れたように言うと手すりに寄りかかった。私も彼の隣の手すりに寄りかかる。

「たしか夏の星座って射手座と蠍座だっけ?」

「そうですね。黄道十二星座なら射手座・蠍座・天秤座が夏の星座です。他にははくちょう座やわし座、あとこと座ですね。あ、これは夏の大三角を含む星座なんですよ」

「ふえぇ。やっぱり理系だねぇ。星座に詳しいんだ」

 私が冷やかし半分でそう言うと京介は「すいません」と照れたように笑った。

 それから京介は様々な星座の話を聞かせてくれた。夏の大三角を形成する一等星の話から始まり、各星座に纏わる神話。そんな科学とも民俗学とも言えないような話が数珠つなぎのように紡がれていく。

 星の話をする京介は図書館で話しているとき以上に生き生きしていた。それはまるで天真爛漫に夢を語る小学生のようだ。きっとこれが京介の素なのだろう。彼の話を聞きながらそんなことを思った。

 楽しそうにしている京介の話に相づちを打っているだけで私は幸せな気持ちになった。彼が天上を指差して私は彼の指し示した星を探す。そんなことの繰り返しがたまらなく愛おしくなった。

 愛おしい……。ああ、残念だ。どうやらもう落ちてしまった。

「ねえ京介くん」

「はい?」

 私は彼に声を掛けた。そしてそのまま彼の頬に手を回した。


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