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スプートニク・ショック22

 アルバイトを初めて二ヶ月後。すっかり業務にもスタッフにも慣れた頃の話だ。私は予期せぬ事態に見舞われた。一応は惣介がらみ……。だと思う。

 それは私にとっては吉報だったと思う。まぁ、それに気づけたのはしばらくあとのことなのだけれど――。

 

「春川さん!」

 図書館で受付をしていると見覚えのある男の子に声を掛けられた。一瞬それが誰だか思い出せなかったが、すぐに阿久津京介だと気づいた。清潔感のある短髪に丸眼鏡。その容姿は大人になったのび太君のようにも見える。

「あ、ああ……。どうも」

「ここでお仕事されてたんですね」

「うん。まぁね」

 私はできうる限り他人行儀に答える。正直、必要以上に関わりたくは無い。

「あの……。この前はすいませんでした」

「ああ、いいよ別に。もう終わったことだから」

 私は強がり半分の諦め半分でそう答えた。本当にもう終わったことなのだ。後の祭りってやつだ。英語にすればアフターカーニバル……。いや、こんなグーグル翻訳みたいな訳にはならないとは思うけれど。

「そうですか……」

 京介は少し申し訳なさそうに項を掻いた。その姿がほんの少しだけ惣介とダブって見える。

「まぁアレよ。男女なんてそんなもんだからさ」

 私はそう言って無理に口元を緩めて笑顔を取り繕った。おそらく不自然な顔だと思う。仕方ない。今はこれで精一杯だ。

 挨拶だけすると京介は「じゃあ失礼します」と言って階段を上がっていった。目的地はおそらく四階。理工学系図書のあるフロアだと思う。

 確か京介は地学専攻だったはずだ。将来は博士課程を目指しているのだとかなんとか。要はお利口さんなのだ。惣介のような天才肌ではないけれど、秀才なのは間違いないと思う。

 京介が行ってしまうとため息が零れた。別に彼に対して特別な感情はないけれど、元彼の弟というだけで妙な気持ちになった。それは嫌悪感ではない。あえて言うなら戸惑いと懐かしさ。その両方がぐちゃぐちゃに混ざったような気持ちだと思う。

 どうやら私はまだまだ惣介の呪縛から逃れられないようだ。何かあるたびこうやって思い出してしまうのだから本当に嫌になる。いっそのこと私が大学を退学すれば良いのではないか? そんな親不孝な考えさえ浮かんでしまうほどに追い詰められている。

 それから私は貸出業務に専念した。学生たちはレポートに使うであろう本を何冊か借りいった。貸し出す本はバラエティに富んでいてこの図書館の蔵書の節操の無さを感じる。

 ある学生は量子力学の小難しい本を。またある学生は行動経済学の入門書を借りていった。きっと今週中に必死でレポートを仕上げるのだろう。お疲れ様です……。同じ境遇なので自然とそんな気持ちになる。

 そんな感じで貸出業務をしていると京介が早足で上の階から降りてきた。彼の手にも厚手の本が握られている。

「すいません。これ貸してください」

 京介はそう言って本を貸し出しカウンターの上に置いた。本のタイトルは『スプートニク・ショックと東西冷戦』。やはり科学系の書籍のようだ。

「はい、では学生証の提示をお願いします」

 私はさっきまでと同じ調子で事務員のように受け答えした。いや、さっきよりずっと事務員的かも知れない。中小企業の気の利かない女性事務員。そんなイメージが脳裏を過る。

「はい、では一週間の貸し出しになりますので七月一四日までにご返却ください」

 私は冷たい口調で言うと貸出票の挟まった本を京介に差し出した。我ながらガキっぽいことをしていると思う――。

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