スプートニク・ショック21
軽音部を辞めてからの日常は小川のように緩やかに流れていった。単位取得もスムーズだったし図書館でのアルバイトも順調だった。何よりもストレスが減った気がする。無くしてみて分かったけれどどうやら私にとって惣介は重荷だったらしい。ダメンズって奴だ。きっとあのまま付き合っていたら私はもっと荒んでいたと思う。
もちろんまだ彼のことは常に頭の片隅にはある。好きだった頃の気持ちの残骸が大学のあちこちに散らばっているように感じるのだ。それは学食の自販機で売られているブレンドコーヒーだったり、学内の桜並木だったりした。そんなありふれた景色の端々に惣介の影がちらついく。ウンザリするぐらいに。
私はそんな恋慕の絞りカスたちを見るたび酷い目眩に襲われた。思い出がフラッシュバッグし、惣介と一緒に過ごした日々が目の前に広がるのだ。それは非常に甘美な景色……。戻れるものなら戻して欲しい。そう願いたくなるような景色だ。
でも不思議とその発作的な衝動が治まると、そんな気分は一気に消し飛んでいった。最終的には理性が勝ち、オンナとしての本能は敗北した。惣介のDNAが欲しい。彼との間に子供が欲しい。おそらく生物学的メスとしての身体がそれを求めているのだ。それはとても原始的な衝動だと思う。
言い得て妙だけれど、惣介を好きだった春川陽子と今現在の私は別人格なのだと思う。もちろん思考や記憶に差異はない。多解離性同一性障害という意味でもない。あえて言葉にするなら魂的な何かが変わったのだと思う。
きっと私は惣介のことを運命の相手だと思い込んでいたのだ。彼とは生まれる前から結ばれる運命で、神様は私たちが出会うように仕組んだ……。そんな風に思っていた。今思えば付き合っていた当時にはそんな感覚が確かにあった。
慣用句に『若年の恋』なんて言葉があるけれどまさにそれだったのだと思う。何が何でも一緒に居たい。蹴飛ばされても、罵倒されても、浮気されたってかまわない。ずっと惣介を愛していたい。死が二人を別つまでずっと――。そんな馬鹿げた恋愛の禁断症状に冒されていた。
醒めてしまった今となってはそれもお笑いぐさだ。だから今はもう一つの慣用句、『百年の恋も冷める』のほうが合っているきがする。――。




