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スプートニク・ショック17

「お疲れ様」

 私は努めて冷静に惣介に声を掛けた。心なしか自分の声じゃないように聞こえる。

「春川……」

 惣介はそう言いながらゆっくりを私の方に振り向いた。彼はまるで幽霊でも見たような顔をしている。

「次は空き時間でしょ? ちょっと話があるから学食行こ?」

「ああ……」

 惣介は観念したのか、項をボリボリ掻くと面倒くさそうに立ち上がった。久しぶりの会話がこれか……。そう思うと妙な気分になった。怒りではない。どちかと言うと呆れに近いと思う。

 講堂を出るとすぐに学食に向かった。道中の会話は無い。惣介は一言も口をきかなかったし、私だって話しかけたりしなかった。いっそのこと『いい天気だね。ピクニックしたら気持ちよさそう!』とでも言ってやろうかと思ったけれど結局は何も言わなかった。これからこの男と別れ話をするのだ。そんなつまらない嫌味一つで逃げられたらたまったもんじゃない。

 学食へ向かう道が恐ろしく長く感じる。見慣れた石畳と両脇の芝生、そしてすれ違う学生たちが私の心を酷く乱した。『あんたらはいいよな。面倒な彼氏の面倒な別れ話がなくて!』そんな嫌味を適当な学生に浴びせてやりたくなる。……でも結局は言わなかった。分かっているのだ。私はそう思うだけで行動はしない。だって私はごく一般的でつまらない。そんなオンナだから――。

 学食に着くと自販機に直行した。そしてカップ式のコーヒーを二つ買った。私は砂糖なしのミルク有り、惣介は砂糖入りのミルクなし。そんな真逆の注文をする。

 思えば私たちはいつもこんな感じだった気がする。ギターの弦の硬度は私が一番柔らかいタイプで惣介は一番堅いタイプだった。私がミステリー小説好きなのに対して惣介は純文学をこよなく愛していた。はっきり言って相性が悪いのだ。最悪と言っても良いかもしれない。付き合っているときはそれが心地良いと思っていた。今となってはそれも嘘みたいだけれど。

 一週間会わなかった程度でこんなに気持ちが変わるものなのか。私は自分の感情の変化に戸惑いを覚えずには居られなかった。

 私だって少し前までは本当に惣介のことを愛していたはずだ。どんなに好みが合わなくたっていい。人格否定みたいな言葉をたまに言われたって我慢できる。そう思っていたのだ。

 まぁ……。今となってはその全てが夢や幻みたいだけれど――。

「で? 話って?」

 惣介はそう言うと四人がけの席に腰掛けた。私は彼の斜め向かいの席に座る。

「そっちこそ私に言わなきゃいけないことがあるんじゃないの?」

「俺が?」

「うん。食事会んときはいきなり帰っちゃうし、それからは軽音部にも出てこないし……。これじゃ私どうしたらいいか分かんないよ」

「ああ……。そうか」

 惣介はガスが抜けかけたヘリウム風船のような返事をすると眉間を人差し指でなぞった。惣介の眉間には彼とは血の繋がらない父親そっくりの皺が刻まれている。

 それから惣介はしばらく俯いて考え込んでいた。私はただ彼の言葉の続きを待った。


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