スプートニク・ショック10
皺ひとつない真っ白なテーブルクロス。そして処刑台のように整然と並んだ椅子。私たちが案内された個室にはそれらが並んでいた。壁には日本の西洋画家がレンブラントの画風にやたら影響を受けてしまったような絵画も飾られている。高級レストランというにはあまりにも取って付けたような内装だ。幸いなことに例のピアノの音は聞こえない。代わりにCD音源らしきヴァイオリンの音がスピーカーから流れている。
「オシャレな店ね」
透子さんは個室を見渡すとそんなことを呟いた。そして真っ白なテーブルクロスの手触りを確かめるように指先で撫でる。
「うん。実はここの料理長って高校のときの同級生のお父さんがやってるんだ」
京介が透子さんの呟きに被せるようにそんなことを言った。そこには京介の言葉には必死さが浮かんでいる。
「あら、そうなのね」
「うん。前にご馳走になったけど旨かったよ」
「フフフ、それは楽しみねぇ」
京介はその透子さんの反応を見て少し表情を緩めた。そして残りの男二人の顔を見て再び顔を強ばらせる。
「惣介、あんたしっかり食べてきなさいね。なかなかこんな店来れないんだから」
「ああ……」
惣介はふて腐れたように返事をした。ああ、また一悶着ありそうな予感がする……。
それから食事会は和やかな雰囲気で進むことは無かった。いや、正確には透子さんだけ和やかであとの人間は針の蓆だった。特に惣介たちの父親はずっと怪訝な顔をしていた。まぁ当然だろう。目の前にいる女は自分を裏切った人間なのだ。そして托卵計画を失敗した息子もどきまでいる。女の私から見たって酷い状況だと思う。
そんな私たちの気持ちとは裏腹に店内のムードはとても良かった。BGMで流れているヴィヴァルディの四季も決して悪くない。テーブルに並ぶ料理はどれも味が良かったし、グラスに注がれる水さえとても美味しく感じた。今度は惣介と二人きりで来たい。そう思えるほどに。
「惣介の成績はどうなんだ? ちゃんと卒業できそうか?」
ふいに彼の父親が惣介にそう尋ねた。表情は相変わらずムスッとしている。口調は事務的で、まるで部下に仕事の進捗を確認する上司のようだ。
「まぁ……。ぼちぼちです。留年はしないと思いますよ? おそらく全優だと思うし」
「そうか……」
優秀な成績の托卵の息子。そんな関係を象徴するかのように彼は惣介と一定の距離をとって受け答えしていた。惣介もすっかりうんざりしたような顔でてきとうに受け答えする。
「ほんとよねぇ。まったく誰に似たんだか……」
透子さんは当たり前のように言うと「私は見た目しか能がなから」と付け加えた。一瞬耳を疑ったけれど聞き間違いではないらしい。
「何言ってんだよ。いい年こいて……」
「はぁ? 惣介、あんた母親にそんなこと言っていいわけ?」
「んだよ。ほんとのことだろ?」
浦井家の二人はそう言って罵り合う。でも不思議とそこには後腐れのようなものは感じられなかった。おそらくはいつものことなのだ。浦井透子とはそういう女だ。清純派悪女。そんな女優じみた肩書きが脳裏に浮かぶ。
「あのさ……」
浦井親子の親子喧嘩を諭すように京介が口を挟む。
「今日はだまし討ちのような真似してごめん。でもどうしてもみんなには集まって欲しかったんだ……。これから家族になるだろう春川さんにもね」
京介はそこまで話すと深く深呼吸した。その呼吸には善意だけが籠もっているように感じる。圧倒的で儚い善意。誰も救えない良心だけが――。




