スプートニク・ショック9
浦井透子。私が彼女に抱く印象はある意味で好印象、ある意味では最悪だった。パッと目は感じの良い女性だと思う。笑顔が最高に可愛らしいし、気遣いだって出来る。決して意地悪なことはしない。そんな女性だ。容姿端麗で才色兼備。あくまでパッとと見では。
しかしその裏に隠れた男癖の悪さは酷いものだった。常時複数の男と関係を持ち、毎晩違う男と寝る。そんな女だ。同じ女として最高に軽蔑する。まぁ……。幸いそのことで私が実害を受けたことはないのだけれど。
これは推測だけれど、きっと彼女は蝶よ花よと両親に育てられたのだ。惣介から聞いた話だと彼女の実家はそれなりの資産家のようだし、きっと何不自由ない学生時代を過ごしてきたのだろう。まぁ、幸か不幸か彼女の端麗な容姿がその学生時代を酷く淫らなものにしてしまったようだけれど――。
「あら? 惣介も一緒?」
透子さんは驚いた風に言うとニッコリと口角を上げて笑った。大きな瞳は細くなり、目尻にかすかに皺が見える。
「お久しぶりです」
「あらあら。こんにちは。たしか……。陽子ちゃん? だったっけ?」
「はい! 先日はありがとうございました」
私は反射的にごく一般的な挨拶をした。透子さんは相変わらず感じが良い。いや、感じがよく見える。
「なんでいんだよ……」
私と透子さんがそんな話をしていると惣介がボソッと呟いた。誰に対して言ったのか分からないような声だ。そこには困惑と疑念の色が浮かんでいる。
「ごめん兄貴。僕が呼んだんだ」
惣介の様子を見てすぐに京介が惣介に頭を下げた。誠実な確信犯。そんな矛盾した言葉が私の頭に浮かぶ。
「お前……。マジかよ」
惣介は肩を落とすと何かを振りほどくように首を横に振った。
この殺伐とした家族の食事会に放り込まれた私はいったいどうしたら良いのだろう? 私は冷静にそんなことを思った。暗い顔をする阿久津家の二人と惣介。それを意に介さない様子の透子さん。そんな歪な家族だ。変な話、この家族を眺めているだけで家族問題を取り扱った小説一本くらいは書けそうな気がする。
嫌な空気が肌に張り付く。それはまるで真冬にウールのセーターを躊躇なく着て静電気が指を打つような空気だ。軽めの一触即発が連発する。そんな雰囲気が私の周りに満ちている。
気がつくとピアノの演奏が違う曲に変わっていた。ショパンの『幻想即興曲』からベートーヴェンの『月光』に。たしかこれの正式な曲名は『ピアノソナタ第一四番』だったはずだ。
なぜこの曲を? 私はピアノの曲目を選んだ人間を恨んだ。『幻想即興曲』にしたって『月光』にしたってこの場の空気を悪くするであろう暗い楽曲ばかりだと思う。
「……他の客の邪魔だ。とりあえず中に」
京介の父親は顔色一つ変えることなくそう言った。他のみんなはそれに黙って頷いた……。
こうして阿久津家と浦井家の食事会は暗い幕開けを迎えた。はたして部外者の私が居る意味はあるのだろうか?




