スプートニク・ショック8
ピアノの澄み切った音色が耳に痛い。ピアニストの指のめまぐるしい動きが目に浮かぶようだ。曲名は幻想即興曲……。ついさっき惣介に嫌みったらしく教わった曲だ。
「ご無沙汰です」
惣介は私を無視するように言うと彼の父親に会釈した。
「ああ、そうだな」
彼の父親はまるで興味ないみたいに返答する。おそらくもう既にうんざりしているのだろう。
「そちらは変わらないですか?」
「ん? まぁ、変わらないよ。そっちは?」
「変わらないです」
実につまらない会話。親子とは思えない。まぁ実際、血縁上は赤の他人なのだけれど。
「そちらは?」
惣介の父親は表情を変えないまま私に一瞥した。牽制と抑圧。そんな視線が私に刺さる。
「は、はじめまして。惣介さんとお付き合いさせていただいている春川陽子です」
「ああ、君が……」
惣介の父親はまるで分かりきっていたことを反芻するように私の姿を上から下まで舐めまわすように見た。蛇のような視線の動き。初対面のときの惣介と非常に似ている。
「愚息がお世話になっております」
彼は態度を軟化させることなくそう続けた。態度と言葉がちぐはぐで妙におかしく感じる。
「いえ、こちらこそお世話になっております」
そんな定型文的な挨拶に定型文を返す。まるでお見合い。そんな気分になる。
京介はそんなやりとりをやきもきしながら眺めていた。口元だけ緩め、目には緊張の色が浮かぶ。まだあどけなさの残る顔が可愛らしい。
「じゃあ店行こうか?」
惣介はまるでさっきまでの口論がなかったかのようにそんなことを言った。この男の感情は本当に読めないのだ。起爆と自動炊飯のボタンが付いた炊飯器みたいな奴……。とわけの分からない例えが頭に浮かぶほどに。
それから私たちは予約してあるホテル内のレストランに向かった。レストランの前には花が詰め込まれた木製のリアカーが飾られいる。その横には手書きのイーゼルに本日のおすすめが書かれていた。。ナチュラルテイストのガーデンレストラン。そんな雰囲気の店。
「んじゃ入る……」
惣介がそう言いかけて急に固まる。視線は私たちがやってきたロビーの方を向き、心なしか口元が震えているように見えた。
惣介の視線の先――。そこには私の見知った顔があった。惣介と京介の実母にして、彼らの育ての父親の元伴侶。
久しぶりに見る彼女の顔は非常に若々しく、見ようによっては二〇代後半にさえ見える気がした。愛嬌たっぷりな悪女。このままのルートで行けば私の姑になる女性。浦井透子の姿がそこにはあった。




