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スプートニク・ショック7

 翌週。私は新宿にあるホテルのロビーで吹き抜けになっている天井を眺めていた。ロビーの中央には大きなシャンデリアが吊され、黄色い光を乱反射している。床にはふかふかな赤絨毯。奥には中庭の見えるはめ殺しの窓。そして窓の前には木目調のグランドピアノ……。そんなありふれたホテルのロビー。

「あーあ、面倒いな」

 私がホテルの内装をぼんやり眺めているとふいに惣介がぼやいた。怠い食事会。おそらく彼にとっては苦痛なのだと思う。

 しかしその口調とは裏腹に彼の服装は普段よりずっとキチンとしていた。紺のジャケットにカラーシャツ。首元には青いストライプのネクタイ。皺のないスラックスに磨きたての革靴。まるでワイドショーのコメンテーターのような服装だ。

 きっと彼にとってこの食事会はフォーマルな場面なのだろう。曲がりなりにもここは高級ホテルだし、ノーネクタイで来るのは間違っていると思う。まぁ、だから私もできる限り小綺麗に見える格好で来たわけだけれど……。

「京介はマメ過ぎんだよ。親父だって本当は来たくねーだろうに」

「まぁまぁ……。あんまり弟くんを責めないであげなよ。彼なりに惣介とお父さんの仲を取り持ちたいんだろうからさ」

「……。そりゃそうだろうけど。あーあ! あいつ真面目過ぎんだよ。ダル」

 真面目。惣介の言うその言葉には嘲笑が含まれてるように感じた。融通が利かないだとか、世間知らずだとか、そんな含みがある気がする。

 そんな私たちの気持ちを余所にグランドピアノの椅子に線の細いパーティドレス姿の女性が腰を下ろした。おそらくはピアニストなのだろう。それは彼女の仕草や表情。あとは空気感から察することが出来た。もっとも、宿泊客が勝手にここで演奏を始めるなんてことはないとは思うけれど。

 やがてピアノからキレイな音色が流れ始める。聞き覚えのある曲だ。たしかショパンの……。残念ながら曲名は思い出せない。

「これなんて曲だっけ?」

 私は仏頂面の惣介に演奏中の曲について尋ねた。別に知りたかったわけじゃない。何となく話題が欲しかったのだ。

「ショパンの幻想即興曲」

 惣介はそれだけ言うと呆れたようにため息を吐いた。そして「そんなことも知らねーのかよ」と余計な一言を付け加える。

「そんな言い方しないでも……」

 惣介の言い方に一瞬気後れしながら私はそんな言葉を吐いた。そして吐いた直後に急に腹が立ってくる。我ながら感情が忙しい。

「お前さぁ。一応音楽やってんだからクラシックぐらい把握しとけよ。てかショパンの代表曲知らねーとかマジありえねーから」

 惣介の物言いは控えめに言って最悪だった。私を噴火させる燃料としては十分すぎるくらいに反吐が出る。

「あんたさぁ!」

 気がつくと私は身を乗り出して惣介に詰め寄っていた。売り言葉に買い言葉。完全に喧嘩だ。

 そのときだ。後ろから聞き覚えのある声がした。まだ若い男性の声。私も惣介も思わずそちらに目を遣る。

「お待たせ……」

 そこにはバツが悪そうに立ち尽くしている京介と怪訝な顔をした彼の父親の姿があった。

「こんにちは……」

 私は歯切れが悪くそんな挨拶を返した。本当に最悪だ。


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