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二つの鍵盤21

 私は緑髪ツインテールの少女の姿を思い浮かべた。緑……。それはいったいどんな色なのだろう? きっと穏やかで柔らかい色なんだろうな。勝手にそう思った。緑は草木や信号機の進めの色。その程度の知識しかないけれど。

 海音ちゃんのタイピング音は時折止まりながらも確実に曲を紡いでいった。ヘッドホンをしているのか、楽曲自体は聞こえてこない。ひたすらにカチカチという音がするだけだ。

 私はタイピング音を聴きながら枕元に置いてある月の模型を手に取った。そして指先で「賢者の海」を探った。たしか月の裏側……。ボツボツしている側にそれは合ったはずだ。

 指先に伝わるクレーターの感触で月の地形を探る。月面探索車のように丁寧に地表を指でなぞっていく。ここは「晴れの海」でここは「雨の海」。こうやって地形を探すのは楽しい。指先でする月面旅行。きっと健常者には理解出来ない娯楽だと思う。私にとって月は最も近くて最も遠い存在なのだ。自身の名前に含まれていながら一生見ることも感じることも出来ない。そんな存在……。星々のように何光年も離れているわけではないのに――。

「よし……。仮だけどできたよ」

 タイピング音が止まると同時に海音ちゃんが独り言のように呟いた。作業時間は三時間ぐらいだろうか? 肌で感じる空気の温度が少し冷たくなった気がする。夜の温度。それが近づいている。

「もう夕方?」

「そうだね」

「外はどんな感じ? 空は何色?」

「外は……。夕焼けが見えるね。色は西の空がオレンジと紫が混ざってる感じ」

 海音ちゃんは私のどうしようもない質問にも丁寧に答えてくれた。誰かが居てくれるときは色について聞いておきたいのだ。見ることが叶わなくても知っておきたい。素直にそう思う。

「じゃあ曲流すよ。気に入ってくれると良いんだけど……」

 海音ちゃんはそう言って曲を再生した――。

 スピーカーからピアノの音が流れる。今にも消えてしまいそうなほど弱い音だ。打鍵で鳴らす音とはまるで違う。おそらくはスピーカーの性能が悪いのだろう。

 でも聞こえるのは間違いなくさっき私が作った曲だ。音質と若干の音程の違いはあるけれど概ね合っていると思う。

 電気的に作られたピアノの音と人間になりきれない電脳歌姫の声が部屋に響き渡る。私の耳に届くそれはそれはまるで未来世界のようだった。車が空を飛び、宇宙服みたいな洋服に身を包む。そんなステレオタイプの未来の音……。そんな感覚が全身に纏わり付く。

 

『これでは足りない。何かが欠けている』

 

 私は全身で音を浴びながらそんなことを思った。全然足りないのだ。これは私が作りたい音楽なんかじゃない。音楽もどき……。私の中の何かがそう訴えかけてくる。

 こんな感覚は初めてだ。明らかに何かが抜け落ちている。でもそれが何なのかは分からない。そんな気持ち悪さなのだ。まるでトウモロコシの入っていないコーンスープを飲んだときみたいな。前提が間違っているような気持ち悪さ……。だと思う。

「どうかな?」

 曲が終わると海音ちゃんが優しい声で聞いてきた。

「……うーん。ちょっと分からないかな」

 私はそれだけ言うと首を横に振った――。


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