二つの鍵盤19
両親の不在は私にとっては日常だった。むしろ彼らが近くに居る状況のほうが何倍も異常だ思う。別に両親のことが嫌いなわけではない。いや、むしろ好きだと思う。少なくとも両親は私が普通に生活する上で必要なものはすべて与えてくれたし自由な時間と裕福な暮らしも保証してくれた。愛情からそうしてくれたかは甚だ疑問だけれど……。
愛情という意味においては両親より立川さんや海音ちゃんのほうがずっと与えてくれたと思う。立川さんは毎日のように私の様子を見に来ては身の回りの世話をしてくれた。本人曰く「お金は貰っている」らしい。「善意とかじゃないのよ。これもアルバイト」とも言っていた。おそらくこれは照れ隠しなのだ。両親からお金を貰っているのは本当だろうけれど雀の涙程度だろう。それぐらいは彼女の様子から推測できた。朝食の準備をする音。ベッドメイクするときの音。そして優しく穏やかな歩き方……。それらの全てから彼女の優しさを感じられた。
海音ちゃんはそれ以外の部分。簡単に言えば父性的な愛情を注いでくれた。ときには厳しく、ときには甘く。そんなどこにでも居る父親のように私に接してくれた。だから彼は私にとっての兄であり父だった。最も身近に居る男性。そんな存在だ。
私は一度も尋ねたことはないけれど二人は山の裾野に居を構えているそうだ。この家からは車で三〇分くらいの場所らしい……。
ともかく私は家に居着かない両親と親以上に愛情を注いでくれる二人のお陰で生活出来ているわけだ。それはまるで水槽の中の熱帯魚のような存在だと思う。温度管理と餌。それによって生かされる愛玩用の魚――。
そんな日常の中、私はあることに熱中していた。幼少期からずっと触ってきた鍵盤楽器。両親が自宅のリビングに置き去りにしたグランドピアノ。
私にとってそのピアノは箸やスプーン以上に手に馴染む存在だった。指先に伝わる振動と木の感触。木材と羊毛の香り。耳から入ってくる美しい音色。それらの全てがいつも私を包み込んでくれた。日常生活最大の理解者。それは人間ではなくこの楽器なのだと思う。比喩ではなく私が一番長い時間一緒に過ごすのはこのピアノなのだ。血縁なんてレベルじゃない。それはもう私の身体の一部と言っても良いかもしれない。
自分で言うのもおこがましいけれど私にはピアノ演奏の才能がそれなりにあったのだと思う。技術的にも。気持ち的にそうなのだ。
だからだろう。お金と才能を与え、光と愛情を与えてくれなかった両親に歪な感謝を抱かざる得なくなった。『ありがとう。私に中途半端に色々くれて』と。
そんなピアノライフの最中、海音ちゃんがあるパソコンソフトを持ってきた。名前だけは聞いたことのある音声合成ソフト。海音ちゃんの話だとツインテールで緑髪の女の子がパッケージに書かれているらしい。
そのときの私はそのソフトに対してそこまで感心を持っていなかった。単なる遊び道具。その程度にしか思っていなかったのだ――。




