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二つの鍵盤18

 鍵山月音の話


 皆さんにお話をする前に謝っておきたいことがあります。ご存じとは思いますが私は生まれたときから目が見えないのです。なのでおそらく私の話は皆さんには分かりづらいでしょう。申し訳ないですがそれだけご了承ください――。


 玄関の鍵が開く音が聞こえる。カチャ、ギィー、ギギィー、ドスゥン。そんな音だ。どうやら海音ちゃんが来たらしい。

「来たよ。お母さんたちは?」

「いらっしゃい。たしか……。今はオーストラリアだったかな? カンガルーとコアラの国」

「本当に? ったくあの人たちは……」

 海音ちゃんは呆れたようにため息を吐いた。自分の姉なのに信じられない。そこにはそんな意味が込められているように聞こえる。

「大丈夫だよー。ほら、午前中には立川さんが来てくれるしさ」

 立川さんというのは母が頼んでいるお手伝いさんの女性だ。詳しくは知らないけれど母とは昔からの知り合いらしい。

「だとしてもさぁ。ほんと姉さんは昔から……」

 声の感じから海音ちゃんが呆れきっていることがありありと伝わった。

「それより今日はどうしたの?」

「ああ、そうだそうだ。今日はセレネーにお土産を持ってきたんだ」

 そう言うと海音ちゃんは何やらガサゴソと荷物を取り出した。音から察するにけっこう大きな荷物らしい。

「ちょっと両手広げて」

「うん」

 私が両手を広げると海音ちゃんが何か丸い形のモノを抱かせてくれた。サイズ感は人の頭より一回りくらい大きい。質感は堅く、所々ザラザラとしていてくぼみがある。

「なぁに? ボール?」

「何だと思う? ヒントはセレネーが触りたがってたモノだよ」

「んー? 私がぁ?」

 それから私は注意深くその球体を撫で回した。表面には大きなくぼみが無数にある。片面は大きなくぼみ、片面は細かな穴。そんな球体だ。

「分かんないよぉー」

「じゃあヒント2! それは小型の模型なんだ。流石に本物は手に入らなかった」

「模型? うーん……。何だろ」

 堅くて無数の穴のある球体……。そして私が触りたがっていたモノ。そこまで考えてある答えにたどり着いた。いや、思えば最初からそれ以外無かった気がする。

「ひょっとして……月?」

「ピンポーン! そうそう、たまたまデパートで見かけたから買っちゃったよ」

 海音ちゃんはそう言うと私の指先を優しく握った。温かい。そして男性にしては小さな手だ。

 それから海音ちゃんは丁寧に月の地形について説明してくれた。月の海の名前がどうだとか、ここの模様が地球から見てウサギに見えるだとか。そんな話。

「……。ほんとにありがとうね。わざわざ買ってきてくれて」

「いやいや、いいんだよ。これぐらいならいくらでもするって」

 そう言うと海音ちゃんは照れ笑いするように私から両手を離した――。


 私と海音ちゃんの関係は昔からこんな感じだった。両親より両親ぽかった。実の兄以上に兄らしかった。心の奥底からそう思う。

 思えば私がまだ小さかった頃はよく彼にすがって「お嫁さんにして」と言ったものだ。今思うと恥ずかしい。こんな私を貰ってくるわけなんてないのに……。


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