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二つの鍵盤13

 京極さんの運転は非常に安定していた。下道でもそうだったけれど高速に乗ってからは水を得た魚のようにスイスイ走っている。決して乱暴にとばすというわけではない。むしろかなり安全運転だ。

 海老名を過ぎてから圏央道に合流した。ナビの指示だとこれから八王子方面に向かうらしい。

「陽子さん寝てていいよ。着いたら起こしてあげるから」

「え? いいよ。悪いし」

「いいから寝なって! ここ数日徹夜なんだろ? ……つーかアレよ。こうして車出したのは陽子さんの仮眠のためだからさぁ」

 それを聞いて『ああ、だからか』と少し納得した。だから西浦さんは彼女を私の元によこしたのだ。睡眠時間の確保。たしかにそれは必要事項だと思う。

「そう? じゃあ……。ちょっとだけ寝かせて貰うね ありがとね」

「いいって! 陽子さんには散々世話掛けてるしさぁ」

 京極さんは照れ隠しのように言うと少し強めにアクセルを踏み込んだ――。


 ロードスターの狭い車内でも私はすんなり意識を失えた。どうやら思っていたよりもずっと疲れていたらしい。身体は正直。そんな慣用句じみた言葉が頭に浮かぶ。

 瞳を閉じるとすぐに夢の世界にたどり着いた。何の脈絡もなく断片的に見るタイプの夢ではない。体感で感じられる時間と空間と秩序がしっかりある。そんな夢だ。

 夢の中で私はニンヒアの会議室に居た。私の左手にはあかり、正面には京極さん、京極さんの右隣には彼らのバンドのベーシストが座っている。

「では今後バンドをする上での目標を教えてください」

 あかりは愛想笑いを浮かべながら彼らにそんな質問をした。丁寧な言葉。やっつけな言い方。インタビューアーとしては四五点といったところだろう。

「今後はぁ……。そうね。ジュンは? なんかある?」

 京極さんは考えるフリをしてベーシストのジュンさんに話を振った。彼女にはこういうところがあるのだ。まぁ……。これも彼女なりの処世術なのだろうけれど。

「そうですねぇ……。目標としてはやっぱり一万人の観客の前での単独公演だと思います」

「なるほど。……ということは武道館公演かな?」

「いや、あの……。武道館は……」

 ジュンさんは言葉を濁すと隣に座る京極さんの顔を覗き込んだ。隣に居る京極さんは目に見えて怪訝な顔をしている。

「ウチらは! 武道館ではしたくないです! つーか、あそこより観客多いホールあんだからそっちにするわ」

 と京極さんはまくし立てるように言った。あまりの剣幕にあかりの顔が引きつる。

「そ、そうですか……。じゃあアリーナとかですかね?」

「そうね。ま、アレっしょ! 国立競技場での単独って書いとけば良くね?」

「わかりました……」

 ああ、またか……。たまにこの子は融通が利かなくなるのだ。あたふたするあかりの横で私はそんなことを考えていた。これさえなければ扱いやすい子なのに。そんな尊大なことも同時に思った――。


「トイレ休憩しよ!」

 私が目を覚ますと同時に京極さんの声とサイドブレーキの上がるギギッっという音が聞こえた。

「うん。今どこ?」

「えーとね。境川パーキングだねぇ。もうちょいで降りるよ」

 どうやら思っていたより目的地付近らしい。京極さんの口ぶりからそれは推測出来た。

「ねえ京極さん?」

「ん? 何?」

「あなた少し丸くなったよね」

「は? 何だよ急に?」

「いや、なんとなくそう思っただけ」

「……ありがとう。褒め言葉として受け取っておくよ。一応言っとくけどパンクやってる人間には貶し言葉だかんね!」

 『ありがとう』。皮肉でもその言葉が言える時点でかなり丸くなったじゃないか。以前のあなたはそんなに素直じゃ無かった……。と心の中だけで思った。実際、丸くなったのだ。ニンヒアに入ったばかりの頃の彼女は今よりずっと尖っていた。今よりもずっとずっとワガママで尊大で攻撃的だった……。そんな記憶が蘇る。

 パーキングエリアの駐車場に出ると夏の匂いがした。どうやら東京より西には少し早い夏が訪れているらしい。


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