二つの鍵盤12
「高速乗るからね」
「うん。どれくらい掛かりそう?」
「うんとねー。だいたい二時間ってとこかなぁ。私の母方の実家の近くなんだよねー」
京極さんはそう言うとナビに住所を打ち込んだ。山梨県甲府市。私の知らない土地だ。
「山梨ってことは従兄弟くんのご実家?」
「そだよー。あいつんち! ま、今回はあそこには寄らないけどね」
「あら? 寄ってもいいのよ? 時間はあるから」
「いや……。いいよ。行ったら行ったで気を遣わせそうだしね」
京極さんは語尾を濁しながら苦笑いを浮かべた。おそらく親戚とはあまり顔を合わせたくないのだろう。
やがて車は高速道路に乗った。ペーパードライバーという割には運転が上手いように感じる。
「運転上手いのね」
「ありがとう。……いや、実はさ。私、中学の頃から無免でよく運転してたんだよね」
京極さんは悪びれる様子を見せながらそんなことを言い出した。中学生で無免。ということは運転歴は私よりずっと長いかもしれない。
「はぁーん……。やっぱり不良ね」
「……否定はしないよ。でも上京してからは控えたんだよ? 茨城の叔父さんがなかなかイカれててさ。私に色んなこと教えてくれたんだ」
彼女は懐かしそうに言うとカップホルダーからマルボロを取り出して一本口に加えた。
「土禁なのにタバコはいいのね?」
私はそんな皮肉な言葉を彼女に投げつけた。京極さんはそんな私のことなど知らないかのようにタバコに火を点ける。
「ああ、こればっかりはね。自分の車買ったら綺麗に乗って喫煙車両にしたかったんだよね」
「本当はタバコ止めて貰いたいのよね。一応あなたヴォーカルよ?」
「まぁ……。ねぇ。そうだね。気を付けるわ」
気を付けるわ。その言葉とは裏腹に彼女はタバコの煙を思い切り吸い込んだ。この嫌煙のご時世にはあり得ないような吸いっぷりだ。タバコのCMが放送していたらオファーがくるかもしれない。
「タバコもそうだったなぁ。叔父さんから教わったよ。あとはパチンコと酒ね。マジで不良だよ。今はその延長線って感じ」
「……まぁいいわ。昔は昔だもんね。でも! お願いだからメディアでそれを言わないでね! 絶対干されるから!」
「ああ、分かってるよ……。今は簡単に炎上すっからね」
京極さんは苦い顔をして言うともう一口煙を吸い込んだ――。
移動中。私は京極さんから預かった資料に目を通した。最初に西浦さんに貰った資料より少しだけ情報が増えている。名前は鍵山月音。年齢は一七歳。山梨県甲府市在住。生まれつき目が不自由でずっと盲学校に通っている。好きな音楽のジャンルはボーカロイド――。そんな内容だ。
「ねえ京極さん? ボーカロイドに詳しい?」
「ああ、ボカロね。使ったことはないけど何となくは分かるよ」
「そっかぁ……」
ボーカロイド。私にとってだいぶ縁遠い世界だ。
「鍵山さんボカロPらしいねー。ま、これは西浦さんからの受け売りだけどさ。陽子さんは鍵山さんの曲聴いた?」
「一応はね。でも……。正直よく分からなかったのよね」
「ハハハ、だろうね……。確かに鍵山さんの書いた曲って陽子さんの好みじゃなさそうだったからね」
京極さんはそう言うと嬉しそうに「私もわかんねーから大丈夫」とダメ押しした。
「たぶん……。私はあの手のテイストは苦手なんだと……思うかな」
そこで一旦言葉を句切る。このままではいけない。京極さんにやることの素晴らしさを訴えなければ。そんな浅ましい考えが打算的に脳をかすめた。
「でもやるさ……。まずはやる! それが大事だからね」
私の口から出た言葉は最高に歯切れが悪かった。打算と信念。その相反する思いが含まれた言葉。
「おいおい……。大丈夫かよ」
京極さんは呆れながら言うとまたタバコを口に加えた。再び狭い車内にタバコのにおいが充満した。




