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二つの鍵盤11

 冬木さんの作品の内容は彼女の性格とはかけ離れていた。突拍子のないストーリー、ヤンチャで融通の利かない主人公、意地悪く張り巡らされた伏線。それらが複雑に絡み合って物語を形成している。

 ページを捲るたびに新しい発見があり、思わせぶりな台詞の一つ一つが興味を引く。そんなエンタメ作品だ。単純に面白い冒険活劇。素直にそう思った。

 読みやすい文体のお陰であっという間に第一章を読み終えてしまった。かなりのハイペース。この調子なら今日中にこれ一冊読み切れるかも知れない。

「お疲れ様です!」

 私が読書に集中していると後ろから声を掛けられた。聞き慣れた声。黒くて長いポニーテール。メイクのせいで目つきが悪そうに見えるつり目の女性……。弊社の問題児。京極裏月だ。

「お疲れ様です。早かったね」

 私はそう言いながら小説に栞を挟んでテーブルの上に置いた。

「うん、道空いてたからねぇ。ってか珍しいね。ラノベ読むなんて」

 京極さんはそう言うと私の本を手に取った。

「ああ、今その本の作者さんと面談してきたからね……」

「ふーん……。あ、この作者知ってるよー。冬木紫苑じゃん! 人気だよね」

「あら? 京極さんも小説読むの?」

「ん? ああ、私はあんまり読まないよ。でもこの人だけは知ってた。ほら、何ヶ月か前に『異世界奇譚』ってアニメの主題歌の話回ってきてたじゃん」

 そう言われて私はハッとした。『異世界奇譚』という名前。思えばそれ自体聞き覚えがあったのだ。

「そうだったね。すっかり忘れてたよ……」

「おいおい、一応企画部だろ? 大丈夫かよ?」

「うっさいなぁ。私だって何から何まで把握はしてないっつーの」

「うっわ! 開き直りやがったよ! マジないわー」

 京極さんは呆れたような顔をするとケタケタ笑った。つられて私も笑う。

「とにかく! 今回はそれとは別件なのよ。冬木さんに歌詞を書いて貰う予定だからね」

「ああ、西浦さんから聞いたよ。……しっかし、本当にあのばあちゃん変なこと思いつくよねぇ。内部で作詞作曲したって変わんないと思うんだけど」

 どうやら京極さんは今回の企画に否定的なようだ。まぁ当然だろう。彼女のバンドはインディーズ時代からずっと内部で作詞作曲しているし、そもそも今回の企画には乗り気じゃないのだろう。

「そうねー。言いたいことは分からなくもないけど……」

「じゃん! つーかさ。ウチらは自分で演奏したり歌ったりすんだから身内で固めたいんだよね。あうとそーしんぐ? って言うんだっけ? 本心言うと外部の人間入れるとかマジ勘弁なんだよね」

 やれやれ。また京極さんのワガママが始まった。彼女にはこういうところがあるのだ。よく言えばこだわりがある。悪く言えば独りよがり。

「ねぇ京極さん。あなたが言いたいことは十二分に分かるわ」

 私はわざわざあらたまった言い方をして京極さんの目を真っ直ぐ見た。

「でもね。やったことないならやるべきだと思うよ? それでやってダメだったらやめればいいだけだしね。やりもしないで否定するのは良くないわ。まずは行動! で、失敗したらやり直すかやめるかするわけ。トライアンドエラーよ? 分かる?」

 私はできる限り諭すように彼女にそう伝えた。そして「それでもダメなら蹴っ飛ばせばいいよ」と付け加える。

「うーん。……。まぁね。陽子さんの言いたいことは分かるよ? 西浦さんの言ってることだって分かるさ」

 京極さんは絞りきったレモンを無理矢理搾るみたいな顔をしながら続ける。

「なんつーかさ! 私バカだから陽子さんみたいに『ろんりてき』なことは言えないけど。なんとなく嫌なんだ。理由なんて単純だよ。それこそ気に入らないってだけ。だからさ」

 京極さんはそこまで吐き出すと「ふぅー」と不細工な表情でため息を吐いた。

「あんまりその顔はしないほうがいいと思うよ? 京極さんってしゃべらなければ綺麗に見えるんだから」

「ん? 何だよ。褒めてんのか貶してんのか分かんないこと言って」

 京極さんは少しだけ嬉しそうにむくれた顔になった。やはりこの子は可愛いのだ。単純なルックスだけなら上の下ぐらいになると思う。上の下。世の男どもが最も求めるルックス……。

「とにかく! プロジェクトは動き出してるわ! だからある程度のところまではやるしかないのよ。……。まぁ、それで問題の方が多ければやめればいいんじゃない?」

「……腑に落ちないなぁ。まぁいいよ。今回は付き合う。私はただの運転手だしね」

 京極さんはそう言うと長い黒髪を掻き上げた――。


 コーヒーショップを出ると店の目の前の路肩に彼女の車が停まっていた。太陽を反射するレッドメタリックのボディ。家族向きじゃないツーシーター。マツダのロゴ。私でも知っているスポーツカー。ロードスターだ。

「ピカピカだね」

 私は彼女の車を感心するように見渡した。指紋の跡一つない。低い車高のせいで天板の輝きが目に染みる。

「でしょ? めっちゃ気を遣って乗ってるからねぇ」

「まさか土禁?」

「……まぁいいよ。泥がついてなけりゃそのままで」

 京極さんはそう言いながらも私の足下に視線を落とした。きっと汚れているかどうか確認したのだろう。

「大丈夫よ。先週おろしたばっかだから」

 私はそう言うと真新しいパンプスの靴底を彼女に見せた。

「ん? ああ、そうね……。じゃあ乗って! 約束の時間まで時間あるけど早めに出よう」

 京極さんはそう言うと私に助手席に乗るように促した。


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