二つの鍵盤9
「お待たせしましたー」
席で待っていると食事が運ばれてきた。明太子のパスタ、水菜のサラダ、コンソメスープ。そんな喫茶店らしいメニューだ。桃色のパスタソースの周りにはイカリングが飾られている。
「すいません。ご馳走になっちゃって」
「いえいえー。これぐらいはさせてください。お口に合えば良いんですが」
半井さんはそう言いながら冬木さんの前にもパスタを並べた。あっという間にテーブルは料理で埋め尽くされる。
「フミちゃんごめんねー。私たちまでご馳走になっちゃって」
「いいんですよー。どっちみち昼食は出すつもりだったんで。あ! 今日のパスタソースは私が作ったんですよ! 我ながら自信作です」
半井さんは自慢げに言うと「フフッ」と照れ隠しのように鼻を鳴らした。
彼女の作ったパスタは想像していたよりもずっと美味しかった。正直、市販のソース程度だろうとたかをくくっていたけれど、良い意味で期待を裏切られた。おそらくは素材にこだわり、手間暇掛けて作ったのだろう。食感や風味からそのことは推測できた。
「すごく美味しいです」
私は素直に思ったことを半井さんに伝えた。語彙力の欠片もない。そんな感想。
「ありがとうございます! そう言っていただけるとすごく嬉しいです」
半井さんは照れ笑いを浮かべると少し頬を赤らめた。可愛らしい。大人びていてもやはりまだ子供のようだ――。
「春川さんはずっと音楽関係のお仕事されてるんですか?」
食事中。ふいに冬木さんに尋ねられた。
「そうですね。ずっとこの仕事です。えーと……。だいたい八年くらいかな?」
新卒入社でもうすぐ三十路。そう考えるとずいぶんと長いことこの仕事をしている気がする。歳を取るわけだ。
「へー。そうだったんですね。もっとお若い方だとばかり……」
冬木さんはそこまで言うと「すいません」と尻切れトンボ気味に呟いた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらこそすいません。もっと大人っぽい声なら良かったのですが……」
声のことを言われるのは慣れている。普段から京介にもそのことは散々指摘されているのだ。ガキっぽくヤンキーチックな声。まぁ、この声のお陰でアーティスト連中とも打ち解けやすいわけだけれど。
「……とても良い声だと思います。優しくて柔らかくて」
冬木さんは私の目を覗き込みながらそんなことを言った。見えていないはずなのに彼女の目には光が宿っているように見える。
「ありがとう。そう言って貰えるとすごく嬉しいです」
そんな言葉が自然と零れた。
ああ、この子は素直な子だ。そんな思いが柔らかく私の胸に満ちた――。
「すっかりご馳走になっちゃって……。本当にありがとうございました。とても美味しかったです」
食事を終えると私は店主と半井さんにお礼を伝えた。
「いえいえー。お粗末様でした。もし良かったらまた来てくださいね。打ち合わせ関係なくお待ちしてますから!」
半井さんは営業トークのように言うと少女らしい笑顔を浮かべた。




