栄光を追われた男
90話っでっすっっっっ!!!……すいません、ちょっとテンション上がりました。
もう直に100話に届こうかという所まで来まして、よくぞここまで書いてこれたなぁと自分でも驚いております。
それもブックマークしてくださってる方、感想を書いてくださる方々のお陰でございます。
これからも本作をよろしくお願い致します。
嘗て、サイカルス公国で国一番と謳われた一人の魔術師がいた。
主に魔法技術関連の研究に特化した魔術師で、数々の新魔法を生み出していたことから公王からの信頼も篤い優れた人物であった。
魔術アカデミー(技術開発に特化した魔術師が多く所属する組織、世界中に支部がある)でも腕前は高く評価され、飽くなき探求心は絶賛すらされていた。
そんな折りに、彼はある研究を始める。内容は『魔物の高度な制御及び使役術の確立』というもの。
この魔物を使役する術というのは特段珍しいものでもなく、既に各国の軍隊で普通に使われていた技術でもあった。
主にゴブリンなどの低知能な魔物を肉盾として自軍の前衛に配置するなどのやり方だったり、敵陣地への突破戦力としてサイクロプスやレッサードラゴンなどの強力な魔物を配するなどがある。
ただ、彼が目指したのはこれら既存のものとは一線を隠すものだった。
具体的に言うと、訓練された人間の兵士並みの汎用性を誇りつつ、決して味方を裏切らない従順さと使い捨てにされようが与えられた命令を遵守し続ける忠誠心を求めたのだ。
それもドラゴン種といった強大な魔物に至るまで。
それまでの使役術では「前進せよ」といった単純且つ簡素な命令しか出来なく、また素体となる魔物が強力な程、制御が困難になりやすく暴走の危険もあるという欠点もあったが……何故こんな無茶振りとも思われるものを求めたのか?
一説によれば、戦争などで自国の兵隊が無為に死ぬ光景に心を痛めた為だとも言われている。
何はともあれ、これがもし成功したならば自国防衛の大きな力になるだろうと国の首脳部は彼に大きな期待を寄せていた。
作戦の成否に関わらず、消耗した兵力は所詮は魔物なのだから補充は簡単だろうし、いざとなれば使い捨ての特攻をさせて敵に痛撃を与えつつ、自軍が逃げる時間を稼げる捨て駒にも躊躇無く使えるのだから。
魔物の軍事利用としてはこの上ない完成度、そしてそれに見合った戦果も見込めるとあって彼の研究費用を軍部は苦もなく負担してやった。
多大な時間と費用を掛けた成果は徐々に上がり、第一段階としてゴブリンの完全な兵士化が達成された。
それが御披露目された時、公王を含めた首脳部は大きな衝撃を受けた。
低知能なゴブリンが鎧と槍を装備した完全武装で、指揮官の号令に忠実に従う光景はまさに青天の霹靂といっても良かった。
更に次の段階として、オーガ、そしてドラゴンまでをも完全な制御下に置いてみせると豪語する魔術師に公王は非常に頼もしい存在だと感じた…………だが、羨望はやがてある畏れへと変わり始める。
「もし、あの技術が完成された時。果たして彼の者が我々に牙を剥かない保証はあるのか?」
そんな疑問が公王の心中に浮かび、それと前後して彼の研究に危機意識を持った貴族官僚からも研究の是非を問う声が挙がる。
確かにこの研究が実現した際の魅力的価値は大きい……だが、特定の人間の命令に従うという特性上、もしその命令を下せる立場にある人間が国に対して下克上を狙うといった野心を持った場合の危険性が大きすぎる。
何より、これ程の技術を持つ魔術師がもし他国からの間諜の手でそれを流出させようものなら……一転して大きな脅威が四方にばら蒔かれてしまうことにも繋がる。
極めつけに、彼の魔術師は探求心を満たす為ならば多少危険な実験も敢行するという精神的に危うい部分があった。
万一、トロルやドラゴンといった強大な魔物が実験の失敗で国内で暴れようものならその研究を推した首脳部にも責任が追及されてしまうという危惧も抱いたのだが、そんな矢先にある事故が起きた。
制御を外れた一匹のゴブリンが集落を襲ったというのだ。一匹だけとはいえ、実験によって強化された個体は通常のゴブリンを上回る能力を発揮し、農民が五名、たまたま村に滞在していたD級冒険者三名を殺害するという惨事が起きてしまった。
より上級の冒険者の手でゴブリンは駆除されたが公王を含む首脳部は焦った。この事件の発生原因を突き詰めるようなことになったら、根本たる魔物の兵士計画が明るみに出てしまうだけでなく、このような不測の事態を予期せずに魔術師一人に任せっきりにして傍観していたという無責任な点を曝してしまいかねない。
ここで権力者にありがちな愚策が為されてしまう。
『この事故の原因となったのはある魔術師が国に報告もせずにやっていた独断の実験によるもので、更にその魔術師は調教した魔物を使って反乱も企てていた異端の大罪人である』…………公にはこのように発表して、責任逃れと蜥蜴の尻尾切りをやったのだ。
これに一番仰天したのが魔術師だった。確かに発案したのは自分だが、それは包み隠さずに国に対して報告はした。
前述の事件には責任も感じたので、当然遺族への謝罪や賠償金も自分の手でやり、研究の見直しも進めていた……更に反乱云々なんて、でっちあげのデタラメなことだったが有無を言わさずに彼は投獄され、それまでの築き上げた地位を全て無くした。
資産も一切合切が国に没収され、魔術アカデミーからは狂人扱い。
民衆からは研究欲の為に他人を実験台のようにやったという人でなしのレッテルを貼られるまでに名誉もドン底にまで落ちぶれた。
「……何故だ、何が……何が私の栄光へのレールを狂わせたのだ……?」
縁も無かった監獄の中、魔術師はそう自問自答するも自分自身、納得のいく答えなど出なかった。
そのまま証拠隠滅の為にと処刑を待つ身であったが、そんな彼に救いの手ともいうべきことが起きる。
~処刑執行前の前夜~
それまで茫然自失としていた魔術師は、不意に何者かの気配を感じる。
看守……ではない。そもそも足音など聞こえてこなかった。しかし、自分以外に投獄されている囚人もいない筈なのだ。
ではこの気配は何だ?と薄暗い闇を見通すと、ボォ……と暗闇に浮かび上がった得体のしれない顔に彼は反射的に後ずさった。
笑いと悲しみを半分ずつ象ったような奇っ怪な仮面がユラユラと近づいてきて、魔術師は幻覚でも見始める程に精神が追い込まれたかと思った。
「そうご警戒なさらず……わたくしはジョーカーA、と申します。故あって、貴方様をお救いに参った者……」
「わ、私を救いに、だとっ? 何の理由があってだ?」
「それはもちろん。貴方様程の魔術師が謂われもない罪でその生涯に幕を閉じてしまうというのが不憫に思いましてね~……こうしてお助けに参ったのですよ」
「そ、それを素直に信じろと言うのかっ?」
いきなり現れた得体のしれない男の言葉を真に受ける筈は無く、魔術師は困惑しながらも疑念の目を向ける。
だが、仮面の男……ジョーカーAは言葉巧みに魔術師の疑惑を解こうと甘言を用いた。
「お疑いになるお気持ちは分かりますよ、ええ……ですが、ここでわたくしが差し伸べた手を振り払いますと貴方に残された道はひとつだけになりますよ?…………絞首台を歩むという暗~い道だけが、ねぇ」
「…………っ」
「貴方はそれで宜しいのですか? 手前勝手に自己保身を優先して、責任も罪も全て押し付けた腐った王族貴族の思い通りに死ぬというのを?……そんな輩の為に死ぬのではなく、もっと有意義に才能を発揮できる環境をお与えしますよ」
「……私を助けたとして、お前の見返りは何だ? 私の研究成果の提供を望むのか?」
「そんな打算などち~ともありませんよ。わたくしは、ただ善意で動いてるだけですので、ホホホ♪」
魔術師はこのジョーカーAの言うことを全て信用した訳ではなかったが……このまま、座して死を待つだけならば、少しでも生き残る可能性が見出だせるのならば……それに賭けてもいいと思い始めた。
何より生きて出られるというのなら……復讐を果たせる。あれだけ自分を頼っておきながら、不都合ひとつで罪人に仕立て上げたあの連中に。
「……そうだ。私は……俺はこんなとこで死んでいい人間じゃないっ。死ぬのは俺という才能がどれだけ素晴らしいものかを知らしめてからだ。この俺、ドゥルーカス・エゴイアがどれ程、凡人より優れているのかをっ!」
「ホホホ、決心は付いたようですね~。ではちゃっちゃとここを出ていくとしましょう」
「ふん、性急だな……だが、俺が脱獄したというのがバレればすぐにでも追手なり、指名手配がされるぞ?」
「その辺りはご心配無く……身代わりを用意してますので」
ジョーカーAが指を鳴らすと、そこにドゥルーカスと瓜二つの容姿に背格好をした人間が現れた。
双子とでもいうべき存在に、ドゥルーカスは驚くと共にその手配の早さに感服すら覚えた。
「これは複製人間というもので、貴方の身体的特徴を全て忠実に再現したものです……まあ、流石に心までは模倣できないので強いて言うなら生きた人形とでもいうべき物ですが、栄誉を奪われて現実を直視できない罪人ならば多少無口で無感情でいても疑われはしないでしょう」
生き人形……心は模倣できないとはいえ、姿形だけなら完全に人のそれを造れることにドゥルーカスは戦慄した。
こんなこと、とてもではないが一個人の手で出来るものではない。
「ジョーカーA……貴様は一体、何者なんだ? 貴様の背後にはどこの国が付いている」
その問いに、ジョーカーAは仮面の下で含み笑いしながら答えた。
「国ではなく……〝組織〝ですよ。あるお方を宗主に纏められたもの…………〖アナザー・エンパイア〗 それが組織の名です」
…………その影武者を囮に脱獄して、潜伏してから優に五年は過ぎた。
「着の身着のままでありながら、随分と有意義な生活を遅れてきたものだな」
今や、自らの居城ともなった屋敷の実験室でドゥルーカスは人心地ついた。
脱獄から現在までその間、ジョーカーAを通じて〖アナザー・エンパイア〗という組織は様々なバックアップを提供してきた。
素材となる魔物の調達。潜伏先となる住居の手配。潤沢な研究資金。更に意図的な情報操作を駆使して、実験の全貌が表沙汰になりにくい場を整えるなど八面六臂の手段でドゥルーカスの復讐の準備を手伝ってきた。
ある意味では公国よりも手慣れたもので大いに助かってはいるが……未だに、何故自分に対してそこまでのことをしてくるのか理由が判別としていない。
当初は高度な魔物制御のデータを逐一寄越せとでも要求してくるかと思っていたのだが、何年経ってもそんな要求を出してくる気配が無い。
制御に成功した魔物も基本ドゥルーカスの好きなようにさせて貰っており、その兵力を宛にしてる訳でもないようだ。
その癖、バックアップに関しては一切の手抜き無く行い続けているのだ。
……正直、何か不気味なものを感じてならない。薄々、自分は〖アナザー・エンパイア〗に密かに利用されている道化なのではとも思い始めてきているがそんなことは今更なことだ。
もう自分の復讐の完遂も近付いてきている。連中にとって知らない間に手駒にされていようがどうだっていいことだ。
それさえ為せれば未練など何も無い。
「ドゥルーカス様」
「むっ?」
黙々と実験に勤しんでいると、背後からジョーカーAの声がした。
振り向くと実験室の扉付近におり……そこからゆっくり、ゆっくりと牛のような歩みで近付いてくる。
「………………」
「………………」
仮面を被った男が無言でいながら、三メートル程度の距離を数分掛けて歩いてくる様は実にシュールなものがあった。
「……貴様は俺を馬鹿にでもしてるのか?」
「これはお酷い。ゆっくり登場してこい、と昨日に言われたではありませんか?」
言った。確かに言ったが、こういったものだと何か虚仮にでもされてるようで良い気分がしない。
「まあ良い……それで、何か報告か?」
「はい。お貸しして貰った改造オーガがですね……倒されてしまいまして」
「ほお。あれでも連中の息の根を止めるには至らなかったか。中々に手強いようだな」
ジョーカーAがある冒険者の一味を潰す為に使用したオーガ……あれは自身でも渾身の出来映えと自負してるものであったのだが、それさえも倒されたというのは感嘆に値した。
とは言え、失われたと聞かされても惜しいという気持ちは無い。
代わりとなる個体は、まだ軽く二十体は保有してるのだから。
「ですが、それと合わせて諸々のデータ収集は済みましたので、それでとんとんかと」
「そうか。ではいよいよ最終段階に入るとするか、その冒険者連中のことは気掛かりだが……どのみち、コイツを投入すればひとたまりも無いだろう。三日後には決行するぞ。その時、愚鈍な王族共がどう無駄に足掻くかゆっくり見物するとしよう」
不適に笑うドゥルーカスの背後にある液体が詰まった透明なカプセル……その中には四肢が蜘蛛のようになり、昆虫の複眼のように幾つもの目玉が付いた異形なる姿のドラゴンらしき生物が浮かんでいた……。
「……貴様は俺を馬鹿にでもしてるのか?」
「これはお酷い。ゆっくり登場してこい、と昨日に言われたではありませんか?」
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上のワンシーンにはある漫画の元ネタがあるのですが気付いた方はおられますか?
ヒントはキタキタなオヤジが出るアレです。