恋の発展前には要相談
恋愛パートの始まりです。
ライラットとレヴィが臨時のパーティを組んでから、はや三週間の時が流れた。
初仕事では、同業者の冒険者に襲われるというトラブルこそ起きてしまったがそれ以降は大きな問題もなくやれていた(尚、襲ってきた冒険者のロッゾスを含めた三人はライラットからの報告からすぐに冒険者の資格剥奪、逮捕という自業自得の流れになった)
二人がやる依頼は採取系のものが多かったが、最近では魔物の討伐を主とした仕事もこなし始めていた。
たった二人であっても前衛たるライラットは一級の腕前の戦士だし、後衛を務めるレヴィはランクこそ低けれど回復から援護攻撃までそつなくこなせる優秀な冒険者だったので熟練でも手こずる魔物相手でもほとんど手傷を負うことなく勝利できていた。
そうして仕事を繰り返していけば、必然と二人の名や知名度は上がっていく。元々ライラットはそれなりに知られていたから大きく騒がれる事はなかったが、レヴィの方は別であった。
何せ、見た目が黒髪の美少女じみた可愛らしい少年であるのに冒険者をやっていて、しかも一時だけとは言え、この街では実力派冒険者とされてるライラットと組んでいるのだ。出歩いてる時でさえ目立つのにこうなると注目度は鰻登りに上がっていこうもの。
外を歩いていればしょっちゅう声を掛けられる事態になったのだ。
「ね、ねぇ。君がレヴィくんよね?あたしとお茶でもしない?」
「あんたは引っ込んでなさいよっ。それよりも私とパーティ組も♪」
「あ、あの……急に言われても困りますそんな」
買い物をしてるところで女性冒険者にぐいぐい迫られてるレヴィは、困り顔でどうしようという状態になっていた。
このように押しの強い者に迫られると、たじたじになってしまうのだがその困ってる様子が小動物じみていて余計に可愛く写ってしまってる。
レヴィに声を掛けた女性二人はお互いに牽制しあいながら、噂の黒髪美少年とお近づきになりたく奮闘していたのだが。
「おい。レヴィが困っているだろう、彼の邪魔をしないで早く立ち去れ」
「何よ偉そうな口……げっ、あんたはっ」
咎める声の主を睨み付けようとしたら、逆に睨まれて縮み上がる女性。でかい斧を背負った長身筋肉質な女、レヴィと組んでるという女冒険者のライラットが不機嫌な顔でいたのだ。
流石に争うのは得策ではないと、女性たちは平謝りしながらそそくさ逃げていく。しかしその前にレヴィに向かって、また今度ねと言ってる辺り諦めたようではなかった。
「ああいう手合いも増えてきたな。これはちょっとでも気を緩められないぞ」
「すみません、ぼくが変に目立ってしまってるせいで……昨日も宿屋に押し掛けてきた人たちも追い返してくれて、ライラットさんに余計な負担を掛けてしまって申し訳ないです……」
昨夜は寝泊まりしてる宿屋でひと悶着があった。レヴィの追っかけとでもいうべき連中が宿屋に忍び込もうとしてきて、たまたま侵入現場に居合わせたライラットが鉄拳制裁にて撃退したのだ。
内約としては男女半々の構成であり(男も混じっていたのには辟易した)不法侵入扱いで警備に突きだしたのだが、お陰で宿屋の主人に苦言を言われてしまった。同じような事がまたあったら、追い出されかねない状況である。
「そ、そんな済まなそうな顔はしないでくれ、私は体力なんて有り余ってるようなものだから何も問題ないっ。さ、宿に帰って晩飯でも食べよう」
「はい、ライラットさん」
快活に返事したレヴィだったが、何と自分の腕に抱き付くように密着してきた。まるで恋人がするような形だ。本来なら立場は逆であろうが……ともかくこれにはライラットも、白目を剥きかねない程に驚き慌てる。
「ちょ、レ、レヴィっ?そんなにっ、くっつく必要はっ……」
「ダメ、ですか?こうやってると、安心するんですけど……気持ちが悪いのならすぐに離れた方が良いですか?」
「うっ……そ、そのっ」
子犬のような目で見られたら嫌とか駄目などとは言えず、ライラットは気恥ずかしさこそありはしたが結局は折れてしまった。そのまま、宿屋まで帰る最中はあちこちから奇異や嫉妬なんかが交じった視線の海の中を歩くはめになったのだった。居心地はもちろん悪かったが、腕に抱き付いているレヴィの事に意識は一杯になっていて特に不快感などは無かった。
それから宿屋に帰って食事を済ませると、それぞれが泊まっている部屋へと別れた。同室でないのは極度の緊張で異性と一晩でも過ごせる度胸が無いライラットの提案である。戦闘では頼れる彼女も、ここではヘタレのように見えてしまう。
「あぁ……やっと落ち着ける。レヴィと一緒にいたらどうも必要以上に気が張ってしまうな……きょ、今日だってあんな、腕に抱き付いてくるなんてっ。し、心臓がひっくり返りそうになったぞ」
まだ心拍数が早い鼓動を抑えるように胸に手を当てながら束の間の休みを取った。
(しかしこの頃、どうにもスキンシップがちょっと激しいような気がするな……わ、私の過剰反応かもしれないが、もしかすると……私に好意を持ってくれてるんじゃないだろうか……?)
ベッドに寝転がりながらここ数日の間の事を思い出す。今日のように腕を組むのは初めてだったがある時はさり気無く手を繋いできたり、依頼達成時にははにかんだ笑顔でハグをしてきたりともう心拍数が極度上昇してしまう数々をレヴィは普通にやってきていた。恋愛事には縁の薄い彼女も、一般的な男子と女子の関係ぐらいは頭に入っている。
そこから考えるとレヴィの行動は、大あれ小あれ相手に好意やそれに類する何かを抱いてないとやらない事なのでは?と考えている。純真な心からしてるだけとも思われるがそういう可能性はある。
それでレヴィと相思相愛に発展する事自体は、別に構わないと思っていた。年齢差こそあるが、彼の人柄や愛嬌を振り撒く笑顔に惹かれている自覚がある。それに自分のようなゴツい女を普通の女性と同じ様に接してくれているところもまた良かった。
しかし……それを直接に聞く度胸は残念ながら無かった。いや、ひょっとすると恐がってるのかもしれない。もしかしたら好きなんじゃないかなど自分の一人相撲で、レヴィにとっては仲間としての親愛表現なだけで別に深い意味など無いというのを本人の口から言われてしまうのに耐えられずにハッキリさせないだけなのだと。
「うぅ……し、しかし……このまま、真偽を確かめないままでズルズル過ごしている訳にも……」
レヴィは各地を旅して回ってるのは最初に聞いていた。となると、またいつ旅立ってしまうのか判然としないがずっとここに居てくれはしないだろう。自分とパーティを組んでくれてるのも臨時な訳であるし。だからといって、無理に引き留めるのも躊躇われる。
今の内に答えを聞いておかないと、もやもやした気持ちのままでいてしまう事になってしまう。
しかし、どうしても踏ん切りがついてくれない。
「このまま一人で悩んでいても結論は出てくれん……かくなる上は」
ライラットはある決断を下した。そう一人で悩んでるから決心がつかないのだ。ならば誰かに話して、アドバイスを得れば良い筈という解決法を見いだす……ところが、ここでまた躓く事になった。
「……誰に言えば良いんだ、こんな事を……年下の少年に恋をしてるだなんて、ことを……他人に話せる訳が無いだろぉっ!」
自分の提案に自分でツッコミを入れる。今までストイックにやってきた自分が、年下の少年に恋したなどと他人に知られたら醜聞確実ストレート街道である。それにこれまで人付き合いも最低限のものしか無かった彼女に、自分の心境やらを気軽に話せる友人というのは皆無に等しい……いや、語弊があった。全くいない訳ではないが、その人物にこの事を話すとめちゃくちゃ弄られるかもしれないという危惧があった。
「……し、仕方ない、か……うじうじと悩んでいても変わらないし。話すだけしてみよう」
△ △ △
その翌日……ギルド内の待合室の一角では奇妙な雰囲気の場が形成されていた。
テーブルを挟んで片や仏頂面をしたギルド職員、その反対側には肩をすくませて大きな体躯を縮こまらせている女性冒険者の図だ。これだけ見ると、冒険者側が何か不始末でもしたのかと思うがそうではなかった。
「……それで何ですか?あのレヴィって子が自分に気があるかもしれないって思ってるけど、素直に聞くのが怖いんで相談に来たんですか?」
「う、うむ。そういう、事なんだが……」
「ハッ、そーですかそーですかっ。あんな一回り以上も年下の子が気になりますってか?ウチのギルドでも最優秀に入るB級冒険者がショタ性癖を拗らせてるとか、笑えますねーアハハハ……私的には全然笑えませんけどねっ、このショタコン戦士っ!」
「あ、あまり大きい声を出さないでくれっ。私だって人に相談するかどうかで悩んだんだし……ミーティアぐらいしか当てが無かったんだ」
ライラットが相談相手としたのは、受付嬢のミーティアだった。彼女とは普段からよく喋っているし、受付嬢と冒険者という間柄なだけだが割りと気さくに接せられてるので選んだ訳だ……最もミーティア以外にこんな事を話せる人など誰もいなかっただけなのだがそこは内緒である。
「歳の差恋愛とかなら貴族や王族の政略結婚で聞きますけど、自分が何歳か分かってます?」
「……今年で二十七だ」
「ですよね。それであの子は十五なんでしょ?明らかに犯罪臭がするのは私の気のせいですかねー?」
「……いや最もな言葉だ。これだけ離れた年齢差で付き合うだなんて、傍目から見たらおかしな組み合わせだろう」
この世界では貞操観念などや性事情などは国や地域によっては緩い傾向がある。遠く離れている東方諸国だと、十歳から婚姻が可能という現代社会ならあり得ない事が出来るところまである。無論、そういうのは少数で少なくともこの王国……ワイマールでは正式な結婚が出来るのは二十歳からという法律があった。
それ抜きにしても、十歳以上も離れた男女が付き合う事など王国では非常識に写るものである。
「しかし、危惧してた通りになっちゃうとは……ライラットさんって元々そっちの気があったんで?」
「いやそんな事は無い。そもそも男とそういう関係を持とうなんて事すら考えてこなかったし……何なら生涯独身でも困らないとさえ思ってたんだ。けど、あの子に……レヴィと共に過ごしてたら、胸のもやもやとしたものが日に日に強くなってきて。最初は保護欲みたいなものだと思ってたんだが、今はハッキリ分かってきた。彼の事を好きになってきてると」
頬を染めながらの真剣な表情に声。これはもう恋心を抱いた者の顔である。それなりでしかない付き合いであるが、ライラットが本心かそうでないかの見分けぐらいはつく。ならミーティアが言ってあげる事などそんなには無い。
彼女の背を一押ししてあげる事だけだ。
「なら何も迷って人頼みに走る事ないでしょう。初めての感情で不安になるのも分かります。けどここで他人と話し合ったところで、結局は想い人に気持ちを伝えるのは自分じゃないですか」
「そ、それは……そうなんだが、やはりどうにも踏ん切りというか覚悟というかが……」
「だーっ、もうっ、いつものストイックなかっこ良さはどこに置いてきたんですかっ!」
指をつんつん合わせてもじもじする乙女的挙動は、彼女をよく知る者なら絶対にありえない動作だと言うだろう。正直、少なからず気にはなっていた黒髪美少年への恋愛相談をされて内心では鬱屈した思いがあるが、さりとて恋路を邪魔してやる程に性格はねじ曲がってない。
「人生なんて一寸先は博打みたいなもんですよっ。この先の未来がどうなるかなんて神様でも分かりゃしませんよっ、だったら当たって砕けろの精神で突貫あるのみっ!分かったら、さっさと思いの丈を伝えて成就なり玉砕なりしてください!」
「うわっ!?」
それでアドバイス終了とばかりに部屋を追い出されてしまった。部屋の前で佇む訳にもいかないので、仕方なしにそのままギルドを出ると宛もなく市内を彷徨きながらどうするかを考えた。
正直言うと、あんまりタメになったような気はしなかったが自分の気持ちを改めて口に出したお陰か幾ばくかは気が楽になってきたかもしれない。
「当たって砕けろ、か……よしっ!なら覚悟を決めるかっ」
ようやく決心がついたライラットは、宿屋に向かって一直線に帰った。
今夜で決まろうとしていた。彼女の初恋が成就するか或いは玉砕かが。
次回、ライラットの決死の告白にレヴィはどうするのかっ?