不死身の鬼
重厚な鎧に身を包んだオーガ。
素手は元より、刀剣であってもそれを打ち崩すのは困難だろう。
こういった相手に有効なものは、質量に物をいわせるハンマーなどの重量級の打撃武器ぐらいだろう。
だが、華奢な体でありながらも内包されている筋力は常人を上回るレヴィの徒手空拳はその厚い鎧を正面から突破してみせた。
「ふぅ、すぅーーっ……らぁっ!」
上段から振り下ろされた大剣を体を横にずらして回避する傍らで、呼吸を整えて集中して打たれたパンチが鎧の腹部を穿つ。
ガァンッ!と鈍い音が上がり、当たった箇所が拳の形に凹む程の衝撃に鎧オーガがたたらを踏んだ隙にライラットが戦斧で斬りかかる。
「ふっ!」
こちらは頭部に向けて斜めに振り下ろされる。斬撃だが、戦斧の刃は厚く重くライラットの腕力も手伝って鎧越しにでも強烈な衝撃を与えた。
それに続いてシラギクも斬りかかり、鎧オーガは堪えきれずに仰向けに倒れた。
如何に重防御であっても、中身はそうはいかない。特にレヴィのパンチは鎧を凹ませた程にあったのだから少なからずダメージは受けたであろうが、鎧オーガはほんの少しの間を置いて普通に立ち上がった。
「こいつ……痛覚でも無いのかっ? あっさり起き上がったぞ」
「油断すんなよ。あの仮面野郎がわざわざ連れてきたんだ、ただのオーガに鎧着せただけじゃ済まねー筈だ」
「ええ、心得ておりますわ」
距離を取って相対する三人。
さっきのように突っ込んでくるかと思われたオーガは、大剣を構えながらもこちらの出方を窺うように微動だにしない。
暫し、膠着したがオーガが輪っか状の刃物を取り出してそれを指先に嵌めて回し始める。
「あれはっ……?」
初めて見る武器にライラットが身構えた瞬間に、その刃物を彼女に目掛けて放ってきた。
咄嗟に斧で弾き飛ばして防いだが、その合間を縫って鎧オーガが直進してくる。
それをシラギクが押し留めようとしたが、大剣の切っ先を地面に刺すとそれを勢いよく引き抜いて多数の土砂を舞わせた。
「くっ!……視界がっ」
目潰しを受けてしまったシラギクが動きを一瞬止めた間に、その横を通り抜けた鎧オーガはレヴィ目掛けて大剣を突き刺すような構えで突進してきた。
最も手強い相手と認識したのか、レヴィを手始めに殺ろうというつもりのようだ。
「はっ、オーガの癖に頭が回んじゃねーかっ! まずは一人ずつ仕留めようって腹かよっ……けど、上手く行くなんざ思うなよなっ!」
突き出される大剣の切っ先をスレスレでかわすと、今度は裏拳を兜の側面に当てる形で放った。
またしても鐘を突くような音が鳴り、鎧オーガの頭が左右に激しくぶれる。
単純な威力の他に、脳を揺らさせることで立つのも覚束ない状態にさせる狙いがあったが……。
「…………ッ!」
「ぐぅっ!?……がっ!」
意にも介さぬように動くと、大剣を投げ捨てて両腕でレヴィの胴体を締め上げるようにし、そこから強力なベアハッグをやってきた。
万力のような締め上げに、レヴィも苦し気な顔になる。
体勢を立て直したライラットとシラギクが引き離そうと、攻撃を加えるが鎧オーガは眼中に無しとばかりに締め上げを続行するばかりだ。
後方にいるエストーラもツバキも下手に威力の高い技を出すと、レヴィ諸ともに傷付けてしまいかねず攻撃を躊躇してしまっている。
「レヴィっ!」
「……心配、すんなよっ……お、らぁっ……!」
このままでは背骨をへし折られてしまう……そう危惧するライラットの不安を払拭するかのようにレヴィが動く。
力を込め始めると、太い剛腕で締め付けられた状態から両腕を外側へ向けて動かしていく。
鎧オーガも逃がさないという風に、より力を込めるがレヴィの筋力がそれを上回った。
もう半ば抜け出すことに成功したレヴィが鎧オーガの腕を掴むと、そこから上手投げの要領でぶん投げた。
フワッと甲冑込みで相当に重い筈のオーガが、軽やかに浮いて宙を回る。
「どらぁっ!」
そのまま頭から地面に落とす。その為、自身の体重を首一本で受けることになり、ゴギンと首の骨が折れたらしき音がする。
鎧オーガは首から上が地面に埋没し、レヴィはいい汗を掻いたという風に額の汗を拭った。
「す、すご……あいつ、オーガを単純な力で圧倒しちゃったわ……」
その光景を見ていたツバキは驚愕した表情だった。
オーガと言えば、人間の成人男性十人分に値するパワーを誇る剛力の魔物として知られているが、そのオーガに力で対抗して見せた者など初めてである。
尚且つ、それが見た目は自分と変わりない華奢な体つきの少年がやって見せたのだから驚き以外に無い。おまけに見た感じだと、魔力で強化したような素振りも無かったから素の力でやったようだ。
(どういう鍛え方したら、あんなのが身に付くのかしら?)
少なくとも普通の筋トレなどで身に付くものではない。言うなれば、無駄を徹底的に省いて筋肉を凝縮したようなものだろうか。
「相変わらず驚かせてくれるな、その細い腕でよくやれるものだ」
「生まれもってのもんじゃねーけどな……あんまり思い出したくねー奴の手解きのお陰みてーなもんだよ」
例の夜這いを掛けたという武術の達人のことらしい。
レヴィとしては今も苦々しい記憶だが、その人のお陰でこうして年若い身ながら卓越した実力を磨けたのだから複雑である。
ひとまず、これで片は付いた…………そう思われた矢先、地面に首を埋めたオーガの体が動いた。
「っ!? お待ちになってっ、そのオーガ、まだ生きておりますわっ!」
「何っ!?」
解き掛けた戦闘態勢を再び整える面々。
そうこうする内に、鎧オーガが埋まった首を引き抜いて立って見せた……だが、首はダランと支えを失ったように変な方向に曲がっており、どう見ても首の骨が折れてるというのは嫌でも分かる。
だというのに、鎧オーガは何と言うこともなく落ちた大剣を拾い直して戦う構えを見せている。明らかに生者とは思えず、ライラットは動揺する。
「な、何なんだこいつはっ? 首が折れてるのに何故平然としているんだ」
「もしや、本当にアンデッドですの?」
「いや……もし、そうなら腐臭のひとつぐらいはする筈だ。それに動き自体がアンデッドのそれとは思えねー」
アンデッドになった生物はそのほとんどが腐敗の影響で肉体が腐り落ち掛けた状態なのがほとんどだ。
故に激しい動きが出来ず、辿々しくスローモーにしか動けないのだが、この鎧オーガは単調な感じこそあれど動作自体は滑らかなものだ。
(アンデッドじゃねぇ……てことは、何か別の要因で動いてんのかっ?)
そこでレヴィはその要因を確かめさせるべく、ツバキに伝える。
「おいツバキ、お前の目で何かおかしな魔力が流れてないか見ろっ!」
「わ、分かったわっ」
第三の眼でツバキは鎧オーガに流れる魔力の波長を辿る……すると、生来のものとは違う異質な魔力が宿っているのが分かった。
「何か変な魔力があるわっ。あいつの……頭の右目辺りよっ!」
「右目、か……なら、その兜、外させて貰うぜっ!」
言うが早いか、懐に潜り込んだレヴィが顎を打ち抜くようにアッパーをかます。その衝撃で兜が外れ、鎧オーガの素顔が明らかになる。
一見すると普通のオーガと大差無かったが、その頭は矢傷などで刺されたような跡が幾つも残っていて、顔の中心部に至っては明らかに刺し貫かれたようなものまであった。
そして光を宿していない生気が感じられない目……その右目に何か魔石らしき物が埋め込まれているのが見えた。
「魔石かっ? 何だってそんな物が目にっ……」
「分かんねーが……取り敢えず、その魔石を抜くぜっ!」
大剣を振ろうとした鎧オーガに足払いをかけて転ばせると、その上に股がったレヴィは躊躇無く右目に指を突っ込んだ。
魔石らしき物を握り込むと、それを目一杯引っ張る。
ブチブチと何かが切れる音がして、体液が滴る魔石がレヴィの掌に収まった。
「ガギゲッ!……ガ、ァ、ァッ……」
それまで咆哮も上げなかった鎧オーガが初めて苦悶らしき声を出す。
一瞬、レヴィに腕を伸ばし掛けたが途中でダランと糸の切れた人形のようになり、そのまま鎧オーガは全く動かなくなる。
今度こそ倒したと判断したレヴィは改めて、手の中に収まる鈍い輝きを放つ魔石に視線を落とした。
「……こいつが動力源みてーな役割を担ってたのか? なら、このオーガはもう死んでるようなもんだったのか……けど、こうして見ても腐敗はそんなに進んじゃいねーし……」
ただのアンデッドに鎧を着せただけではない。
倒れ伏すオーガの死体にレヴィは何か嫌なものを感じた。
ジョーカーAが言っていた言葉……試験運用というのも引っ掛かる。
(感情を制御されたオークの集団……そんで、不死身のように動くオーガ……こいつらが結ぶもんは何だ? あの仮面野郎は何をしようとしてんだ?)
未だ、相手の目的の全貌が掴めないが、ひょっとしたらこの魔石がその手懸かりになってくれるかもしれないと一抹の期待を抱いた。