死せる鬼の噂
モチベがいまいちなせいで遅くなってしまいますた。
大型連休ですが、基本引きこもりの生活になりそうで普通の休日と変わりありませんね。
アウセントから旅立ち、方々で変異オークを討伐し続けていたレヴィ達だったが目的とするジョーカーAの誘きだしは上手く行かずに徒労の結果となってしまった。
最も変異オーク自体、驚異の種となるものなので数を減らせたのはそれはそれで良いのだが。
そしてレヴィ達のパーティーに加入……というか、半ば脅された形にもなるが仲間に加わったツバキも経過はまあまあ順調であり、我が強いのは相変わらずだがそれを無理矢理に押し通すような真似は少なくなっている。
今では攻撃から補助、回復までこなせるパーティーの一戦力として立派に働いていた。
そんなある日、とある街の冒険者ギルドに立ちよった時の事だった……。
「……鎧騎士のオーガ?」
「そうそう。何かギルドでそんな話を聞いたのよね、騎士の格好したオーガがいるって噂話」
ギルドで素材の換金に行って帰る道中で、ツバキがそんな話をし出した。
何でも重騎士の姿をしたオーガが幾多の冒険者を殺しているということらしい。
「あたしも詳しく聞いた訳じゃないんだけどさ。発端があるC級冒険者のパーティーが一人を除いて全滅して逃げてきたってことで、その後も調査や討伐に向かった冒険者が次々と殺されちゃったそうよ」
「そんな事態が起こってますのに、街の雰囲気はピリピリとはしてませんわよね?」
「そりゃあね。その鎧オーガは隣街に続く山道に居座ってるんだけど、回り道になるけど安全に通れるルートがあるからここの住民は専らそっちを行ってるそうよ。その鎧オーガがそこから動く様子も無さそうだから、手に負えないのなら放っておいたらって話もあるみたい」
これがもし、街の物流を左右する主流街道だったり或いは積極的に人を襲うようなものであったら本格的な討伐隊でも組まれたのだが、現状はせいぜいが近道になる程度の山道に陣取ってるくらい。
そこから基本動かないようだったなら、下手に手を出して無駄な被害を出すよりも放置してた方が良いと考えるのは為政者ならある話だろう。
冒険者ギルドにしても同じ風だが、鎧オーガを倒そうと息巻く冒険者を積極的に止めようとしないのは単に眼前の魔物を討伐せずに放っておくのはギルドの体面に差し障るというだけ。
倒したいのなら自由だが、そこは自己責任で……という不適当さで、ランクの低い冒険者が向こう見ずに挑んで返り討ちにあってる件が多発してるらしい。
「……杜撰な対応だな。ギルドでも支部ごとで差が出るということか」
「人がやってんだから、そういうのはどこでも一緒だろ……まあ、それはともかく気になるっちゃー、気になんな」
「では、どうするんだいレヴィ? その噂の鎧オーガとやら……見聞にでも行ってみるかい」
「わたくしは別に構いませんわよ。と言うより、他人に害を成してる時点でそのオーガはすぐにでも退治するべきだと思いますわ」
「あたしも行くことには反対しないけど」
鎧を着たオーガ……その存在に何か気掛かりを覚えたレヴィは詳しい情報を得るため、最初にそのオーガと接触した冒険者に話を聞いてみることにした。
ギルドで居場所を聞き、泊まっている宿に行って会えた件の女性冒険者……クリノアは酷く憔悴したような顔で虚ろな目という有り様だった。
聞いた話では、その鎧オーガの手で一挙に仲間を四人も失ってしまったというそうだからその精神状態も推して然るべきか。
「……オーガに、ついて?」
「ああ。あんたが出会ったっていうオーガについて知りてーんだよ、分かる範囲で良いから聞かせてくんねーか?」
「……知って、どうするつもり?……そいつを倒そうだなんて思ってるなら、止めた方が懸命よ……あいつは、絶対に殺せないんだからっ……」
肩を震わせて小声で呟くその様は、恐怖を芯まで植え付けられたようにも思える。仮にも冒険者という職業にある彼女が、一回の戦いでここまで怯えるようになるとは相当な経験をしてしまったようだ。
「絶対に殺せないと、何故言いきれる?」
「……あ、あいつはっ……不死身の怪物、なのよ……ア、アイラの矢を、頭に、何度も受けた、のに……あ、あいつは平然としてて、その後、ケントに顔を刺されてもまだ動いててっ……あ、ぁぁぁぁぁぁぁっ……」
「ちょ、大丈夫かい、君っ?」
その時の凄惨な光景がフラッシュバックしたクリノアは頭を抱えて掠れた悲鳴を出した。
これ以上、話を聞こうとすれば彼女の精神が危ういと思ったレヴィはそこまでにして落ち着くまで介抱した後に切り上げたのだった。
「……不死身の怪物、か。ツバキ、それはギルドで話してたのか?」
「ええ、言ってたわよ。でも初見の魔物を大袈裟に話すのはよくあることだって、あんまり信じられてはなかったわね」
魔物の種類は多様で同じ種でも住む環境によって差異が生じるなど千差万別な為、未確認の魔物の情報は大体誤報なども多い。
その為に生還したクリノアが鎧オーガについて証言した情報も、半々は信じられてなく、加えて仲間を喪って安定していない精神状態も考慮された結果として不死身云々は信憑性のないものとなっていた。
(……けど、本当に嘘と言えるか?)
レヴィは思案する。
不死身の性質を備えた魔物はいないでもない。
例えば、アンデッドといった類いなら半不死身ともいえる生命力を持っている。肉体を完全に消し炭にされる、聖水といった対処法以外では決して活動を止めない強靭な生命力がある。
だが、アンデッドの共通点として肉体が腐りかけた腐乱死体という見た目の特徴があり、話だけ聞けば鎧オーガにはそれは当て嵌まらない。
アンデッド以外でそんな特性を有してるものはレヴィも知り得ないので、クリノアの証言を信用していないギルドの立場もまあ理解は出来る。
……しかし、世は広い。自分が知らないだけの事実なんてものは探せば幾らでもあるだろう。
そのことはレヴィ自身も身に染みて分かっている。何せ、生まれ故郷を飛び出してきてから知らなかったことを次々と知ってきたのだから。
「何であれ……直に確かめればハッキリすることだな」
~ウォントル山、第一山道~
情報によれば、この山の中腹辺りの道に鎧オーガは居着いているらしい。
そこまでの道のりを行く間、レヴィ達は鎧オーガについて色々な考察を立てていた。
「しかし、その鎧を着たオーガとやらは何の理由があってこの山路に居座ってるんだろうか?」
「そうですわねぇ……単に餌を求めるだけなら、早々に人里に降りてきてもおかしくないのですけれど」
オーガの知能は魔物としてはそこまで高くはない。行動原理も基本単純で、生存欲求に従って動いてるだけなので腹が空けば動物でも人間でも見境なく補食して生きる、というだけの魔物だ。
そんなオーガが鎧を着込んで、わざわざこんな山道に潜むでもなく堂々と居座ってるのが理解できないのは当然であった。
「ふふふ……凡人のあんた達じゃ、辿り着けないようね。鎧オーガのことについて」
「む。じゃあツバキ、お前なら分かるのか?」
意味ありげな含み笑いするツバキに凡人呼ばわりされたライラットが聞き返すと、ツバキは自信たっぷりにどや顔しながら喋った。
「あたしの素晴らしき叡知の頭脳の見解に寄れば……ズバリっ! その鎧オーガは何者かの制御下に置かれてるということよっ。粗暴で思考原理も浅いオーガが積極的に狩りもしないで、こんな便利とも不便ともつかない道に陣取ってる理由なんてそれ以外に考えられないもの」
なるほど、確かにその線はありそうだ。実際、魔物を操る術などは確立されているし、国によっては弾除けの前衛として軍に配置されてる事例もあるのだから、噂の鎧オーガが誰かに操られてるというのは十分に有り得る話である…………そのことについて反論は無いが。
「じゃあツバキ。誰かに操られてるであろう鎧オーガがここに居座ってる理由は分かるのかい?」
「……それはあれよ。何か深い事情でもあんじゃない?」
「それは、つまり分からないという見解で宜しいのかしら?」
「う、うっさいわねっ! 天才でも分かんない時はあるのよっ、空が何で青いかなんていう問題が分かんないのと同じよっ」
半ギレ気味にツバキが喚く。素晴らしき叡知の頭脳(自称)も推理できないことは往々にあるようだ。
そんな中でレヴィが呟く。
「……敢えて言うなら、存在感を示す為って可能性もあんな」
「うん? どういうことだ」
「まずオーガが鎧を着用してる。これだけで目立つし、そんな奴が街の割りと近くにいるだけでも噂には上がりやすいだろ? そんでもって、積極的に人を襲わないまでも討伐しようと来た冒険者を返り討ちにしていきゃー、ギルドでも話題に上がる……やり過ぎないようにしないで、自分のことを知らしめてるように動いてるって考えられんだろ?」
「流石はレヴィだね。どこぞの半端な小知恵しか回らない、ぺたんこ娘とは大違いだね♪」
レヴィを誉めつつ、さらっとツバキをディスるエストーラ。当然、素早くツバキも反応した。
「……あ゛っ? おいそこの垂れ乳ガンマン。いま、ぺたんこつったのかしらっ、その無駄な脂肪、削いでやろうかっ?」
「……誰が垂れてるだって? 私はこの通り、綺麗な張りを保っているけれど? 羨む気持ちは分かるけど根拠のない誹謗中傷は止めることだね、貧乳くん」
見せつけるように巨乳を持ち上げて見せるエストーラに、三つの眼を瞬きさせずに睨みながら愛用の杖を教鞭のように手でパシパシと鳴らすツバキ。
一触即発の雰囲気に、間に入ったライラットとシラギクが取りなすという珍事を挟みながらレヴィ達は目的の鎧オーガが視認できる地点まで来た。
「……あいつが噂になってる奴か」
甲冑をフル装備したオーガが道の真ん中を遮るように立っている。見た目ではオーガとは分からず、大柄な騎士と誤認する出で立ちである。
ただ、荘厳な騎士とは違い、その鎧は殺してきただろう冒険者の返り血が付着しており、禍々しい雰囲気を纏わせてすらいる。
得物であろう大剣にもベッタリと血潮がこびりついており、それもまた一層恐怖を煽るものとなっていた。
一本道で木々も茂ってない地形なので向こうからも見えるとこまで来たが、まだ動く様子は無い。
「どうすんの? あたしがチョチョイとやってあげようか?」
「待て、あの鎧が魔法耐性も備えたものだったら無駄撃ちになる。まず、前衛組が仕掛けてみるのが良いだろう」
「そうだな……じゃあっ」
ライラットの提案に乗って動き出そうとしたレヴィは、背後から感じる視線に気付き、咄嗟に足元に落ちていた小石をその方向へぶん投げた。
投げられた小石は十数メートルは飛んで、一本の樹に当たった。
突然の行動にツバキは目を白黒させているが、レヴィに遅れて他の面々も視線に気付いて武器を手に取って振り返る。
「……おやおや、勘が鋭いですね~。こっそり覗いて観戦しようと思ってたのですが……」
「っ! ジョーカーAかっ」
樹影から顔を覗かせた仮面の人物……ジョーカーAの登場にレヴィ達は身構える。
少し前に撃退して以降は姿を眩ましていた因縁の怪人物、特にレヴィにとっては借りを返したい男でもあった。
「よぉ、この前は散々好き勝手してくれたな?」
「これはこれはお元気そうで何より。調子の程は如何で?」
「そうだな……取り敢えず、てめーを思いっきりぶっ飛ばしてやればよ、気は完全に晴れるぜっ?」
拳をボキボキと鳴らしてリベンジマッチに燃えるレヴィ。
あの時は自分がろくに動けないせいで、ライラット達に任せっきりにしてしまったこともあって次に出会った時は自分自身のみでケリを付けたいと決意していた。
そんな決意を固めるレヴィとは逆に、ジョーカーA自身は自らが戦うという選択肢は端から持っていなかった。
障害になるだろうレヴィ達の排除も視野に入ってるが……今はそれはついでという認識であったのだ。
「まあまあ、そう焦らずに……今日の主役はそちらの〝オーガ〝君ですからね~。わたくしは今日は主に傍観役ですから」
「……なるほど、あの鎧オーガは貴様が用意したものか。オークからは手を引いて今度はオーガを使って何をするつもりだ?」
「いえいえ、別に手を引いた訳ではございませんよ? ただ、あちらの方の試験運用もしないといけないのでねぇ……ついでに貴方方も潰せれば、一石二鳥なんですがね♪」
試験運用? どういう意味かとレヴィが考えるが、相手はその暇を与えることは無かった。
ジョーカーAがパチンと指を鳴らした。するとそれまで立ってるだけだったオーガが、大柄な体躯には似合わないキビキビとした動きで走ってきた。
「出来れば近くの方が良かったのですが、バレてしまっては致し方ありませんね。わたくしは遠方から観戦させて頂きますので悪しからず~」
「あ、待ちなさいっ!」
宙を飛んで逃げるジョーカーAに、エストーラが銃撃を放って止めようとする。だが、放たれた銃弾はジョーカーAの数メートル手前で何か見えない壁にでもぶつかったように弾かれてしまった。
「ちっ!」
またおかしな術を使ったらしい。歯噛みするエストーラだが、今は逃げるジョーカーAよりも向かってくる鎧オーガの迎撃が最優先だった。
「しゃーねーな。この憂さはてめーで晴らしてやるぜっ!」
ジョーカーAへの鬱憤を鎧オーガに当てることにしたレヴィ。
ライラット、シラギクと共に前へ出て大剣を振りかざして突進してくる鎧オーガに立ち向かった。