撒き餌
主人公以外の視点の話は組むのに苦労しますね。
「ふぅ~、今回の依頼はなかなかしんどかったなぁ」
「だな。早いとこ、宿に帰って惰眠を貪りてぇ」
山道をひた歩く五人組の冒険者達は依頼で獲ったらしい魔物の素材を担ぎながら拠点にしてる街に帰還しようとしていた。
戦士職でリーダーのケントを筆頭に同じく戦士職のガウズと双剣使いのビダル。弓使いのアイラに魔術師のクリノア。
彼らは何れもC級で構成されたパーティーで、今回はレッサードラゴンの討伐に赴いていた。流石に最下級とはいえ、腐ってもドラゴン種だったので骨は折れたがどうにか倒すことは出来た。
しかし、その労力に見合った素材は手に入れられた。大なり小なり怪我は負ってしまったが、それを差し引いて余りある稼ぎになるだろう。
久々に豪勢な食事でも取ろうかとリーダーのケントは街に帰った後の豪遊をどうしようかと考えていた。
「……ケント、言っとくけど無駄遣いするような真似は厳禁だからね?」
「うっ、い、良いだろうアイラ? たまに羽目を外すくらいは。それに俺だけじゃなくて皆の士気を盛り上げる為にもだな……」
パーティーでの収入の財布役を担う弓使いの女性、アイラに釘を刺される。
彼としては前祝いにパーッと浪費したくもあるのだが、出費に細かいアイラはなかなかどんちゃん騒ぎなどを許可してくれない。
逆にアイラが加入するまでは、ケントのパーティーは稼ぎこそ良いが倹約というのに頓着しないせいで、いつも生活費がカツカツであった訳だが。
「はぁ……そうね、いつも締めてたら皆も気も下がるだろうし……今日だけなら、ちょっとぐらいは大目に見てあげるわよ」
「ほんとかっ? よっしゃ、太っ腹アイラに感謝だなっ、ははははっ♪」
「念押しするけど、ちょっとだけだからね」
たまにはこうした息抜きも必要だろうと思ったアイラが許してくれたことで、子供のようにはしゃぐケントに仲間達は苦笑いする。
いい大人がガキっぽいと思われるだろうが、何であれ久し振りに祝い事を楽しめることになれたのだから素直に喜んでおくかということになる。
気持ちが先走って、早歩きしたケントだったが……歩いてすぐに前方の道に誰かが立っているのが見えた。
「ん?……おい、みんな見えるか? あそこの道に突っ立ってる奴を」
「ああ、見えるな……騎士か、ありゃあ?」
目を凝らさずとも分かる程にその人物は目立っていた。
ニメートル近い巨躯を分厚い鎧兜で覆って、正面から相対すれば圧巻されることは間違いない雰囲気を携えている。
兜には鬼のような角の装飾があり、フルフェイスな為に表情も把握できないのがまた何とも言えない不気味さを出している。
そして何と言っても印象的なのが、その持っている大剣だ。
大剣と言うにも、余りにも分厚く重く大きなそれは斬るというより叩き潰す用途に特化されたようなもので魔物を易々と屠れる武器だというのを知らしめている。
そんなゴツい騎士が、山道に微動だにせずに佇んでいるのでケント達は警戒心を上げた。
どこぞの正規の騎士団なのか定かでないが、騎士とあろう者が単独で、しかも山道に鎮座する理由も分からず困惑する者もいた。
「おい、どうする?」
「どうと言ってもなぁ……俺達は通りたいだけだし、素直にそう話すか?」
「よし。なら俺が話を付けてやるよ」
「ちょっと、そんな無警戒に近づいちゃ……」
「心配すんなって。まさか冒険者の俺達に問答無用で仕掛ける訳なんかないだろ」
ガウズは意気揚々と騎士らしき人物に向かっていく。近付くにつれて、威圧感をひしひしと感じるが臆せず軽い調子で話し掛けてみた。
「よぉ、あんた騎士様か何かかい? 俺達、この先を行きてーんだけどな。ちょっと通して貰っても構わないか?」
「………………」
ガウズが話し掛けても騎士は無言で立ってるだけだ。まるで我関せずといった感じで、無視を決め込まれたように思ったガウズは少し荒っぽい口調になる。
「おい、人が話し掛けてんだから返事ぐらいしろよ。俺達はこの道を通りたいだけなんだって。不都合無いんなら通させて貰いたいんだがっ?」
「………………」
やはり返事は無い。よもや置物か人形かとも思ったが、呼吸してる為に僅か
に上下する肩が生きてるというのを教えている。
その後も何度か話し掛けても、一言も発さずに立ち尽くしてるままで遂にガウズは諦め顔になって振り返った。
「おーいっ、駄目だこいつ。何言っても、何の反応も返さねっ」
「っ!? ガウズっ、そこからすぐに離れろぉぉぉぉっ!」
「へっ?……ぶげっ!」
振り返った先でケントが必死の形相になって叫んだ。
その意味を理解しきる前に頭に一瞬の鈍痛を感じた後、目の前の景色が潰れて暗くなったのを最後にガウズは意識を永遠に無くした。
ケントは目の前の光景に顔面蒼白になっていた。
ガウズが振り返った直後、それまで微動だにしなかった騎士が突如として動きを見せ、分厚い大剣を瞬時に振り下ろしてガウズを殺しにかかったのだ。
挙動を見て、すぐに逃げろと言ったが間に合わず、仲間が挽き潰される場面をまざまざと見せ付けられる。
相当な重量物だろう大剣をまともに受けてしまったガウズは、血飛沫を流してぐちゃぐちゃの肉塊にへと成り果ててしまった。
肉片が付着した大剣をゆっくりと上げ、騎士がこちらに向かって歩いてきた。
「なっ、何だよあいつ。何でいきなり奴を殺しやがったんだっ!」
「知るかっ、とにかく迎撃するぞっ。騎士だからって変な遠慮はするな、相手は俺達の仲間を殺したんだっ。躊躇無く攻撃しろっ!」
「わ、分かったわ、みんな戦闘準備に入ってっ!」
「ぁ……ぁっ……」
「クリノアっ! しっかりしなさいっ、ショックを受けるのは分かるけど気を保ちなさいっ!」
「は、はいっ……!」
連れ添った仲間をいきなり殺されたことで仲間が大きく動揺するが、ケントは己を鼓舞する意味でもある叱咤で落ち着かせる。
魔術師のクリノアはアイラの激励で何とか落ち着かせられたが、顔はまだ青ざめていてそう長くは持ちそうになさそうだ。
何が起こっているのかクリノアは分からないのだろう、不安に苛まれた表情で騎士を見ている。ケント自身、目の前の状況を理解しきれていないが確実に分かっていることはある。
あの騎士風の人物は自分達を殺そうとしている。
(奴が何者で何の目的があるのかを考えるのは後だっ、今はこの四人で奴を倒すっ!)
愛用の剣を抜き、仲間を殺した騎士に立ち向かおうとケントは気を引き締める。残りの仲間達もそれぞれが動揺を残しつつも戦闘準備に入り、ケントと同じく前衛を務める双剣使いが前に出て、後衛の魔導師、そして弓使いのアイラが援護する陣形を取る。
その彼らに向かって、騎士は血を滴らせた大剣を持って近付いてくる。
見るからに重厚なあの鎧には、ケントや双剣使いの剣撃では突破は困難だろう。間接部の隙間なら切っ先を突き立てることは出来るかもしれないが、内に鎖帷子でも着込まれていたらそれも通用しないだろう。
となると有効打になりそうなのはクリノアの魔法ぐらいか……ケントは素早く仲間と打合せし、前衛の二人と弓使いのアイラが気を逸らせるのと牽制をしてる間にクリノアが魔力を溜めた大きな一撃を騎士に浴びせる戦略を選んだ。
もし、クリノアの攻撃が効かなかった場合……その時は迷わず撤退をすることも織り込む。仇を取れないのは口惜しいが、それに拘ってパーティー全滅という最悪はリーダーとして避けなければならない。
「クリノア、お前が使える魔法の中で一番威力があるやつを最大で放つまでにどれぐらい掛かる?」
「……二分、ううん、一分で済ませられるよ」
「そうか、ならまずは一分は粘ってやるか。行くぞっ、あまり懐に潜りすぎるなよっ」
「分かってらぁっ!」
ビダルと共にケントは血染めの騎士にへと向かった。
血と肉片を纏わりつかせる大剣が恐怖を煽ってくるが、それにも怯まずにケント達は斬りかかった。
ケントの長剣とビダルの二振りの双剣が騎士の着込む鎧に当たり、火花を散らせる。ベテランらしく、軽いフットワークを駆使して四方から斬りかかる二人に対して、騎士はその大剣を振りかざして薙ぎ払うように振った。
さっきは無防備だったガウズをあっさり潰した大剣の攻撃だが、ケントとビダルは強い風圧を伴うその重い一撃をかわす。
なるほど、重い大剣を普通の剣のように扱う膂力は凄まじいものがあるが……振りの速さはそれ程でもない。
自分達なら不意を打たれない限りはこれをかわせる自信はある。
更に後方から放たれるアイラの矢は、鎧を貫徹させることは出来ないまでも騎士の兜の目元辺りを執拗に狙うことで気を削がせることぐらいは出来た。
(よしっ、思っていたより手強くないぞこいつはっ……あとはクリノアの魔法が効いてくれるかどうかだが)
もうそろそろ一分頃は経つ筈で、クリノアは魔法を撃てるタイミングを見計らっていた。
(大丈夫、大丈夫。しっかり狙うのよっ)
彼女が選んだ魔法は一点に魔力を集中して放つ『光の線撃』
効果範囲は狭いが貫通力に優れたこの技なら、あの重防御した騎士の鎧を撃ち抜ける筈である……息を整えて集中を重ねたクリノアは、ケント達が作ってくれた隙を狙って放った。
「『光の線撃ッ!』」
構えた杖から、魔力の光線が放たれた。一直線に進むそれはかなりの速さで宙を飛び、騎士が避ける動作をする前に頭部にへと直撃した。
ガァンッ!と鐘を殴ったような音が響き、当たった場所が薄焦げた兜が飛んで地面を転がる。あの衝撃であったなら首の骨が折れたか、最悪は兜ごと頭が捥げたかもしれなかったが…………騎士は泰然とした構えで立っている。
だが、それ以上にケント達を驚かせることがあった。
「っ!?……こいつ、オーガかっ!?」
兜を外されて曝された顔は人間の顔でなく、朱色の肌に口から飛び出す牙など人とは思えない容姿……魔物であるオーガであったのだ。
しかし、何よりも目を引いたのが、その右目だった。
何か宝石のような物を埋め込まれていて、眼球が完全に潰されていたのだ。
「な、何でオーガが、鎧兜なんかを着てっ……」
原始的な知能しか無い筈のオーガが鎧を着ていたことに驚きを隠せない周囲をよそに、オーガは大剣を大きく振り上げると地面に向かって叩きつけた。
ドォンッ!と小規模ながら砂埃が舞い、ケントとビダルの視界を塞ぐ。
近くにいたのもあって、ケントとビダルは飛んできた砂利も飛んできて顔を庇ってその場に立ち尽くす。
「ごほっ……ビダル、どこにっ……」
「ぐわぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「っ!?」
嫌な悲鳴が聞こえ、そのすぐ後に悪寒を感じたケントが武器を構えて防ぐ体勢に入るや否や砂埃の中から何かが飛んできてケントに当たる。
結構な速度で飛んできたそれに弾き飛ばされて砂埃の中から強制的に出された。
背中から地面に落ちて重く生暖かさを感じるそれが何なのか見たケントはすぐに後悔する。
「ビダルっ……ちくしょうっ!」
自分の体にのし掛かってるそれは上半身だけと化したビダルの物言わぬ死体だった。
またしても仲間が死んでしまったことに後悔の念を抱くも、オーガも現れてきたことから感傷に浸る間もなく臨戦態勢に入らざるを得なくなる。
片手にビダルのだろう下半身を持ち、それをゴミのように投げ捨てて鎧姿のオーガがケントにへと近付いてくる。
「ケントっ!」
すぐにアイラが矢をつがえて、露出した頭部に鏃を穿った。
飛んでくる矢をオーガは何故か、防ごうとせずにいて矢が額に突き刺さった。
……だが、オーガは意にも介した様子を見せずに歩いてくる。鏃は確かに皮膚を貫いているのだが痛みを全く感じてない様子で愚直に歩いている。
異様な気配を感じ取り、アイラが続け様に矢を放ち、四本の矢がオーガの頭に突き刺さる……が、血すら流さずにオーガは平然としているのだ。
「な、何なのよあいつはっ……?」
アイラもここで普通のオーガなんかではないと気付くが、分かったところで何か有効策を考え付ける筈もなく、ただおののくしかなかった。
クリノアに至っては、まるでゾンビのようなオーガが余りにも恐ろしく感じてしまって腰を抜かしてる始末だ。
そんな彼女達を一瞥してから、ケントはビダルの死体を退かすとゾンビじみたオーガの前に立ちはだかる。
「舐めるなよ、この野郎がっ……大事な仲間を二人も殺しやがって、許さねえぞっ!」
「…………」
オーガは何も言わない。咆哮すら上げずに生気が無いような虚ろな眼でケントを見下ろしている。
すると、腰から何か円形の刃物のような物を取り出す。
武器か何かかと身構えるケントを尻目に、中央の穴に指を通してヒュンヒュンと回し始めて…………それをいきなり飛ばしてきた。
あらかじめ警戒していたのでケントは咄嗟に体を捩ってかわせられたが、後ろにいた為に反応が遅れてしまったアイラはかわしきれず、反射的に腕で防ごうとした。
小さいので腕に食い込むだろうが重傷にはならない筈、と彼女は覚悟していたが回転して迫る刃はそんな目論見をあっさりと崩す。
防御していた右腕が骨も纏めて斬られ、激痛を感じる前に刃がアイラの頭の上半分を素通りするように通り抜ける……一瞬してから彼女の頭部が輪切りにされたようにズレて脳髄を溢れさせながら地面に落ちた。
「ひっ、ひぃっ……!」
「アイラぁぁぁぁぁっ!」
密かに恋心も抱いていたアイラの無惨な死に様にケントが絶叫する。その隙を突いて、オーガがその屈強な腕でケントの頭を掴んだ。
万力のような力で頭を締められる苦痛に呻くも、アイラを殺された怒りが痛みを凌駕して奮起させる。
「くそっ、がっ……喰らえぇぇぇぇぇっ!」
力を振り絞って、ケントは長剣をオーガの顔に突き立ててやった。
剣はオーガの顔に深く突き刺さり、確実に脳を寸断したと確信するもオーガの掴む手の力は全く緩まない。
いや、それどころか逆に強くなってさえいる。
「うぁっ……ご、がぁっ……!」
顔に剣が突き刺さったまま、オーガはその握力でケントの頭を潰そうとしてくる。メキメキと頭蓋が軋み、目鼻から血が垂れてきて逃れられないと悟ったケントは最後の力を出して叫んだ。
「にげ、ろぉっ……逃げろ、クリノアぁぁぁぁぁっ!」
ケントの必死の叫びに、茫然自失しかけていたクリノアは我を取り戻すとそこから必死に逃げた。
意地でも戦う、という選択肢はもう無かった。
前衛が壊滅状態の今では、魔導師のクリノアが魔法を放てる隙など無い。
立ち向かったところであっさり殺させるのは目に見えているのだから、逃走を選ぶことは何ら恥じることではない。
理屈では正しい。だが何度も転びかけながら必死に逃げる彼女の心境は、仲間を見捨てて逃げる自分が余りにも惨めに思えて涙を流して謝る。
「ごめ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……許してっ……みんな」
嗚咽を漏らして、走る彼女の耳にケントの凄惨な断末魔の声が聞こえて、ますます涙を流しながらも彼女は生き延びる為に逃げた……。
ドサリ、と頭が粉々に砕けたケントの死体を落としたオーガはひとり逃げた魔術師の方向を見て追い掛けようとした。
「ああ、追い掛けなくて結構ですよ。元より、一人ぐらいは敢えて逃がすつもりでしたからね~」
その声にオーガはこくりと無言で頷き、追撃するのを止めると刺さった矢や剣を無造作に引き抜いて転がっている兜を取り、再び頭に装着する。
普通なら死んでる筈なのに、淀み無い動きで淡々とした動作をしてる様はまるで操り人形かと思える。
「うんうん、ぎこちなさはありますが、取り敢えず実戦に適した動作は確認できましたから良しと致しましょう。さ~て、あの可愛そうな魔導師の人はギルドに言うでしょうね~?……アンデッドのようなオーガに仲間を殺された、と。そして調査の為に、また別の冒険者が来るでしょうね~。ホホホ、ジャンジャン来てくださいよ~? それでバンバン死んじゃってくださいな、連中の耳に入るまでね♪」
オーガに指示を下すその男は……ジョーカーA。
仮面の下にどす黒い悪意を潜ませる男は、その後もオーガを使って数多くの冒険者の命を奪ったのだった……。
こういう鬱な話は作者的には好まないんですが、物語を彩る為には必要なので書きました……。