ツバキの弱味
傲慢に振るってた彼女に鉄槌が降ります。
アウセントのギルドマスター、カブロルは先程に入ってきた報告に顰めっ面で頭を抱えていた。
「また、あいつか……しかも今度は洒落にならない被害を出しおってからに」
彼が見つめる紙には領主の守備隊から回ってきた報告書の内容が記されていた。
概要は、こちらに所属している冒険者籍の魔導師が街中で爆発魔法を使用。それによって多大なる被害が発生し、現在その魔導師……ヤシャ・ツバキを拘束している。そちらの対応如何によっては、犯罪者として処罰するという旨だった。
下の方にはそれで起きた人的被害も書かれているが、見た瞬間に胃薬が必要になりそうなものだった。
・家屋の被害……全壊一棟、半壊二棟、損傷度合い、中小合わせ五棟。
・住居者、及び通行人への重症、軽傷者の被害数……合わせて三十人以上。
・上記による被害額と関係者へ支払う慰謝料……金貨七千枚以上は確実。
まさに惨事という他は無い。特に被害総額はこの時点でも金貨八千枚というべらぼうな金額であるのに、下手したらこれ以上に膨れ上がる恐れもある。
こんな大金をギルドが負担でもしようものなら、一瞬で金蔵が傾いてにっちもさっちも行かなくなるのは明白である。
「これまでも度々、問題を起こしていたが……これは度が過ぎる。最悪、奴の除籍も検討せねばいかんな」
戦闘に於ける実績は素晴らしい人材だが、それを帳消しにしてしまう程の問題を起こす輩を置いていてもギルドにとってはマイナス要素にしかならない。
故に除籍処分は妥当な判断だろう……しかし、その後はどうなる?
除籍したとして、この賠償金を優秀とはいえ一介の冒険者が払える金額でない。財産を残さず差し押さえたとして無理だろう、となれば支払い能力がまだあるギルドに対しても返済が求められるのではないかとカブロルは思った。
「うーむ、どうなっても結局は負担を被る羽目になってしまうのか?……ただでさえ、オークの異常発生という問題を抱えてるこんな時に面倒な騒ぎを起こしおって……」
どうしたものかと悩むカブロルに部下の職員が駆け込んできた。
「失礼します、ギルマスに取り次ぎの用がある方が……」
「済まないが今は大した用件の無い奴に会ってる暇は無いんだが?」
「その、レヴィ・ベルラという冒険者の方が、ヤシャ・ツバキの件で話があると……」
聞き覚えのある名前だ。確か、流れ者の冒険者で近郊の森に大発生したオークの群れを討伐してくれた者だった筈だ。
その後は何やら呪い関連のことでツバキの協力を仰ぎたく、彼女に接触したそうだが……よもや、今回の件で彼らも何か不利益を被ったのだろうか。
仮にも面識がある者を会いもせずに追い返しては風評にも関わる。
カブロルは少しだけなら会おうと職員に伝えた……。
△ △ △ △ △
~アウセント守備隊、独房室~
「なーーーとくっ! 行かなーーーーーいっ! 何でこのあたしが、こんな薄暗くて臭いところに閉じ込められなきゃ、いけない訳なのよーーーっ! 悪いのは全部っ、全部っ、全部っ、ぜ・ん・ぶっ! あのくそったれ共のせいなのにぃっ、むきーーーーーーーーーっ!」
檻の中で、鉄格子に何度も蹴りを見舞いながら憤慨し続けているツバキ。
杖は没収され、衣服はボロボロの酷い状態で…………小柄な体には不釣り合いだった巨乳も今は絶壁というのがピッタリ当てはまる貧しさの極みというものになっていた。
「よ、よりにもよって、胸パッド入れてたのがバレるだなんてぇ……こ、こんなのが冒険者だけでなく、街の連中にも知れられたら大笑いされちゃうじゃんっ。せっかく、美少女でスタイル抜群な体を装ってたのに台無しじゃないのよ、もうーーーーーっ! 腹立つ、腹立つ、腹立つ、あのイケスカない顔を思い出すだけで、蕁麻疹が出るぐらいに腹立つーーーーーっ!」
冷たい石畳の上を転がりながらツバキは叫びまくった。
揉めた原因を突き詰めれば、自分の身勝手な要求が発端となっているがその点に関しては何ら反省などしていない。
思い通りに行かねば癇癪を起こし、そしてそうなった原因に関しては何の考慮も反省もしないという気質で、感性は子供以下といっても良いだろう。
しかし、街中でやはり爆裂術式を使ったのは不味かったかという認識は辛うじてあった。
怒りに任せて放った結果、宿屋の方は一階部分を残して倒壊。
流れ弾としてそこらに放たれた方は、家屋を全壊させたり崩壊させたりと火山弾のごとき破壊力を発揮して壊しまくってしまった。
奇跡的に死者こそ出なかったものの、前々から問題行動が目立ってたツバキに対する市民の感情は最低なところまで悪化し、賠償金が膨大な額になろうことは分かっていた。
「……けど、払えっていってもそんな金なんか持ってないし……そうなったら、あたしの杖がオークション辺りで売られちゃうんじゃ……」
愛用してるあの杖は故郷の幼馴染みが作ってくれた一点物の大切な杖だ。それを価値の分からないどこぞの物好きに買われてしまうだなんて耐え難い屈辱である。
……その割には、よくそれで人をぶん殴ったりしてるがツバキ的には荒っぽく扱っても大丈夫な耐久性も気に入っていたりする。
そんな葛藤に悩まされていたツバキのところへ、牢番の守備兵がやって来た。
「ヤシャ・ツバキ、出ろ。お前に面会したいという奴が来ている」
「へ? あたしに?」
~面会室~
「ぎりぎりぎりぎりっ……」
「いい加減、歯軋り止めろよ? 前歯が欠けるぜ」
「うっさい、何の用で来たのよっ、このスケコマシ男っ!」
バンッ!と机を叩いて怒鳴るツバキの前には、レヴィとライラット達が雁首を揃えていた。
至近距離で爆裂術式を放たれてはいたが、狙いが滅茶苦茶だったお陰で一発も直撃してなかったので全員軽い怪我で済んでいたのだが、それがまた気に食わないツバキは顔を合わせた時から顔面崩壊した絵面で虫の居所が超絶悪い様子だった。
「あんた達のせいで、あたしはこんな目に合ってんのよっ? 詫びのひとつぐらい入れるのが筋ってもんじゃないのっ」
「そうなったのは、そっちが筋の通らない話を押そうとしたからだろう」
「ですわね。癇癪を起こすにしたって限度がありますわ」
「そういうことだよ、爆発魔ちゃん……おっと、それともパッドで胸の大きさを誇張してたド貧乳ちゃんとでも言ってあげようか♪」
「くぁwせdrftgylpっぅqあwせdrftgyふじこlpっっっ!!」
ここぞとばかりにエストーラが煽り散らして怒りが爆発のその先を言ったのか、言葉にならない金切り声で喚き上げるツバキ。
数分してから酸欠もあってかやっと沈静化したが、ぜぇぜぇと肩で息をする程になっている。
「落ち着いたか?」
「ぜー、はーっ……だ、誰のせいで、取り乱したと思ってんのよっ……」
「まあ、落ち着けって……俺らが来たのは、てめーと交渉する為なんだよ」
「はぁ、ひぃ……交渉ぉ?」
「ああ……てめーも理解してるとは思うが、このままだったら莫大な借金こさえて生きることになる。それだけじゃなく、ギルドにも大層な額が掛かるだろうなぁ……何せ、仮にも所属してる冒険者がこんな騒ぎ起こしたんだから見てみぬフリだなんて無理だろーしよ」
「な、何が言いたいのよっ?」
「まあまあ、こいつを見て今の立場をよーく知れよ」
何やら一枚の紙を取り出してそれを差し渡してきた。
何が書かれているのかと、ツバキが手に取って見てみるとそこには……
・冒険者ギルドアウセント支部に所属するヤシャ・ツバキは本日を持って冒険者ライセンスを剥奪。
・今回、貴女の無責任な行いで発生した家屋、また被害者への賠償金述べ金貨五千枚を返済するまではライセンスの再発行は認めないものとす。
「……は……はぁーーーーーーーーっっ!? ちょ、ちょっと何これっ、意味分かんないだけどっ、冒険者ライセンス剥奪って……マジっ?マジで決定してる訳ぇっ!? し、しかも賠償金が金貨五千枚って……冒険者辞めさせられて、どうやって払えってのよっ、無理っ!一生掛かっても返せる気しないんですけどっ!?」
「落ち着けって。流石にギルドも無職の奴にそこまで無慈悲なことはしねーよ、書類を最後まで見ろって」
「誰が無職じゃあっ!……で、何よ、最後までってのは……」
愚痴りながら先を読むように促されたツバキが渡された紙の最後ら辺を読んでみた。
・また返済に関してはB級冒険者レヴィ・ベルラのパーティーに雑用係として仮所属し、月々の給料の九割を払う分割払いとする。
「……待って、あたし、理解が追い付かないんだけど? 雑用係?給料の九割を払うって……?」
その一文を一語一句読み終わったツバキは、目を点にさせた呆けた顔でレヴィにトーンが急降下した声で問い掛ける。
「そのまんまの意味だよ。俺らのパーティーで雑用係として働くんだよ、そんで給料の九割を払い続けて返済してくんだ。ナイスアイデアだろ?」
「どこがナイスアイデアじゃぁーーーーっ! しばいたろか、わりゃこらぁっ!」
サムズアップして良い笑顔で宣うレヴィに、もうツバキはキレまくりで地声からかけ離れた声色でヤ○ザのような言い回しまで使いだした。
あまりの大声に部屋の外で待機してた守備兵が乱闘でも起こしたかと踏み入ってきたが、ライラット達がちょっと興奮しただけで大丈夫だと取りなして戻っていってくれた。
「冗談じゃないわよっ、このあたしが雑用係として働けとかっ……しかも、あんたみたいな下半身だらしな男の元でとか生理的にも無理だっつーのっ! 断固拒否するわ、あたしっ。土下座されてもこんなの呑んでやんないからっ!」
元よりプライドが高く、またレヴィの性欲がどれだけ凄いのかも、あの乱交騒ぎで見て理解したつもりだ。
そんな奴のパーティーに入るなんて、自分から犯されに行くようなものでツバキは頑として受け入れるつもりは一切無かった。
「ふーん、そうか……なら、無理にとは言わねーぜ」
「へ?……な、何よ、えらいあっさり退くじゃない?」
「まあ断るのは最初から分かってたしな、別にごり押しするつもりねーし……けどなぁ、そういう場合だとちっとキツイ目に合うぜ? その紙、最後に書かれてる行を読めよ」
「え、最後って、まだ何かあんのっ?」
てっきり、あの雑用云々が最後と思っていたツバキはまだ何かあるのかと目を走らせた。
そして書いてあった。最後にとんでもないことが……。
・尚、上記の件を断った場合は……私的財産は一切合切を差し押さえ処分とし、存命している両親、親類縁者に支払い請求を出すものとする。
「ファッ!?」
その文章を呼んだ途端、ツバキの顔が真っ青になっていき……ガタガタと何かを恐れるように震え出す。
「ギルドの方で調べて貰ったんだけどよ……てめーのお袋さん、結構な有名人らしいな? 確か、どこだかの国で宮廷お抱えの超エリート魔導師やってるそうらしいけど……合ってるよな?」
「あ、あば、あばばばばばっ……」
「そんな役職就いてんなら、これぐらいの金ぐらいパパっと払えるだろうけど……こんな不始末、起こしたのがバレたらどーなるだろーなぁ? 最悪、勘当されたりとかなったりも」
「まっ、待ってっ、それだけは堪忍してぇっ!」
今までの高圧的で自尊心に溢れてた様子がすっかりと消え失せ、三つ目が潤んだ半泣きにまでなったツバキが縋るようにレヴィに迫る。
「あ、あたしのママ、めちゃくちゃ厳格な性格なのよっ。十年、修行してやっとこさ一人前って認められて放浪の旅もオッケーしてくれたのにっ、こんな真似を仕出かしたのが、ババ、バレたらあたし半殺しの憂き目にっ……ううんっ、一分のニ殺しは確定しちゃうっ!」
「いや、それはほとんど死んでるのと同じじゃないのか?」
「と、とにかく、ママにだけはバレる訳には行かないのよっ! な、何とかしなさいっ……じゃなくて、何とかしてくださいぃぃぃっ」
余程に厳しい躾、或いは教育でもされたのか、幼い子供のように泣きじゃくるまでになっている。
傲慢な態度が消えたところで、レヴィが契約書をちらつかせながら言った。
「そんじゃ、バレないようにする選択肢はひとつしかねーな。この契約書に従って、俺らのパーティーで雑用係をするか……どうするよ?」
「ぐ、ぐぎぎっ、うぎぎぎぎぃっ……」
歯を食い縛って唸るツバキ。
彼女の脳内では、性欲野郎のレヴィの元に入る屈辱感と母親への本能的恐怖が天秤に掛けられたが…………秤はあっさりと母親への恐怖の方に傾いた。
(こ、こいつの下で働くなんて認めたくないしやりたくもないけどっ……こ、このことがママに知られたら、あたし絶対にこの世の地獄を体感する羽目になっちゃうわっ。こ、ここはもうっ……大人しくしとくしかっ……)
迷い悩んだ挙げ句に、ツバキは決断した。
「わ、分かったわよ……雑用でも何でもやってやるわよ、ちきしょーーめーーーーーっ!!」
もうやぶれかぶれといった感じだったが……こうして三つ目族のヤシャ・ツバキはレヴィ達のパーティーに雑用係として入ることになってしまったのだった。
幕間的な話。
レヴィがギルマスに会いに言ったのは上記の件を話し合う為。何故そんな真似をしたのかは、まがりなりにも自分を助けてくれた一助もあるので(この時に彼女の負担する金の減額も頼み込んだ)
暴走機関車のごとき、彼女がパーティー入りするのはライラット達も不安視してましたがそこはレヴィが説得しました。
……尚、貧乳と判明した時点で彼女を抱くというのは綺麗さっぱり消えました。おっぱい星人なので彼は。