圧倒
ちょっと暴力表現があるので、苦手な人はご注意ください。
中堅のC級冒険者、ロッゾスをリーダーとする三人のパーティーは日頃から金欠気味の生活を送っていた。
依頼をこなせどこなせど上昇しない生活水準。資金不足で装備も今以上にランクアップできなかったので、より高難易度だが報酬が良い依頼を受けられず少々わびしい生活を余儀なくされていた。
これだけ聞くと貧乏に泣かされた不運なパーティーに思えるが、根本足る原因はせっかく稼いだ金を娼婦に注ぎ込んでしまう悪癖が三人に共通している事である。それだけでなく博打にも注ぎ込んでおり、救貧生活から抜け出せないのはそれであるのに誰もそれを止めるどころか控える事すら考えていなかった。
豪遊しつつ恵まれた生活を望む……それも汗水流して働かずとも良いという虫が良すぎる話だが、ロッゾスたちはどうにかしてそれを叶えようとしていた。
その矢先の事だった。美少女めいた外見の少年が自分たちが働いている冒険者ギルドにやって来たのは。
どう見ても荒事には向いてない見た目、であるのにも関わらず懐からは簡単には手に入れる事が出来ない希少な素材を次々と出していった。これは利用すれば苦もなく稼げるとロッゾスは即座に自身のパーティーへの勧誘を試みようとした。
だが、その前に立ちはだかったのがB級冒険者のライラットであった。
女の身の癖に自分より上の等級に居座り、同じ冒険者や職員たちからも頼りにされている実に苦々しい存在である。
ギルド内で揉め事を起こせば今後に影響が出てしまうので引き下がりはしたが、どうあれ落とし前はつけてやると誓った。
そして、それは上手い事にすぐに叶った。件の少年のレヴィ(ライラットとの会話を盗み聞きしていて知った)と臨時でパーティを組んで、依頼にへと向かった後をひっそりと尾行したのだ。
ちょうど良い事に向かう先は、冒険者でも用がある時以外は特に立ち入らない森林地帯……つまり人気が少ないので、多少無法な真似をしてもバレにくい所だった。
尾行の後に隙を窺っていると、レヴィが取り出す珍しいアイテムに益々物欲が刺激されたロッゾスはまだ見ぬお宝が入っているポシェットを奪う事に決めた。当初に考えていた勧誘は諦めた訳だが、やはり強奪の方が楽という結論に行き着いた訳だ。つくづくクズな思考である。
そして現在、ロッゾスの一味はライラットとレヴィに刃を向けて二人を殺そうと囲んでいた。戦闘に不慣れでありそうなレヴィはともかくとして、ライラットはロッゾスよりも上のランクの冒険者であるがこの時は自分たちが有利だという状況だと確信していた。
理由としてはライラットの手持ちの武器のバトルアックスは柄の長さを生かした遠心力に重量が加わる事で頑強な魔物相手には有効だが、その特性上として振りは大振りにならざるを得ず、柄の長さが災いして取り回しも悪いので間合いを詰められれば思うように振れない事だ。
対してこちらは一撃の破壊力は劣るが、スピードと小回りを意識したナイフやショートソードである。至近距離にまで肉薄できれば、バトルアックスでは捌ききれないだろう。それ以前にかなり接近している状態だ、獲物を抜く前に容易く懐に潜り込めるだろう。
一応は女であるし抵抗できなくなるまで痛め付けてから強姦するというのも考え掛けたが、生憎とライラットのような筋肉質でガタイの良い女は好みの範疇外。あんな筋肉女とやるぐらいなら、まだレヴィのマシとさえ思っていた。男という事だが、見た目だけならライラットなどより余程に愛らしい容姿だし、口と手でも楽しめるもんである。
そんな風にもう勝ちは決まったものと信じているロッゾスたち。だが、それが浅はかすぎる事であると思い知るのは早かった。
「……ぶっ殺すっ、クソアマがっ!」
ライラットの挑発で、殺意を剥き出しにしたロッゾスの一声を皮切りにして三人は猛然と襲い掛かった。性格は酷いとはいえ、仮にもC級まで昇っただけあって身のこなしと素早さは熟練者だった。ライラットがその背からバトルアックスを抜いた時にはロッゾスの仲間が持つナイフでも刃が届く所にまで接近できていた。
まずは腹を一刺しにするつもりで仲間がナイフを腰だめの態勢にして突っ込んだ。だがライラットの目は接近する男ではなく、ロッゾスの方を注視していた。
そして持っていたバトルアックスを振りかぶったが、どう考えても間近に迫った男を迎撃するには苦しい状況である。
すると、ナイフの男を無視してライラットはバトルアックスをぶん投げたのだ。クルクルと回転しながら飛んでいった鈍器は三人の中では離れた位置にいたロッゾス目掛けていく。
ロッゾスは一瞬だけ目を見開いて仰天した顔になったが、すぐに引き締めると体を横にずらして飛んでくるバトルアックスの軌道から逃れた。
(残念だったな、ライラットさんよ。そういう手に出てくるであろう事は予測済みだ。こんな分が悪い状況を覆そうと思ったら、指示を出す奴を真っ先に潰して仲間内の連携を乱すと同時に動揺を誘うのは常套手段。だがその場から動けないとなったら、飛び道具か何かで狙うしかない。そして手元にあるのが斧だけだったら、それを投げるしか選択肢は無い……予め、そういう手段を取ってくる事を予想していたなら避ける事なんてどうってことはないんだよ)
バトルアックスを振りかぶった時点で、ロッゾスは狙いに気が付いていたのだ。そうして誰にも当たること無く虚しく空を切ったバトルアックスは、ロッゾスの横を通り過ぎて背後の樹木に突き刺さるだけに終わった。これで指示役の者を最初に倒して相手の連携を乱すライラットの目論みは潰えた訳である。
丸腰の奴にもう成す術など無い、後は腹を刺されて怯んだところで頸動脈をかっ切れば終わりだ。そう思ったところで一瞬だけ目を離したロッゾスが視線を戻すと眼前に握り拳が迫ってきていた。
「えっ?」
間が抜けた声が出た次には、顔面にその拳がめり込んだ。脳にまで伝わる強烈な衝撃で歯が何本かへし折れた気がした。そのまま、後ろへ吹っ飛んで木か何かに激突したところでロッゾスの意識は即座に落ちる。
「……さて、次だ」
ロッゾスを殴り飛ばした拳の主……ライラットは残る二人の男を視線を定める。
ロッゾスの仲間二人は、今の一瞬で何が起こったのか理解しきれず顔にはあからさまな動揺の色が浮かんでいた。至近距離にまで肉薄して、まずは腹を一突きにするつもりだった。それがバトルアックスをリーダーに投げて、気が付くと目の前から姿が消え失せていた。そしてリーダーの方を振り返ったら、殴り飛ばされたのか顔面から鼻血やら口血やらを垂れ流して後ろの木にもたれるようにして動かないロッゾスの姿が写る。
ライラットはバトルアックスを投げはしたが、当てるつもりは端から無かった。ほんの僅かでも視線を逸らせる事だけが目的で、投げてすぐにその場から反復横飛びをして迫っていた男たちの視界から外れてそのままロッゾスのところまで駆け抜けたのだ。これらの動作に掛かった時間はほんの一秒程度でしかなく、彼女が常人よりずば抜けた身体能力の持ち主なのを現している。
「い、一体何がっ……」
「ど、どうすんだおいっ、リーダーがやられちまったぞっ」
「お、俺に聞くんじゃねぇよっ、俺にだって分かんねぇ……」
想定してなかった出来事に狼狽える男たちは、すぐ側のレヴィを人質に取るという行動も思い浮かばず酷い隙だらけの状態だった。それを見逃すほどライラットは甘くない。
冒険者稼業で鍛えられた腕に力を込め、ステップひとつで瞬く間に拳が届く間合いにまで踏み込む。我に帰った男たちが武器を振る前に、土手っ腹に重いストレートの一撃が喰らわされた。
「おぶぅっ!?」
「がっ……はっ!うげぇっ」
それなりに鍛えられた腹筋を物ともせずに、ライラットのパンチが陥没するように埋まる。苦悶の表情に声が出てから、二人ともすぐに力なく崩れ落ちたっきり動かなくなる。
小刻みに痙攣しながら地面に吐瀉物を吐く男たちを尻目に、ライラットは愛用の武器を取りに戻っていく。
木に刺さったバトルアックスを抜いて背に戻すと、意識の無いロッゾスたちに言ってやった。
「貴様らの敗因を教えてやろうか?それは私の身体能力を自分たちと大差ないと思い込んでいた事だ……まぁ、仮に知っていたとしても貴様らではどうにもならなかったろうが」
圧倒的強者のオーラを立ち昇らせるライラットは、英雄とも取れる立ち姿だった。引き締められた凛々しい顔立ちもあって、非常に絵になっているが駆け寄ってきたレヴィが抱きつくや否や、みるみる内に解れていく。
「凄いです、ライラットさんっ。全然目で追えなかったですけど、こんなにあっさりとやっつけちゃうなんてライラットさんはやっぱり凄くて強い人ですね♪本当に逞しくてかっこ良かったですよ♪」
「う、うん、まぁ、こんな程度は朝飯前だからな、あははは」
正面から抱きつかれてるので、レヴィの顔がちょうど胸辺りに来てしまってる。皮鎧越しとはいえ、男子の顔が胸に当たってしまってる事に狼狽しかけたライラットは表面上は何とか平静を保った。
そのままハグを続けてる内に、凛々しかったライラットの顔はデレデレとしたカッコ悪いものになっていったが本人だけは知らなかった。
顔文字で表すとこんな感じ?→(u_u*)→( ^Д^)
取り敢えず、こんな感じです。