新天地では何かと起こるもの
コロナ変異株も広がりつつある日本ですが……こういう時こそ気分は明るく保ちましょうっ!
あれこれ考えすぎてナイーブになってしまったら精神的に参っちゃうと思うので。
「よっとっ」
「ゴギャアッ!」
レヴィの飛び膝蹴りが顔面に直撃した豚面の魔物……オークが野太い悲鳴を上げて地に倒れ伏す。
周りにはライラットの戦斧によって体を唐竹割りされた個体やエストーラの銃撃で蜂の巣にされた個体、シラギクの薙刀で首を跳ねられた個体などが死屍累々の屍を築いていた。
「ふう、これで周囲のオークはほぼ殲滅できたようだ」
「入国して早々にこんな魔物の群れを相手することになるなんて、幸先が悪く思えてきてしまいますわ」
薙刀に付いた血糊を振って落としながらシラギクが肩を落としながら言う。
国境を超えてサイカルス公国に入ってから然程もしない内にオークの群れに遭遇したレヴィ達だったが、全員がオークごときなど問題としない実力者だったので総数で五十匹はいたオーク達は狩ろうとしていた相手に逆に狩り殺される羽目となったのだった。
しかし、勝ったとはいえど入国してから最初に出会ったのが女性が畏怖するオーク、それも群れ単位だというのがシラギクの気分を損なわせた。
「逆に考えろよ。来て早々に小遣い稼ぎが出来たって思えばそう悪い気はしねーだろ」
オークは使える素材はそんなになく、買い取り値も安いものだがそれでもこれだけいればそこそこの儲けにはなる。
ナイフでせっせと解体を始めるレヴィにシラギクは感嘆とも呆れともつかない顔で見ていた。
「逞しい考えですこと。で、これからどこへ向かいますの? 関所でこの国の地図は貰えましたけれど」
「そーだなぁ……オークの素材も早えーとこ無くしてーし。ライラット、すぐ近くにギルドがある街とかありそうか?」
「街か、ふむ……森を抜けて街道を西沿いに進むと、アウセントという街があるようだ。それなりの規模だからギルドも多分あると思うぞ」
「んじゃ、そのアウセントとやらに行ってみるか」
そして歩くこと、三時間後……。
オークから剥ぎ取った素材を抱えながら、レヴィ達はアウセントにやって来た。この国に来て初の街入りとなるが、街自体の外観はブルヘンド王国と変わらないものだった。
まあすぐお隣だし、文化が劇的に違う訳でもないからそんなものだろうが。
街を散策しつつ、目的地の冒険者ギルドに着いたレヴィ達は早速素材の買い取りをして貰った。
「オークの素材の買い取り、頼みてーんだけど?」
「オーク、ですか……え~、そうですねぇ……」
受付の職員は何故かオークと聞くや渋い面で考え込んでいる。
そんな忌避されるものだったか?とレヴィが思ってると、買い取りの値段が提示されたのだがその金額を見たライラットが剣呑な表情になる。
「おい、これは相場と比べても安すぎるんじゃないのか? 五十匹分もあるのに銀貨で一枚だとっ? 不当な買い叩きをする気ならこちらも黙ってはいないぞ」
「い、いえ、そういう訳ではっ……」
確かにオークの素材の値は高いものではないが、王国では最低でも一匹で銅貨十枚は貰えていた。百枚で銀貨一枚となるので、五十匹なら銅貨五百枚=銀貨五枚となる。それに照らし合わせると職員が提示した値はそれの5分の一だ。
幾らなんでもこれは買い叩き過ぎだとライラットに凄まれた職員は冷や汗を掻きながらも、値が低い理由を説明した。
「じ、実はここ最近、オークの出没頻度が高くて連日ギルドに討伐依頼が出ておりまして……それに比例して持ち込まれる素材も多く、値崩れが発生し始めているんですよ」
「確かに、俺らが潰した群れも普通より多かったな……そんな大量発生してんのかよ、オークが?」
オークはゴブリン並みに性欲旺盛で繁殖力も高いが、貧弱なゴブリンと違って固太りではあるがそれなりに恵まれた体格なので成体への成長には些か時間が掛かるものなのだ。
栄養次第だが、大体三週間は掛かる。
人間よりかは格段に早いが、ゴブリンが三日で育ちきることを考えれば遅めとも言えるだろう。
何より、雄しか産まれない種族特性故に繁殖の為には異種族の雌が必要不可欠となる。異種族なら人間でも亜人でも構わないのだが、人間の女性を好んで拐う特質がある。
数が多くなってるということは、相対的に誰かしらが拐われて無理矢理に孕まされてるということになるが普通ならそうなる前に失踪届けなどから推察してギルドなり国の兵士なりが対応する筈だ。
「理由がハッキリとしてないんですよ。この近辺でオークに拐われたという被害情報は出てませんし、かといって亜人の集落がある訳でもない……そもそも、どこに巣を構えてるのかも判明してなくて……」
「巣が分からないってそれはおかしくないかい? 連中の後を尾行するなりすれば簡単に分かるもんじゃないか」
「それが妙なことに……冒険者或いは一般人が遭遇する、ということ以外での目撃情報が極端に無いんです」
「えっ? それは不自然過ぎではありませんの」
オークもれっきとした生物。食べるのも寝るのも普通にあり、寧ろ食欲は大食漢ばりにありまた雑食というのもあって農作物や家畜を貪られる被害も発生するのが常識なのだが……職員曰く、人が襲われる事例は多いものの食糧に関連した被害は出ておらず、また襲われる際にも女性には目もくれずにただ殺戮するだけというオークらしからぬ行動が大半を占めてるらしい。
思い返せば、レヴィ達が遭遇した群れもそうであった。
亜人のシラギクを除外しても人間の女性が二人いるにも関わらず、真っ先に殺しに掛かってきていた違和感が確かにあったのだ。
その時はそんなに気にしても無かったが、オーク全体でそういう傾向にあるとなると何かがおかしく見えてくる。
「現状、対処こそ出来てますが行動理念が従来のオークとはまるで違ってるように思えますので対策委員会がギルドに設置されてるんです。貴殿方は他国から来たそうですが、もし何かありましたらギルドにまで即時報告をお願いします」
そうして話は締め括られ、対価としては不釣り合いにはなるがオークの素材五十匹分と引き換えに銀貨一枚という値で納得せざるを得なかったのであった。
最初の目的の買い取りは済ませたが、このオークの不可解な発生と習性が引っ掛かりギルドの談話室でレヴィ達は話し合うことになった。
「どう思うレヴィ? オークの大量発生、そしてオークらしからぬ行動……どうにも違和感が拭えない」
「わたくしも同感ですわ。他国にも広くオークは分布しておりますけれど、今回のようなケースはわたくしも初めて見聞きしますもの」
生息してる地域によって差異はあれど、オークを含め魔物の生態などに劇的な変化などはほとんど無い筈だがこのサイカルス公国では違うというのはどうにもおかしい。
何かしらの要因が絡んでると睨んでるのは全員の総意だった。
「そうだな。今んとこは致命的な被害は無いっつー話だけど……だとしても、このまま何もしないで行くのも何だしな。ひとつ、調べてみるとすっか?」
「だけどレヴィ。あの職員の話を信じるなら戦闘以外での目撃例は皆無と言うらしいじゃないか。どうやって大量発生や行動が変化した理由などを突き止めるんだい?」
「それなんだよぁ……そこら辺を手当たり次第に手分けして散策して分かるぐらいなら、俺らが来るより前に突き止められてそーだしよ……」
問題は不意に遭遇する以外では居所を秘匿するかのように目撃されていないオークをどうやって見つけるかであった。
「こういうのはどうだ? オークが襲ってきた場合、手傷を負わせる程度に留めて逃げたところを追跡するというのは」
「まあ、取り敢えずやれるとしたらそれぐらいか。じゃあ、一回試してみっか」
まず実行されたのは、襲ってきたオークを敢えて止めを刺さずに逃がしてその後を追いかけるという至極単純な策だった。
ライラットとシラギクが囮を務め、レヴィとエストーラが気配を殺しながら後を追うという役割分担をし、街の郊外にへと行った。
情報によると、街近くの森林地帯でも盛んに襲われることが多いそうなのでそこに向かった……。
木々が茂る森をライラットとシラギクが寄り添って歩く……何でも家族連れが保養も兼ねてキャンプをしに来るのどかな森とのことだが、オークの発生を受けてそれも今では控えられて不気味な程に静まりかえった静寂の森となっていた。
「……嫌に静かですわ。こうも音がしないと気味が悪くなってきてしまいます」
「だが、これだけ静かならオークが不意打ちを仕掛けてきても事前に看破できるだろう。奴らは奇襲もしてくるが気配や足音を隠す技量は全く無いからな」
基本、豚に毛が生えた程度の知能しかないので隙を見つけて襲ってはくるものの気配を殺す等の高等な技能など無いので、初心の冒険者ならいざ知らず自分達にその程度の奇襲など意味を成さない。
それでもこれまでのオークとは違う挙動があるようなので、油断はせずに歩き続ける。
わざと襲われやすいよう、敢えて隙を晒すようにして無防備な体を装ってオークを釣ろうと歩くライラット達の後方では茂みに身を隠すレヴィとエストーラが事の成り行きを見守っている。
そうして森の中をさ迷うようにしながら刻々と時間が流れるが…………目当てのオークは一向に姿を現さなかった。
「出てこないな、奴ら……」
「警戒してるのでしょうか?」
やけに好戦的という話のようであったが、単に今はこの森付近に居ないというだけなのだろうか。
結局、二時間も歩き回ったが肝心のオークとは遭遇しないままだった。
これ以上は恐らく無駄だろうと、頃合いと見たレヴィが引き上げるようにと声を掛ける。
「まるっきり音沙汰ねーんじゃ、しょうがねぇ。ここ以外で遭遇した場所も虱潰しに当たろーぜ」
「そうだな。一ヶ所に固執する理由も無いし、別の場所を回ってみよう」
そうして移動しようとした時に、ガサリと背後で音がして全員が間髪入れずにそれぞれ戦闘姿勢に入って後ろを見据えた。
「ああ、そんな殺気立てないで下さいな。別に魔物なんかじゃありませんので……今そちらに顔を見せますので少々お待ちを」
聞こえてきた男の声から少なくともオークではないと分かったが、いずれにせよ姿を見るまでは警戒を保った。
そして草木を掻き分けながら出てきた声の主を視認した四人は、再び武器に手を掛けたりして身構える。
「おや? 何故、そんなに警戒心マックスなんでしょ~か? こうしてお姿を見せたのに」
「……そりゃ警戒もするだろーが。そんな怪しい見た目してんだからよ」
「何とっ? このわたくしが怪しいと言われますか。一体どうしてそう思われるので?」
さも心外と言うような言い方だが、そこにエストーラが突っ込む。
「少なくとも、顔を隠してる時点で怪しさ満点だよ君は」
現れた男は見た目からして色々とおかしかったのだ。
身なりこそ整ってるが、服は左右で割ったように色が違い、右半分は白色で左半分は黒色というちぐはぐなもの。
それは履いている靴から頭に被ってる帽子に至るまでそうで、まず街を歩こうものなら奇異の目を向けられるだろう。
それに輪を掛けてるのが、顔に付けている仮面である。
顔全体を隠したそれはまた左右で違っており、右は笑いを象ったようなもので左は逆に悲しみを表したようなものに彫られている。
そんな徹頭徹尾怪しげな男が森の中から手ぶらという無用心な形で出てきたとあっては、気を許せる筈もないのは当然だ。
「ホホホ、いや参りましたね~。実はよく言われるんですよ。道行く人にもそう言われるのは……なにぶんにも諸事情というのがありましてね、ご気分を害されたようでしたら謝罪致しますが?」
「いや別にそこまでしなくても良いんだが……貴方ひとりだけか? こんな森の中で何をしている? 冒険者、という風にはあまり見えないが」
「ええ、ええ、私ひとりだけですよ。ちょっとばかり用事があった次第でしてねぇ……おっと、これは失敬。私としたことが挨拶を忘れておりました」
帽子を取って、腰を曲げた丁寧な仕草で仮面の男が名乗った。
「私はジョーカー。ジョーカーAと申します。単なる通りすがりの物好きな男でございます、ホホホホホホ」
仮面の男、ジョーカーA。
果たして、彼は何者なのか。