横槍
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岩に腰掛けてオカリナを吹いているレヴィ。一見すると依頼中とは思えないまったりした雰囲気に見えそうだが、そんな事はない。
目的の一角兎をこの場に呼び寄せる為の作戦中である。
ライラットは、近くの茂みに身を隠しており集まってきた一角兎の中で角が長い個体を仕留める役割を担っている。音色に誘われている時は対象は意識が散漫になってるので人前でも素通りしていくそうだが、念には念を入れて気配を押し殺した状態で待機していた。
吹き始めてからそうしない内に、一角兎がポツポツと周囲に現れ始めている。普段以上の無警戒さで続々とレヴィの周囲に集まっていくが何れも角が短いものばかりだった。
(あちこちを行かなくても簡単に誘き寄せられるのは良かったが、やはりそう簡単には見つからないか……根気が入るが、レヴィは大丈夫だろうか)
ただオカリナを吹いてるだけとは言え、それをいつまでやっていれば良いのか今では分からない。ひょっとしたら何時間も掛かる可能性もあるが、果たして続いてくれるのだろうか……そんな心配もあった。
そして吹き始めてから、早くも四十分は経っただろうか……レヴィの周りにはかなりの数の一角兎が集まっていて、まるでオカリナの音を聴く観衆のような図が出来上がっている。その光景は圧巻されるものだが、残念ながら目的である角が十五センチ程伸びた個体はまだ発見できていない。
流石に数十分も吹きっぱなしなのは疲れただろうと思い、言葉は使わずにアイコンタクトで一旦休憩するか?と言うのを伝えたがレヴィは僅かに首を振ってそのまま笛吹を続行した。
線の細さとは裏腹な根気強さに感心する。本人が良いと言うなら、もう暫く様子見を続けよう…………。
更に時間が経ち、一時間が過ぎた。もう十匹単位でなく百匹単位になる兎の群れ、群れ、群れの集団がひしめき合う。ここまで集まるとはあのオカリナの力は凄いものだが、未だに目当ての一角兎は見つけられず仕舞いである。
ここまでやっても居ないとなると、もう見切りを付けるべきかと思うのだがレヴィに止めるという選択はまだ無いようで懸命に吹き続けている。
だがしかし、もうこれ以上は止めさせるべきだろう。件の依頼は特に期間については無期限という事であったし、今日に拘る事も無いのだから。
(もう十分だろう。別に急がなければならない依頼でもないのだし、別の場所に行くなり日を改めるなりとあるんだ。今日はひとまずここら辺で撤収しても……むっ?あの一角兎は……)
立ち上がろうとしたライラットの動きが止まった。視線の先には、有象無象の中の一匹でしかない一角兎がいる。特に際立った特徴は無い普通の個体に見えるが、彼女が注目しているのはその額から伸びる一本角だ。
(他の奴よりも一際長く見えるな……もしかすると、あれなら条件に当てはまるかもしれないぞ)
となれば確認の為にも確保だ。笛の音で気が散漫になってる状態なら、掴み取るのも容易である。ゆっくり移動してるとは言え逞しい体格に反して、スムーズにかつ静かな動きで一角兎の後方にへと忍び寄っていく。その途中にいる他の一角兎たちのすぐ横を通っても何ら関心を抱かずにいてるので、騒がれる事もなく目的の一角兎の真後ろに張り付けた。
そして、ライラットがその手で一角兎を捕らえる。右手で首を掴み、そのまま締め上げていく。一角兎は一瞬だけバタバタと動いたが、力を入れるとすぐに大人しくなってだらんと宙吊りのようになる。
(……よし、長さは申し分なさそうだ。後は角を切り取れば依頼は完了だな)
レヴィに目で合図を送り、目当ての一角兎を捕まえた事を見せる。それを見てから、吹いている音色に若干の変化が起きるとそれまで大人しく座っていた一角兎たちが回れ右をして四方に跳び跳ねながら去り始めた。瞬く間に一角兎の群れが消えて、静寂な場になる。
「ふぅ……やっと見つかりましたね。流石に吹き疲れちゃいました」
「それはそうだろう。一時間も吹きっぱなしだったんだ、角を切り取ってギルドに提出したら今日は休んだ方が良い」
「分かりました、じゃあ角の方を早く切っちゃいましょうか」
地面に横たえた一角兎の角を切り取ろうと、レヴィがナイフを取り出す。ライラットがしても良かったのだが、別に角を切るぐらいなら大した労力にはならないだろうと思い、その場で立ちながら待っていた。
だが、その何気ない遠慮が功を奏する事になるとは思いもよらなかった。
しゃがんでいるレヴィを見下ろしながら、ふと視線を前へと上げた時。彼女の目に光を反射した何かが映る。と同時にその何かがレヴィに向かって飛んできたのだ。
「っ!? 動かないでくれレヴィっ!」
「え?」
背後の状況が分からずきょとんとしている彼を庇うように躍り出たライラットはバトルアックスを抜き出し、それを横薙ぎに振るった。刃先と飛んできた物がぶつかるとガキンッと鈍い金属音が鳴り、近くの地面に落ちる……飛んできた何かは、投擲に適した形の特殊なナイフだった。それが地面に深く刺さったのを見てから、ライラットが飛んできた方向を見据える。
「何者だっ!隠れてないで出てこいっ!」
吠えるように一喝すると、ガサガサと草木を掻き分ける音が三方から聞こえてくる。出てきたのは剣や革鎧等を身に付けた男たち、風体からして一般人ではないが猟師のようにも見えない。
と言うよりも、真ん中にいる男を見た瞬間にライラットは気付いていた。この三人組は誰あろう、ギルドでレヴィに絡み掛けた冒険者の一味であったのだ。
三人共、既に武器に手を掛けている状態でいつでもこちらに斬り込める態勢に入っている。まだ状況を理解できなく困惑している様子のレヴィの腕を引っ張って自分の後ろへと行かせた。
「……どういうつもりだ、貴様ら。さっきのナイフ、あれは確実にレヴィの頭を狙って投げた物だろう。殺すつもりだったのか?」
射竦めるように言うと、リーダーの男はそれがどうしたと言わんばかりの口様で喋る。
「別に死のうが大怪我しようが俺らには大した問題じゃねぇさ。それよりも大事なのは、そいつが後生大事に持ってるそれよ」
リーダーの男が指し示したのは、レヴィの腰に下げられたポシェットである。値踏みするような視線から隠そうとしたのか、レヴィは半身になって庇ってくれているライラットの真後ろに身を寄せた。
「てめぇらがギルドを出てから後を付けてたんだがよ……あのオカリナみてぇな物珍しい道具を持ってると来たもんだ。珍品に目がないお貴族様だったら、高値で買ってくれると思ってな。ちまちまと依頼をこなしてるのも面倒だから、一挙に大金を稼ごうと考えたんだ」
どうやら、気取られないようにして尾行されていたようだ。それに気付かなかった事は不覚であった……たぶんにレヴィの事に意識が向き過ぎてたのもあるだろうが。それにしても、中堅冒険者とは思えない乱暴なやり方である。
「……つまりは金目当てか。仮にも中堅の冒険者だろ貴様ら?盗賊紛いの事までして金が欲しいのか?」
「ふん、冒険者だからって清廉潔白を貫き通すなんて堅苦し過ぎんだよ。俺は御大層な夢は掲げないで現実を見る派なんだ。夢よりも足元の金の方が大事なんだよ」
「そうそう」
「人生は楽して生きていかなきゃな、はははは」
冒険者にあるまじき酷い生きざまに残りの二人まで賛同している。よくもまぁ、こんな性格で中堅にまで登り詰められたものだ。ギルド職員に賄賂でも渡してたのだろうかと疑うレベルである。
「だが、私が一緒にいる状況で襲ってくるとは賢いとは言えないな。目先の利益に眩みすぎたか?」
「別にそうじゃねーさ。あんたもそこそこの装備を持ってるから、ついでにサクッとやっちまって頂いちまおうと思ったんだよ」
「どこまでも俗な考えしか出来ない奴だな」
もう思考が丸っきり盗賊のそれと変わらない。怒りを通り越して、呆れの感情まで出てきた。
「それとな……女だてらの癖にB級の座について、偉そうにしてるのが気に食わないってのもある。俺らより後から入ってきた癖にどんどん上に行きやがってよぉ、遠慮と気遣いって言葉を知ってんのか?」
そう言うリーダーの男の言葉には嫉妬の感情が見え隠れしている。どうやら年数が浅いのに自分たちより上の等級に昇格していったのが気に入らないらしい。それだけでなく男女差別の意識まであるようだ。
いよいよもって、ライラットは嘆息しながら決めた。
「……どうも貴様ら、一度は痛い目を見ないと考えが変わらんらしい。良いだろう、手っ取り早くこの場で教育してやる」
「ラ、ライラットさん……戦うんですか?」
少々脳筋な解決法だがこういう連中には話し合いより、こちらの方が良い。指をポキポキ言わせながら戦闘の意思をハッキリ宣言すると、レヴィが不安そうな面持ちで訪ねてくる。
「なに、中堅と言ってもこんなお粗末な連中なんだ。怪我などしないし、レヴィにもさせやしないから安心していてくれ」
「で、ですけど……距離が……」
「その事なら問題ない。心得ているからな」
言わずともレヴィが何を不安視しているのかは分かっていた。ライラットが怪我を負ってしまう事でなく、あの不良冒険者たちとの位置関係であろう。
今、こちら側と不良冒険者との位置関係は自分たちを囲むような形に連中が居り、尚且つ二メートル弱ぐらいしか離れていない。
こうまで近いと持っているバトルアックスでは懐に潜り込まれると取り回しが悪いので思うように戦えず、かといって魔法などを唱えてる暇も無いので近距離に適したナイフやショートソードがある向こう側が有利な立ち位置なのだ。連中はただ不用意に近づいてきた訳ではなかったのだ。
「心得てる、ねぇ……あんたの獲物は魔物相手には有効だろうが、近距離で複数の対人戦には不向きだろ?それをちゃんと理解した上での発言か今のは?」
「無論だ。と言うか盗人冒険者の貴様が偉そうに宣うんじゃない。時間も惜しいし、さっさと片付けてやる」
ライラットのその言い様が頭にきたのか、不良冒険者たちから怒気の気配が漂いだす。それぞれが愛用の武器を構えだし、一触即発の場になる。
「……ぶっ殺すっ、クソアマがっ!」
暫し流れた無音の場に拡がる怒声が、戦いの合図となった。
次回はちょいバトル回になります。