内と外から
今回、あの子がやらかします。
騒ぎが起こってから、急遽馬を借りたライラットにエストーラはレヴィを追い掛けてきたが、街を出てから少ししてから見えてきた走る鉄の馬車に驚いた。
その方面の知識に明るいエストーラ曰く、馬を必要としない魔導車という物と思われるそうだがこのような人工物を目の当たりにしたライラットは当初は大きく驚いた。
そもそも、ブルヘンド王国内でこういった魔導技術を使った機械などがそう一般的でないので目に掛ける機会が無かったのだから驚きも必然だろう。
しかし、初見だからといっていつまでもおののいていられない。
すぐに通信水晶を用いてレヴィと連絡を取った後、横を走るエストーラにレヴィからの指示を話した。
「では、私の銃で攻撃してくれと?」
「ああ、だがそれで撃破してくれという訳ではないようだ。外からも攻撃して内部にいる奴らを撹乱させたい思惑があるらしい」
「なるほど。まあレヴィの頼みとあれば、火の中でも水の中でも喜んで行って見せるさ。ひとつ、派手にやってあげようじゃないか」
レヴィに頼られたというのが嬉しいように笑い、あまり近付きすぎないようにと釘を刺した後、エストーラが向かい始めた。
その途中で取り出したのは拳銃の方でなく、魔導銃だった。流石に鉄製の物に拳銃弾では効果は薄いので、魔導銃による魔力攻撃が有効だと判断したようだ。
馬の手綱を巧みに操り、程無くして近付いたところで先行していたシラギクが速度を落としてやって来た。
「来てくれたのですわね、エストーラさん。ですがあの魔導車は後ろから来たら油を撒いたり、横に付いたら大砲を撃ってきたりしますの。迂闊に近寄っては危ないですわ」
「レヴィから聞いているよ、だから私が来たのさ。これならそんなに接近する事も無いからね。まあ見ててくれたまえよ」
魔導銃を掲げつつ、エストーラが馬を走らせる。まず狙うのは機械類が露出している後部だった。
そこ以外を撃っても然程のダメージにはならなそうだったので、妥当な判断だったろう。
だが、そこが狙われやすいというのは相手も承知していた。
魔力を充填しながら射程距離にまでエストーラが接近しようとしていた時、後部の屋根が開いてそこから細い筒を纏めたような砲を載せた台座が競り上がってきた。
そこに乗っている人影を確認した時、エストーラは口笛を吹いた。
「ヒュ~、あの美人さんにお出迎えされるとはね。何か運命じみたものを感じてしまうよ」
乗っていたのはウエストピークで戦いを繰り広げたゴスロリ服の女性、アンジェリカであった。
同姓だが個人的に好みでもあった相手にエストーラは含み笑いしてるが、アンジェリカの方は片眉を少し動かしただけで無感情な顔である。
一度、不覚を取った相手なので思うところが無い訳でもないがそれはそれとして今は伯爵から下された迎撃の仕事を全うするべく、彼女はハンドルで台座を操作して照準を合わせた。
「照準よし、掃射」
手元のトリガーを引いた瞬間、三つの銃身から七色に光る大量の球が発射された。その弾幕の多さにエストーラの顔が瞬時に歴然の戦士の顔つきになり、手綱を取って馬を巧みに操り射線上から逃れた。
「逃れましたか。ですが、貴女の銃で果たしてこれに太刀打ちできますかね?」
台座を動かして方向を修正しながら、エストーラの魔導銃とは比較にならない密度の弾幕を張って彼女を寄せ付けないようにした。
アンジェリカが操るこの兵器……元は魔導技術先進国の軍で使用されていた物を裏ルートから手に入れたモリガンティーが自衛用として組み込んだ代物で魔導式回転機関砲という。
魔石をエネルギー源として動くのは魔導銃と同じだが、その威力と射程距離と連発力は比べ物にならず拠点防衛などでは無類の強さを発揮する重火器である。
反面、銃自体が重く大きいので台座に固定した状態でしか運用できない鈍重さと取り回しの悪さという欠点はあるが、対人のみならず魔獣相手でも比類なき威力を誇れる。
今、その兵器がエストーラに向かって牙を剥いたのだ。
「くっ、これは、なかなか厄介じゃないかっ」
射線からどうにか逃れつつも、エストーラの表情は暗い。
取り回しの悪さから完全に捕捉されきっていない狙いの甘さだが、それを補う連射に彼女は怯んでいた。
自分の使う魔導銃や拳銃では届かない距離に追いやられ、まざまざと火力の高さを見せつけられる。
あれだけ撃たれては反撃のしようもない。早撃ちの自信は大いにあるが、それよりも前に撃たれて離されたら意味が無い。
そこへシラギクが駆け寄ってきた。
「エストーラさんっ、ご無事ですのっ?」
「何とかね。だけど、あんなのを据え付けてあるとは予想外だったよ……これじゃあ、射程内にまで行けないから何とかしないといけない」
「……でしたら、わたくしがまず行きますわ」
「何だってっ? 君、あの弾幕を見てなかったのかい。いくら機動力に優れててもあれは……」
「確かに初見でしたら厳しかったかもしれませんが、今ので大体の動作は把握できましたわ。あれならば攻撃に転ずるのは難しいですけれど、回避するのは大丈夫ですわ」
要するに陽動なら務められると言ってるらしい。エストーラは本当にあの弾幕の雨を凌げるのかと疑いの目を向けてしまうが、シラギクは自信満々な様子である。
「……なら、二分だけ持ちこたえて貰えるかい? その間に私があの銃座を無力化させる」
「分かりましたわ。二分ですわね……ではっ!」
相談一決。シラギクが前にへと躍り出て、エンデヴァー号にへと突っ走り、その後をエストーラが追い掛ける。
「何か策でも考えたようですね。ですが、易々と突破できるとは思わないように」
アンジェリカがトリガーを引き、再び猛烈な弾幕を形成する。敢えて左右に射軸をぶれさせることで、より広範囲に弾をばらまいてシラギクの動きを封じようとした。
降ってくる光弾が地面に次々と穴を開けていき、銃撃の雨を形成するがシラギクは果敢にもその雨の下を潜り抜けようとした。
「なかなかに激しいお出迎えですわねっ、ですが舐めないで下さいましっ!」
シラギクは優れた機動力を遺憾なく発揮し、光弾の雨を掻い潜っていく。時に頬を掠めるまでになるが、それに怯むことなく接近する。
大柄な体躯にも関わらず、銃撃を巧みに避け続けるシラギクが僅かずつでも近付いてきてることにアンジェリカは不服そうな様子だ。
そして激しい弾幕を見事にかわして、もう相手の顔の表情が分かる程度にまで接近できたシラギクがもう少しだけ近寄ろうとした時、銃座の向きがシラギクとは違う方向に行った。
「なっ!?」
「生憎ですが……陽動なのは端からバレバレでしたよ」
アンジェリカはシラギクを迎え撃ちつつも、エストーラの動向には逐一目を光らせていたのだ。
シラギクの影に隠れつつ、こちらの死角に回り込んで一撃を当てようというのは予測もしていた行動だった。
「そこで無様に落ちることですね」
「くっ」
まだ射程内に入りきれてないエストーラが焦るも相手は待ってくれない。
トリガーに指を掛けて、彼女を薙ぎ払う銃撃がされようとする。
「そうはっ、行きませんわぁっ!」
その直前にシラギクが動く。
持っていた薙刀を振るうと、先端から電撃が走った。
だが力を溜める間もなくやったせいか、いつものと比べると余りにも弱々しく映り、軌道も頼りない放物線を描くまでだ。
しかし、弱くても構わなかった。ほんの一瞬でも動きを止められればそれで十分だった。
加えて、アンジェリカが居座っている銃座は鉄製で電導率が高い。アンジェリカ自身に当たらずとも、その周辺に当たりさえすれば……。
「ぐっ!?」
バチィッと弱くはあったが強めの静電気程度にはあったショックにアンジェリカの体がほんの一瞬だけだったが硬直した。
それを見逃さず、隙を詰めたエストーラが魔導銃を撃った。
「フリージス・ショットッ!」
放たれた弾の特性は氷結。
冷気を凝縮した氷の魔力弾がアンジェリカが座る銃座にへと飛ぶ。
痺れから回復したアンジェリカは回転式機関砲で撃ち落とそうとしかけたが、もう撃ってる時間も無い程に迫ってきており、彼女は歯噛みしながら銃座から離れた。
操る者が居なくなり、ましてや自力で動けもしない銃座に魔力弾は着弾。すぐさまにその籠められた魔力を解放させた。
一瞬で極度の冷気を回りに拡げ、銃座のあちこちを凍結せしめる。
一目でもう満足に使えなくさせられた状態に、アンジェリカが眉を潜める。
台座が凍結してしまえば、多方向に銃口を向けることが不可能になってしまう。そうなれば、置物と変わらない。
「くっ……やってくれましたね」
陽動自体は見破っていたというのにこの様……不甲斐なく思うも、後の飛び道具がナイフぐらいしかなければ向こうが有利。
それでも退くのは更なる悪手と、彼女はあくまでここに留まって戦闘を行う道を選んだ。
袖や太股のホルスターに収納した縮小化したナイフを取り、それらを投擲して足止めを行おうとするもエストーラは既に次の一手を投じようとしていた。
「悪いけど決めさせて貰うよ、マイン・シューターッ!」
次に魔導銃から撃たれたのは爆発系の魔力を含んだ光弾。
それがエンデヴァー号の側面部に当たると同時に爆発を引き起こした。
その衝撃に車体が大きく揺れ、アンジェリカは落ちかけたが何とか踏み留まる。火災こそ起こらなかったが、魔力弾が当たった箇所からはもうもうと黒煙が上がり大きく穴が空いてしまっていた。
『あぁぁぁぁぁぁぁっ! わしの傑作に何ちゅうことをぉぉぉぉぉっ!』
同時刻に、モリガンティーの悲鳴が轟いていた。そして車内でも爆発の揺れが起こってワンズマンが体勢を崩して連射型のクロスボウの照準がズレたのを見計らってレヴィが勝負に出た。
盾代わりにしてた鉄板の影から出て、ニメートル半の距離を一気に走り去る。ワンズマンがクロスボウを構え直すのと、レヴィが正拳突きを繰り出したのはほとんど同時だったが先立ったのはレヴィの方。
拳はワンズマンの胸部を抉るように当たり、息を無理やり吐き出されると共に後ろへと吹っ飛ばされた。
「がはっ!!……ぐ、ぅぅ……」
「手こずらせやがって。さて、眠っといて貰うぜ」
胸を押さえて倒れているワンズマンに手刀を当てようとした時、奥の方から走ってくる足音が聞こえてレヴィはすぐにそちらの方に目を向けた。
「兄貴ーーっ、加勢に来たのですーーっ!」
「フィ、フィーロっ!?」
走ってきたのは機関室で待機していたフィーロだった。
愛用のスコップを槍のように構えながら、ワンズマンを飛び越えてレヴィにへと肉薄するとやたらめったらにスコップを振り回した。
「おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃーーっ!」
「ちっ、邪魔すんじゃねーよっ」
「そうは行かないのですっ、兄貴に怪我なんてさせやしないのですっ! てりゃーーーっ!」
しかし、狭い通路で柄の長いスコップを振り回せばどうなるか。案の定、思いっきり横振りした際に壁にスコップが食い込んでしまった。
「あぁっ!……ぬ、ぬぬっ、なんのぉぉぉぉぉっ……」
「……付き合ってらんねーな」
歯を食い縛って抜こうとするフィーロに呆れたか、レヴィは操縦室に行く方を優先して背を向けた。今のスコップをがむしゃらに扱う様から戦闘に関しては素人と見て、さして脅威にならないと考えたのもある。
だが、フィーロの馬鹿力の程を知らなかったのが敗因となった。
抜こうと躍起になって更に力を込めた結果、スコップが埋まった壁を留めているボルトが抜け始め、そこからフィーロが思いっきり力一杯引っ張った瞬間に壁ごと抜けてしまったのだ。
「なっ!? がっ……!」
横から迫ってくる壁に驚いたレヴィが咄嗟に防御するが、流石に耐え抜くことは出来ず吹き飛ばされる。
そのまま、反対の壁にぶつかるが更にそこに鉄の壁が迫り。
ドガシャァッ!
鉄の壁に押し潰される形に挟まれ、勢いは止まらずに反対側の壁もぶちぬく勢いでレヴィは飛ばされた。
「がふっ、ぐっ……!」
吐血を溢してあんな伏兵がいたとはと思う中、目に写るのは地面。
このまま落ちては全身を打ち付けて、多大なダメージを負う結果になる。
それを防ぐ為、レヴィは体に鞭打って行動した。
共に吹き飛ばされた鉄板を掴んで、それをソリのように下に敷くことで生身で地面にダイブすること自体を回避した。
だが、車内から追い出されたことに変わりはなく、レヴィは悔しい顔をしながら走る魔導車を見送った。
「や、やった、やったですよ。フィーロがやったのですよ~、ねぇねぇ兄貴見たですか?見たですか? フィーロが追い出してやったのです、あたしは偉い子、スゴい子ですよね♪」
「ま、まあ、俺が助かったのは良かったんだが……」
テンションマックスでウキウキルンルンにはしゃぐフィーロだったが、すぐに現実を知らされる。
「また随分と、見晴らしが良くなっちまって……」
「ほえ?」
跳び跳ねて喜んでたフィーロが左右を見渡せば、引き剥がされた壁から外の光景がくっきりはっきり見えるようになっており……ぶっちゃけ、レヴィやエストーラよりも遥かに大きな被害を与えてしまっていたのだった。
そのことにやっと思い至って、フィーロは顔を青ざめさせた。
「あ、あわわわわっ、やっちゃったのですよ、どうしようどうしようっ……」
『このばっかもーーーんっ!!』
「ひぇあぁぁ~~っ!?」
『お前の方がエンデヴァー号を壊してどうするのだっ! 壊し屋かっ、このそこつ者めがっ!』
「ご、ごめんなさいです、ごめんなさいです、ごめんなさいなのです~~~~っ」
被害を目の当たりした伯爵から怒声が響き、フィーロがぺこぺこと頭を下げる。あの冒険者を追い出した迄は良かったが、こんな外壁がスカスカ状態では余計に乗り込まれやすくなってしまった。
かくなる上は、一気に引き離すしか手が無い。
「こうなれば……使うしかあるまい、加速装置を」
フィーロ、敵よりも損害を与える結果に……悪気が無いから、モリガンティーも複雑な気持ちで怒ってます。