逃走の鉄車を追え!
モリガンティーが行動を起こす前に、レヴィ達は数日間王宮を見張っていた。
もちろん、近くにいては警備兵に怪しまれるのでレヴィとシラギクは王宮の正面位置から五百メートルは離れた宿に寝泊まりしながら監視し、ライラットとエストーラは王宮の背後に当たる場所におり、二手に別れた監視態勢を取っていた。
戦力の分散は悪手であろうが、相手がどこから来て逃げてくのか分からないのではこういう手を打つぐらいしかなかった(余談だがレヴィと離れた配置だったのでエストーラは不満たらたらであった)
と言っても、見張り始めて暫くの間は何も起きずにいて、いよいよ誕生祭の当日となった。
「動きがねーな……」
「やはり杞憂だったのかしら?」
その日も正午を過ぎたが、未だに何のアクションも起こらない。
張り詰めてた空気も緩んできて、レヴィは拍子抜けといった感じだが終わるまでは油断は禁物と眠気覚ましに体でも動かすかと窓から離れた時、王宮の方から何か凄い音がした。
間髪入れずに窓から身を乗り出すまでに見ると、土煙を上げながら何か巨大な物体が城下町を破壊しながら進んでいるのが分かった。
「あいつらですのっ?」
「分かんねーが、何にしろただ事じゃねーのは明白だぜ。行くぞ、シラギクっ!」
速攻で宿屋から出た二人が土煙と音を頼りに行くと、煉瓦造りの家々を破壊しながら疾走する馬車擬きの物体を発見した。
「な、何ですのアレはっ?」
「あれは……ひょっとして魔導車か」
「魔導車? 一体何ですのそれは」
「噛み砕いて話すと、馬を必要としねー機械仕掛けの馬車みてーなもんだよ。つっても俺が知ってんのは、あれよりもっと小さい小型の奴だけどな」
伊達に諸国を巡っていた訳でなく、魔導車という先進技術を知っているレヴィはモリガンティーが製作したそれを見ても驚き自体はそれ程に無い。
だが、見たことがあるのはあくまで個人で使う一人か二人乗り程度の小型車で全長で五メートルはありそうで尚且つ見た目がもろ軍用そうなゴツいのを見るのは初めてであった。
「あんな鉄の塊が走ってる国がありますの? 何というか見ていると無粋だと思えてきますわ」
「まあ、あれは趣味悪そうな見た目してるからな……お、ライラット達からか?」
連絡用の通信水晶から音がして、レヴィが通話する。
ライラット達の方からもこの騒ぎはバッチリと捉えたようで、追い掛けようとしてるらしいが。
『すまんレヴィ。姿自体は辛うじて見えるが、意外と足が速くて追い付けそうにない。おまけに家を破壊しながら突き進んでるみたいで、あちこちに瓦礫が散乱していてっ……』
「だろうな、つか俺もあんなもん使ってくるとは思わなかったから仕方ねーよ。ライラット、追い掛けんのは取り敢えず俺とシラギクがやる。お前らは遅くなっても構わねーから、とにかく後を追ってこい」
『分かった、気をつけ『ああレヴィ、こうして離れ離れになったままなんて何て不運なんだろうか、一刻も早く君と合流『ちょっ、エストーラ、話に割り込んでくるじゃない、あぁ、こら引っ張るなっ』
途中からエストーラが割り込んできてヒロイックな心情を言ってからライラットと揉めあう声がして唐突に切れた。相変わらずのペースである。
苦い顔をしつつ、レヴィはシラギクに向き直る。
流石に魔導車を使ってくるのは予想してなかったが、何かしらの移動手段で逃げた場合の対処法は事前に取り決めてはいた。
最も、最初はシラギクもその提案には甚だ乗り気でなかったが。
「そんじゃ、シラギク」
「……し、仕方ありませんわねっ、ほ、ほらっ、さっさとお乗りなさいっ」
そっぽを向きながらシラギクは乗るように促した。自らの馬体に。
本来、背に人を乗せるというのはケンタウルスにとってアイデンティティを傷付ける最大のタブーであり、乗せてくれと言うだけでも侮辱に値するものなのだ。
ケンタウルスは馬の要素を持ってはいるが、人に飼い慣らされて使役される馬とは違う存在としているので馬扱いするのは逆鱗に触れる行為なのだ。
故に、レヴィが移動手段としてシラギクに乗せて欲しいと言った時は酷く狼狽して怒りかけた。
せっかく、溝が無くなったと思ったのにこれでまた修復不可能な関係になってしまうかと思われたが、レヴィが真摯な態度で食い下がるような真似をしなかったことがシラギクの心を動かした。
「サンキュー、シラギク。じゃあ、失礼するぜ」
「ひゃうっ!」
了承を得たレヴィが馬体に跨がり、シラギクは普段は荷物ぐらいしか乗せない背に初めて人を乗せたことに過敏に反応して恥ずかしそうに顔を染めた。
「こ、こんな姿……同族には絶対に見せられませんわっ。軽蔑されてしまいますもの」
「そんな心配すんなよ。何もいつも乗せろって訳じゃねーし、こういう非常事態の時だけにすっから」
「し、信じますからねその言葉……では行きますわよっ!」
掛け声と共にシラギクが走り出した。
もう魔導車は大分先にへと行ってしまっているが、シラギクの健脚は並の馬を越える。瓦礫の山も巧みに避け、ハードル越えのように大ジャンプもして派手なショートカットをする。
レヴィはシラギクの腰に抱きついて振り落ちないように踏ん張った。
突然の暴走魔導車に唖然としてる人々や、追跡に四苦八苦してる近衛兵も呆気に取られながらシラギクの駿足を見送った。
瞬く間に城下町を抜け、平原を走る魔導車の全体を捉えられる距離にまで追い付く。こうして見ると、やはりでかい。ちょっとした魔物並にありそうだ。
後ろには馬に乗って追い掛ける兵士が見えるが、それと比べると巨大さがよく分かる。
「見えてきましたけれど、どうやって止める気ですのっ」
「力ずくで止めるしかねーだろ……シラギクっ、横に逸れろっ!」
いきなりの指示に驚くが、体を咄嗟に動かして斜め前方にへと進路を変えた。それまで少し前を走ってた兵士の馬達が脚を滑らせるような挙動をした後、次々に転倒していって乗っていた人間が落馬していく。
「油まきやがったか。小狡い手使いやがって……後ろから接近すんのは危なそうだ。何とか横に付けれるか?」
「無論、問題ありませんわ。あの様な鉄塊に負けませんわよっ!」
地を駆けるケンタウルスの習性か、はたまたシラギク個人が張り合おうとしたのか血気盛んな様子で走る速度が上がり、半ば並走するまでに追い付くのに差程の時間も掛からなかった。
とは言え、相手は重厚な鉄の巨体で猛烈に唸る車輪もあって徒に横付けするのも容易くはなく、どこか飛び乗れる場所は無いかと探すレヴィ。
一方で、気付けば横に並ばれてる状態にモリガンティーは上機嫌から一転して不機嫌の極みにあった。
「おんのれ~っ、たかがケンタウルスごときが小賢しくもわしのエンデヴァー号と張り合う気かっ」
『どうすんです、伯爵っ? 放っておくと厄介なことになるかもしれませんぜ』
「決まっとるだろうが、追い散らすだけよ。砲門展開っ!」
モリガンティーがスイッチを押すと、エンデヴァー号の左側面の横腹の一部に変化が起きる。
さながら戦列艦が砲門を開くように、三門の大砲が突き出てきたのだ。
「なっ、大砲まで仕込んでんのかよっ」
「砲撃準備よしっ、発射ーーっ!」
モリガンティーが運転室の天井から下がっている吊革を引くと、三門の大砲から砲弾が発射された。
球形の巨大な砲弾は真っ直ぐ飛んでいき、シラギクの前後や横に着弾して地面を耕す爆発を起こした。
「きゃあっ!」
「ちっ……シラギク、一旦離れろっ!」
舞う土砂に視界を塞がれかけるが、大きさ故にかそう連発は出来ないようで次弾発射までの間に距離を離すことは出来た。
それでも牽制もあるのか、程無くして再び三発の砲弾が飛んだ。
「ヌハハハハっ、それそれ、どんどん撃てーいっ!」
景気よく大砲を撃つモリガンティー。
内部では自動で砲弾が大砲にセットされて砲撃という、完全な自動化がされており、見た目の無骨さに反して割りとハイテクな機能を備えている。
魔法技術先進国のアルトネリア皇国でも、大型艦船にしか採用されてない機構であり、個人でこのような物を作れるというモリガンティーの技術者の腕前の凄さが伝わる代物だ。
「あははは、凄いのです伯爵さま。バンバカ撃ってれば、あいつらも近寄れっこないのです♪」
機関室では覗き窓から外を見てるフィーロがはしゃいでる一方、ワンズマンとアンジェリカは微妙な顔だった。
「確かに威力はあるがな……」
「命中率という点ではお粗末も良いところですよね」
実際、最初の初弾と比べて距離を離されたのもあるがその後はほとんど至近弾にすらなってないぐらいに砲弾の軌道がバラけている。
流石に照準も勝手にしてくれるなんて贅沢なものは付いてなく、砲自体を左右に微調整させることは可能だが狙い当てるという真似は期待薄だ。
元が球形で空気抵抗をガン受けする形状だから尚更である。
最も、この武装は爆発時の衝撃で相手を殺傷させるのが目的なので正確な命中率など構わないという側面も強いが。
要は数撃ちゃ当たる的なもんで、それに当たらずとも砲撃で迂闊に近寄らせなければいいというモリガンティーの考えもあった。
事実、狙いは正確でなくともあっちこっちに飛んでくる砲弾の軌道が読めないのでシラギクも乗ってるレヴィも不用意に接近するのを躊躇っていた。
この分では逆の方にも大砲はあるだろうから、ますます動けない状況になる。
反撃しようにも体術が基本のレヴィでは無理だし、シラギクの電撃による攻撃も残念ながら射程外。
それに生物には威力十分の電撃があの魔導車に有効かどうかも分からないので、射程内にまで近づくリスクを考えるとやはり近寄れなかった。
「くっ……これでは迂闊に近寄れませんわっ。どうしますのっ? やはり後ろから行った方がよろしいのではっ」
「いや、さっきの油の件もある。後ろに回り込んだらまた何か撒いてくるかもしんねー」
「ですがっ……流石にこの中を突っ切るのは無謀ですわよっ」
「確かに横も後ろも厳しーけどよ……まだ空いてるとこはあんじゃねーか」
「えっ? 空いているところって……まさか正面から向かって飛び移るなんて言いませんわよねっ?」
後ろでも横でもない、となると残るは正面だけというのを示唆する言葉にシラギクはそれこそ無茶の極みと思った。
追い越すこと自体は出来るかもしれないが、その後はあの疾走する鉄の巨体に真正面から突っ込む形になる。流石にそれは危険すぎるだろう。
「無茶すぎますわよっ! わたくしはともかく、タイミングを間違えたら貴方がもろに衝突しますわ。あんなのにぶつかったら、体が粉々になりますわよっ」
「俺がそんなヘマやらかすような奴に見えんのかよ?」
「そ、それは考えづらいですけれど……ですが、可能性としては決してゼロではありませんでしょう。賛同しかねますわっ!」
下手したら自殺に直結しかねないので、シラギクは反対するがそこで最もな正論を言われる。
「あんま時間は掛けらんねーだろ。あっちは多分魔石か何かを動力源にしてっからそれが切れるまではどこまでも走れる……けど、俺らはそうは行かねーだろ。お前もスタミナが無尽蔵にある訳じゃねーし、いつまでも全速力を出しちゃいられねーなら追い付けてる今しか乗り込む隙はねーんだ」
シラギクは言葉に詰まった。そうレヴィの指摘通り、生物である以上は運動し続けていれば体力は遅からず尽きてしまう。
タフネスなケンタウルスであっても例外でなく、シラギクも全力で駆けられる時間は精々四、五十分ほどが限界だ。
このまま、手をこまねいていては遅かれ早かれ差を広げられてしまうだろう。レヴィの言う通り、まだ体力が有り余っている今しか勝負を掛けられる余裕は無い。
「……約束しなさい、決して死ぬような真似はしないと。貴方にこんなところで死なれたら甚だ困りますもの……い、言っときますけど、身を案じてるのではなくて、無責任なことをされたらわたくしの立つ瀬が無いからでもありますから勘違いなさらないことねっ!」
「ああ、分かってる。俺だって、こんなとこで死ぬ気なんてさらさらねーからな」
「なら、一気に駆け抜けますわよっ! はいやっ!」
ラストスパートを掛けるかのようにシラギクの速度が上がる。
先程までは横並びになっていた位置から徐々に前へと進んでいき、じわじわと先頭付近にまで行き出す。
エンデヴァー号からの砲撃は続いてるが、そもそもの命中率の低さに加えて一気呵成に加速しだしたシラギクを捕捉するのは極めて困難である。
もうエンデヴァー号を抜き去り、大砲が狙えない角度についたシラギクは十分に離れたところで急ブレーキを掛けて方向転換する。
「よし、あの角みてーなもんが当たる前に避けろ。そん時に俺は飛び移ってみる」
こくりと頷き、視線で絶対に怪我などするんじゃないぞと訴えるとレヴィは心配すんなよというような笑みを浮かべる。
相変わらず自信たっぷりだが、頼もしいという意味では悪くはなかった。
意を決したシラギクが、エンデヴァー号にへと正面から向かう。
相対速度からぐんぐんと距離が縮まり、迫ってくる鉄の巨体の迫力に気圧されそうになるが神経を集中させてタイミングを見計らう。
「や、奴ら、突貫でもする気かっ? 何て命知らずで無謀なっ……ええぃ、こうなればままよっ!」
追い抜いたと思ったら、こちらへ向かって突っ込んでくるケンタウルスにモリガンティーは慌てふためくも、そっちがその気なら受けてやるというように速度を緩めずに突っ込む。
槍の如く突き出した先端部がシラギクを乗り手諸ともに弾き飛ばそうと迫っていき、本当に触れるギリギリのところで彼女は見事すぎる軌道変更ですれ違うようにかわした。
下手すれば車輪に巻き込まれるところだったが、シラギクは自分の背丈並にある車輪が猛回転する横を走り去る。
そして、シラギクに跨がっていたレヴィは……。
「……ふう、何とか飛び乗れたな」
シラギクが軌道を変えた刹那にジャンプして、爆走するエンデヴァー号の屋根にへと飛び移ることに成功していた。
とは言え、そのまま屋根にしがみついていても強烈な風速で身動きできないので車内に侵入する必要があった。
「お邪魔させて貰う、ぜっ!」
力を込めたパンチで屋根の一部を破壊し、鉄板を剥がしてレヴィは中にへと入った。幸い、車体の上部は重量軽減の為に薄く作られていたのが好都合だった。
「ぬぁっ!? な、何だ今の衝撃はっ? まさか、入り込まれたのかっ」
車体が揺れた振動から、モリガンティーはもしや一部を壊されてそこから入られたのかと危惧した。
直前まで迫ってたケンタウルスがぶつかる寸前で避けたことから、背に乗っていた奴を飛び移させるのが目的だったのかと勘づくも後の祭りであった。
このままでは不味い。外からの攻撃には強いが中から攻められると弱いのは兵器の宿命である。
致し方なく、モリガンティーはワンズマンとアンジェリカの二人に迎撃するように急いで指示を出したのだった。