国宝、頂戴つかまつる
玉座の間から出た団員達は、出てからすぐさまに人目の付きにくい場所にへと移動し始めた。
まるで予め、地形を把握してるかのように淀みのない動きで三人はさくさくと移動していき、人気の無い物置らしき部屋にたどり着く。
「ヌハハハハッ、作戦の第一段階は見事成功したなっ」
高笑いながら仮面を外した団長、いや特徴的なカイゼル髭を生やした自称偉大なる怪盗のモリガンティー。
その部下である、ワンズマンとフィーロも変装の仮面を外した。
「みんな、アンジェリカさんの躍りに釘付けになってたのです。お陰でフィーロたち、誰にもバレずに抜け出せたですね」
「あれは香のせいでもあるけどな」
確かにアンジェリカは美人の類い、そして扇情的な衣裳を纏ってたから注目はされるだろうが、王を含めた皆が微動だにせずに彼女を注視していたのには他にも理由がある。
それがワンズマンの言った舞を始める直前に焚いていたお香である。
あのお香には特殊な薬草が仕込まれており、嗅いだ者に強い催眠作用を促す効果があるのだ。
今回、用いたのは自然に群生してる薬草を伯爵が独自に改良を施したものを使用。異性に対して意識の全てが振り向けられ、体が硬直するという効果を発揮するのだ。
もちろん、伯爵側は事前に解毒剤を投与してたのでそのお香による影響など受けてはいない。
わざわざ、アンジェリカに踊り子の真似事をさせたのもこの香を焚くのに違和感を思わせない措置である。
目論見通り、幻想的な舞の演出と誤魔化せ、伯爵は内心で小躍りしてた。
「これも全てはわしの素晴らしいアイデアの賜物よの」
「よっ、おやっ……伯爵さま万歳なのです♪ 王国一の知恵者なのです」
「ヌハハハハ♪ そう誉めるな誉めるな、ヌハハハハ♪」
(まあ、確かに良かったがアンジェリカが引き受けてくれたお陰でもあるんですがね伯爵)
ワンズマンは心中でそう思った。
そもそも、作戦の骨子となるアンジェリカに露出過多な衣裳を着て貰うのが難関でもあったのだ。
言うまでもなく、彼女は気難しい面もあるのでそれは当然の壁なのだったが意外にもアンジェリカは不満らしい不満は言いこそしなかった。
そう、口こそ出さなかったが……
『作戦で必要と言うのなら、着ますし踊りましょう。必要なら仕方がありませんから、本当に仕方がありませんから』
口こそ出さねど、顔には露骨な嫌悪感があった。
あれはまさしく怒りのパラメーターが上がってる証拠だった。
実際、頼んだ張本人の伯爵も若干気圧されてた感があったぐらいである。
「さて、次は宝物庫にお邪魔するとしよう。確か、見取り図だと……」
伯爵の懐から取り出された半紙には、王宮内の間取りを大まかにはであるが記されたものが載っていた。
少々雑とはいえ、なぜそんな物を事前に用意できたのか。
それは王宮に出入りしている家臣が城下の酒場に赴いた際に旅人を装って近付いたアンジェリカが聞き出したのだ。
酒と色香で惑わされたとはいえ、王宮内の情報を部外者に教えるなど如何にも怠慢すぎるが平和に慣れきって謀略とも縁が無ければ気も弛みきるだろう。
そしてそれは宮内を警備している兵士達も同じだった。
見回っている兵士は数少なくほとんどは固定された位置に待機してるだけ、いても一人だけなのでこっそり近付いて無力化させるのは容易いことであった。
結果、伯爵達はザルな警備をほぼ素通りでき、宝物庫にへと辿り着いた。
流石にここには屈強な兵士が二人ほど常駐しており、厳重に鍵も掛けられていたが……
「くっくっくっ、この程度の鍵ぐらい、わしの手に掛かればチョチョイのチョイよ」
余裕の表情で鍵開けの道具を使って解錠を試みる伯爵。
その後ろには投げ入れられた煙玉で視界を防がれた隙にワンズマンとフィーロによって気絶させられた兵士達がいる。
首締めで落とした方はまだ良かったかもしれない。フィーロにやられた方はスコップで殴られたので頭にマンガの様なデカイたんこぶが出来てたのだから(本人としては軽めにやったつもりだが)
「よし、開いたぞ……さあ、国宝のお目日えといこうか」
宝物庫の扉を開けた伯爵は、奥の台座に鎮座してる如何にもな宝に迷うことなく手を伸ばした。
△ △ △ △ △
玉座の間で踊り続けてるアンジェリカ。
国王以下の者がすっかり催眠に掛かってしまってからは、舞も適当なものになっていたが虚ろな表情で見続けている者達は誰も気にしようとしていない。
「……そろそろ、ですかね」
アンジェリカは呟く。
焚いてからもう二十分ぐらいは経つので、そろそろ催眠香の効果も薄れ始める頃合いだ。
と、言ってる間に兵士のひとりが朧気だが正気を取り戻し始めた。
「ん、んん……あ、あれ? 俺、何してたんだったか……踊り子の舞を見てたんだった、か? 何か記憶が、やたらあやふやに……」
ひとりをきっかけに他の者達も段々と正気が戻り始める。
もう踊り自体を続ける意味も無くなったので、アンジェリカは動きを止めた。
「皆さん方、これにて舞を終了させて頂きます。長らくお付き合い、どうもありがとうございました。これにて出し物は終了です」
丁寧にお辞儀するが、誰もが朦朧としていたことに違和感を抱く。
直前までの記憶がぼんやりとしか無かったら、そりゃあ誰だって変に思うだろう。
どよめく中、ウッテンバークは団長やその他の団員が姿を消してることに気が付く。
「お、おい、団長やお前以外の奴はどうしたっ? どこに行ったのだあいつらは」
「……ああ、ご心配無く。もう仕事を終えて戻ってくると思いますので」
仕事? 仕事とは何なのだとウッテンバークが聞くも嘲笑を交えた笑みで曖昧に誤魔化される。
それで嫌な予感を感じ取ったか、側にいる兵士に拘束しろという命令を出そうとしたその時に大扉を派手に開けて何者かが入ってきた。
「ヌハハハハッ、ご機嫌ようっ、平和と怠惰に溺れた軟弱者共よっ!」
「な、何だ貴様らはっ!?」
「いきなり無礼なことを言いおって。陛下も居られる前で失礼であろうがっ」
開口一番に失礼なことを宣う部外者に憤る貴族達。
似非貴族じみた格好の男を筆頭に、その後ろからリザードマンの男と風呂敷を抱えたあどけない顔の女も入ってくる。
そこでこの三人が姿を消した団長達ではないのかと勘づく者がいた。
「待て、貴様ら……まさか一座の団長と団員かっ?」
「ふふ、ご明察っ。その通りよっ、旅芸人の一座というのはお前達を欺く仮の姿……わしこそは世紀の大怪盗にして大泥棒っ、モリガンティー伯爵様よっ! その低知能な脳味噌によーく焼き付けておけいっ、ヌハハハハっ!」
自らの正体を高々と自慢気に話すモリガンティーの宣言に、誰もが戸惑い困惑している。
いきなり大怪盗だの大泥棒だのと言う人物に混乱しているのだ。
ただ、最も混乱し焦りの表情を浮かべていたのはウッテンバークである。
旅芸人として招いた者達が実は犯罪者でしたなどと、醜聞どころか大失態に他ならないからだ。
それもよりにもよって王宮に入れたなどと、これは重大な責任問題である。
かくなる上はいち早く捕縛して見せて、汚名返上の謗りを覆さねばと動いた。
「モ、モリガンティーとやらよっ、素性を偽ってここに忍びこむとは大胆不敵だがペラペラと暴露するとは自信過剰な奴めがっ。すぐにでも捕らえてくれる、衛兵っ!」
兵士を呼び寄せて包囲網を形成しようする。
だが、モリガンティー一味は涼しげな表情だ。
「ふん、馬鹿めが。わしがここまで話してやったのは既に目的を達したからで後は逃げるだけということだからよ。フィーロよ、わしの努力の結晶をこやつらに見せてやれ」
「はいなのです。じゃじゃーんっ、控えい控えい、これが目に入らぬかです♪」
背負っていた風呂敷から取り出して掲げたそれに、全員が驚愕する。
「な、そ、それは、我が王家に代々伝わりし、サイメラルドの王冠ではないかっ!」
「そう、その通り。わしの名を広めると共に駄賃として戴かせて貰うぞ」
「ぬぅぅぅぅっ、この厚顔無恥の盗人めがっ! 極刑にしてくれるわ、衛兵、この無礼者めらを捕らえいっ!」
激情したアムティムス王が衛兵に指示を出す。
周りを取り囲むべく動こうとしたが、包囲網が形成される前にモリガンティーが目眩ましの煙玉を投げ、辺りが白い煙幕に包まれる。
「うわっ!?」
「ごほごほっ、や、奴らはどこだっ!」
撹乱されて右往左往してる間にモリガンティー達は素早く離脱し、煙幕が晴れた時には忽然と消え去っていた。
「に、逃がしてはならんっ! 警報の笛を鳴らすのだっ、宮内の兵士を総動員せよっ。絶対に捕らえるのだっ!」
程なくして、王宮内に非常事態を知らせる笛の値が鳴り響き、恐らくは数十年ぶりかとなる緊急事態にへと陥ったのだった。