王都のギルドにて
さくさく進めていきます。
レヴィ達は王都にある冒険者ギルドにへとやって来ていた。
道中で退治した魔物の素材の処理も兼ねてだ。
流石、王都に建つだけあってこれまでに立ち寄ってきた地方のギルドとは建物の規模からして違っており、所属している冒険者も数多かった。
窓口の多さを見ても、人材的余裕があるのが良く分かる。
冒険者にしてもなかなかの粒揃いで、実質的にギルドでは主力であるB級冒険者も地方ギルドより多いそうだ。
そうして窓口の受付係に素材の買い取りを済ませた後に、レヴィが受付の男性に言った。
「冒険者ランクの昇級試験を受けてーんだけど」
「昇級試験、ですか? ええ試験自体なら今すぐにでも出来ますけど……」
受付の男性は答えつつも戸惑ってる様子だ。
当然、昇級試験は冒険者のランクを上げる為だがそうなれば高難度の依頼が増えるので必然に相応の実力が求められる。
依頼全部に腕っぷしの強さがいる訳ではないが、大抵は強力な魔物の討伐が主であったりするので、やはり高い実力が必要になってくる。
それを考えた場合、この目の前にいる少女じみた線の細い少年に高い実力を見せるのが必須な昇級試験をクリア出来るとは思えなかったのだ。
すると、側にいた屈強な体をしたベテラン風の冒険者がニタニタ笑いながらレヴィに近寄ってきた。
「ははは、おいおい。昇級ってのはおめーみてぇに華奢な野郎が簡単にやれるもんじゃないぜ。そこの連れの姉ーちゃんと一緒に受けでもしない限り無理ってもんよ……まっ、基本試験は単独だからどの道無理だけどな、わっはっはっはっはっ!」
「横でゲラゲラうるせーよ、おっさん。話の邪魔だから引っ込んでな」
「あぁ? 何だとっ」
虫でも払う様に手を振って鬱陶しげに言ったレヴィに冒険者の男が詰めよった。
最初に絡んだのは自分からだが、こんなガキに舐められた態度を取られては名が廃る。
ここはひとつ、目上の者への態度を教育してやろうと男が拳を振りかざす。
それを連れらしき女性達は特に止めようともしないでいて傍観に徹しており、仲間を助けない薄情な連中だと眉を潜める者もいるが……実際はこの程度の男に間違っても怪我などしないという信頼を持たれてるから動かないでいるだけなのだ。
男が拳を振る前に、レヴィの拳打が目にも止まらないレベルの速さで飛んで、ゴンッ!と鈍い音が鳴った。
「おっ……ごはっ!?」
胸部に強い衝撃を受けた冒険者の男は一拍置いてから嗚咽と唾液を漏らして後方へ吹っ飛んだ。
床に頭から落ちて白目を向いて気絶し、着用していたプレートアーマーにはくっきりと人の拳の形に凹んだ跡が出来ていて様子を見に近寄った冒険者達は驚きに満ちていた。
「お、おい、ダンカンの奴があっさり伸されちまったぞっ。確か、C級でも腕利きの奴だったよな?」
「それだけじゃないぞ、見ろ……鉄製の鎧が綺麗に凹んでやがる。あのガキ、素手の筈なのにどうやったらこんな風になるんだよ」
筋肉など全く無さそうな細腕では明らかに不可能な破壊跡に、肉体強化の術でも掛けていたのかと皆がざわめく中でレヴィは我関せずとばかりに受付と話を進めた。
「……で、今すぐ出来るんだっけ? だったら早いとこ案内してくんねーか
な」
「あ、は、はいっ、分かりました、こちらへどうぞっ」
△ △ △ △ △
ギルドの試験会場にて面接官兼試験担当官を勤めるアイザックは昇級試験を受けに来た人物を見て些か落胆していた。
(こんな見るからにひ弱そうな奴が受けに来るとは……全く、最近は冒険者の質も落ちたものだ)
男だそうだが、そう言わなければ気が付かないだろうぐらいに女っぽい外見のレヴィにアイザックは内心で盛大に溜め息を吐いていた。
ここ最近、というか近年で各国にある冒険者ギルド全体に蔓延してる悩ましい問題……新規冒険者の質が下降気味という事も憂いてだ。
そもそも冒険者という職業は危険と死と隣り合わせの厳しいもの。
低ランクの依頼だからと思ってたら、手に終えない強力な魔物が出現して突発的に戦闘に発展……そのまま、死亡案件という事自体がそんなに珍しくないのだ。
そんな職に命を懸けてまで来る人間自体が少なくなるのも無理からぬ話だが、近年ではその傾向が顕著であり、人材の先細りという問題が徐々に迫ってる。
となると在籍してる冒険者の質を上げたいところだが、これもまた一朝一夕に解決できる事でもなく、経験を積ませたくとも危ない橋はゴメンという日和見な者も少なくないのが現状だ。
有能な人材は欲しいし育てたいが、それはどこのギルドでも同じだから優秀な人材を金で勧誘するヘッドハンティングまで起きるなど問題が数珠繋ぎに発生する有り様である。
(俺に出来るのは半端な冒険者をふるい落とせるぐらいしかないか)
せめて将来に大きな可能性を見いだせる程度には健闘して貰いたいものだと淡い期待を抱きながらアイザックは試験内容を軽く説明する。
「今から行うのは模擬戦だが、俺が使う剣は抜き身のままだ。無論、致命傷になりうる攻撃はせんし、万一に備えてのポーションなども準備させてある。だからと言って、及び腰な攻防を見せた場合は即座に失格を言い渡す。異論ないな?」
「ねーよ。長ったらしい口上はもう良いから、さっさと始めようぜ。あんま時間使ってる暇はねーんだよ」
……舐めてるとしか言えない。こんなのではとても将来に期待など持てんとアイザックはそれなりに善戦しようが落とす事を決めた。
どうせ、多少の怪我は治せる用意はしてあるし、この際だ。
深手にならない程度に傷を負わせて、冒険者をやり続けるのか考えさせてやるのも優しさであろう。
「そうか、では早速始めるぞ……はぁっ!」
素早い踏み込みで手にした大剣が届く間合いにまで接近したアイザックが躊躇なく大剣を振り払った。
重量級の剣が風圧を轟かせながらレヴィに迫る。
その軌道から身を低くしてかわしたレヴィにアイザックの猛烈な攻めは休まる事なく続く。
薙ぎ払い、刺突、打ち下ろしなど様々な動きで大剣を振るアイザックに対し、レヴィは今のところ回避に徹してる。
その身のこなしには目を見張るものはあるが、自分から攻めてこなければジリ貧に陥るだけである。
「どうしたっ! 避けてばかりではとても合格など言い渡せんぞっ、度胸があるならそちらからも攻めてみろっ」
決起を促す為の挑発を言うアイザック。
これでまだ掛かってこれないようなら見込み無しとして不合格にする腹積もりであった。
仮に向かってきても、生半可な様だったら同じ事と思っていたアイザックであったが彼はすぐに実力の程を思い知らされる事となった。
それまで防戦一方だったレヴィが攻撃に転じた。
振られる大剣の刃に臆する事なく掻い潜り、アイザックの懐に潜り込む。
そこから鳩尾に向けて拳を突き出されたが、体を後ろに引いて寸でのところでかわす。
だが、自分の剣筋を見切った上で接近された事にアイザックは攻撃しようと思えばいつでも出来たということを分からされた。
「……今までは様子見だったか?」
「まあな。初見の相手にいきなり突っ込むのはタブーってもんだろ? けど、大体把握できたから今度は俺から行かせて貰うぜっ」
そこからはレヴィのターンが始まった。
小柄な体躯でありながら、大剣を思う様に振れない至近距離で格闘戦を挑んでアイザックを翻弄する。
繰り出される拳の威力は熟練の冒険者でもあるアイザックの体に有効なまでに高く、一撃を喰らう毎に無視できないダメージが積み重なる。
大剣を生かせる間合いにまで下がろうとしても貪欲にまで食い下がってきて、今ではアイザックの方が防御に徹してる様だ。
そして、繰り出されたストレートを大剣でガードした刹那、足払いを掛けられたアイザックは受け身を取る間もなく不様に転んでしまった。
起き上がろうとした瞬間に喉元に手刀を当てられる形の寸止めをされ、アイザックは深く息を吐いて自身の敗けを認めた。
「はぁ、合格だ。まさかこんな手練れだったとは思わなかった……その歳で相当に戦い慣れてるな、お前」
「これでも場数は踏んでるんでね、じゃあ試験は合格って事で良いよな?」
「ああ、もちろんだ。文句の付けようが無い程にな」
自分とした事が相手の本質を見抜けず見た目と態度で判断してしまうとは……勘が鈍った己を恥じると共に期待が持てる人間がまだいる事に喜びも感じたのだった。
そして……試験終了後、難なくC級に昇格したレヴィにライラット達は労いの言葉を掛けると共に何故急に昇級をしようと思ったのかを聞いてみた。
「理由?……まあ、その、あれだよあれ。お前らと正式に……パーティでも組もうと思ってよ」
「え、私達とパーティをっ?」
それは思ってもない話だった。
なるほど、確かにパーティを組むにはギルドに届け出をしなければならないのだがそれには原則としてパーティ内の冒険者のランクは同一である事という決まりがある。
これは以前にも上級冒険者と下級冒険者がパーティーを組んだ際に、損な役回りを押し付けるなどして不協和音な仲になった挙げ句にパーティ壊滅という惨事が起きた為に設けられた制約である。
その為に表向きはD級に留めていた自分のランクを上げているのかと納得し、そして自分達にそれだけ信頼を持ってきてくれてるという証明にもなったのでライラットは嬉しくなった。
「レヴィ、それだけ私達の事を信用して信頼もしてくれてるんだな。ありがとう」
「っ……べ、別にそんなんじゃねーよ。ただ、パーティ組んどいた方が色々便利ってだけだっ」
照れてるのか少し顔が赤い。そんなレヴィも新鮮に見えて、ライラットはすこぶる機嫌が良かったのだった。
ここに来て、遂にデレ期到来か?