勝負の申し出
「レヴィっ、私と一騎討ちの勝負をしてくれっ!」
突然の申し出に皆が面食らう。もちろん、言われた当人のレヴィも例外にあらず。珍しく動転した表情を見せていたが、すぐに落ち着きを取り戻して何のつもりなのかと聞く。
「藪から棒に何なんだ急によ」
「この勝負で私が勝ったら私に出会う前の事を話してくれ。負けたらもう今後一切はこの手の話はしない事を約束するっ、どうだっ?」
昨日にライラットが話してた案。それがこの直球ともいえる手であった事を知ったシラギクだが、果たしてレヴィがそんな勝負をまともに受けようとするだろうかと不安視もしていた。
実際レヴィの表情は固く断る可能性濃厚な気配であったが、ライラットが負けた場合はもうこの様に詮索するような事はしないという事がやろうという気に傾けさせる。
この勝負を蹴ったら、またぞろ自分の過去を教えてくれとか何とか言われるだろうし、その度にやいやい揉めるのも面倒である。
なら、この勝負を受けて打ち負かしてやればそんな煩わしい事ともおさらばできるだろう。
「良いぜ、受けてやるよその勝負」
かくして、模擬戦とも言える勝負の幕が上がった。
勝負の内容は
・武器は使わずお互いに素手で行う。
・肉体強化系の技も無し、純粋なガチンコ勝負。
・レヴィからマウントを取ればライラットの勝ち、逆にマウントを取られたら負け。
という風に決まった。
これだけ見ると、戦士職業のライラットに有利な風に思える。
見た目や体格差を考えれば何も知らない人間が見たら、何て大人げない条件なんだろうかと思うだろう。
しかし、ライラット含めこの場にいる女性陣は皆知っている。
少女の様に華奢な見た目に合わない膂力、そして正確な体捌きも備える武闘派な実力がレヴィにはある事を。
(本物の実戦に挑む気持ちでかからないと、簡単に足を掬われかねないから心して行かないとな)
何より、この勝負で負けてしまったらもう今後はレヴィの過去を詮索する事自体が出来なくなってしまう。
やる気を出させる為にもあんな条件を付けるしか無かったとはいえ、初っぱなから背水の陣を敷かざるを得なかった。
だが、それでもやる他はない。
(私は……知りたいんだ、あいつの事を)
これまで常にはぐらさかれてきたが、いい加減に彼の正体を明かさせねばならないだろう。気を引き締めてレヴィと相対する……向こうは余裕の笑みまでしてる様だ。十分に勝てる算段があるのだろう。
余計な手心は加えずに闘うとライラットは改めて思い直した。
「ではわたくしの合図で始めますわよ……お互いに気持ちの準備は整ってらして?」
審判役をする事になったシラギクの言葉に二人とも無言で頷く。
そのシラギクの後ろにいるエストーラは傍観に徹している。
レヴィがやると言ったなら彼女も変に意見をする事は無かった。
ただ、実を言うとエストーラもレヴィの過去には関心があったのだ。しかしそれを聞こうとしたライラットが敢えなく断られてるのを見ていたので、下手に詮索すると嫌われかねないとして何も聞かない様にしてたのだ。
そういう意味では今回の勝負は内心では有り難いと思っている。
これでライラットが勝って彼の話を聞ければ良し、駄目だった場合はきっぱり諦める決心を付けようとしていた。
「それでは……始めっ!」
シラギクが号令を上げた瞬間に動いたのはレヴィの方だった。先手必勝とばかりにライラットに素早く肉薄すると、腹目掛けてストレートを放ってきた。
咄嗟にそれを腕でガードする。
だが。
「うっ!」
防ぐ事自体は出来たが、思った以上の衝撃が来てライラットは後ずさった。細い腕からは考えられない重さの力である。
そこから弾幕の様な密度でレヴィが次々とパンチを繰り出してきた。
両腕を交差させて何とか凌ぐが、鍛えた自分の体でも鈍い痛みが発生する程の威力である。
受けてばかりではじり貧に陥るばかり。そう判断してこちらからも攻めようと牽制も目的に前蹴りをした。
予想通り、それはかわされたがラッシュの嵐を一瞬だけ途切れさせる事は出来た。
その合間を縫って、ライラットも剛腕を生かした拳を振りかざしてレヴィに迫った。
「はぁぁぁっ!」
「おっと」
大振りの一撃は避けられたが、すかさず二擊目を打つ。
そこからフックなども交えて怒涛の攻めを開始するが、小柄な見た目どおりに素早いレヴィには当てるどころか掠る事も難しかった。
その内に距離を取られて、お互いに当たらない位置になったので暫しの膠着状態になる。
(スピードと小回りはあいつの方が上か……なら純粋な力勝負に持ち込めば有利になれるか? だが、レヴィの実力は底が知れない。ひょっとしたら私と張り合えるぐらいの腕力があるかもしれない)
迂闊には近付けず、どうすべきか悩んでいたらまたもやレヴィの方から仕掛けてきた。今度は左右にステップを踏みながら複雑な機動で来る。
反射的に目で追いそうになるが、それでは逆に翻弄されるだけと動きを冷静に観察して行く先を見定めた。
「そっちかっ!」
左側から来るのを予測して迎え撃つ態勢を整える。次は打撃でなく押さえ込もうとして伸ばした手をレヴィが手で掴んで止めた。
「そう簡単にはっ……行かねーぜっ?」
「ぐ、ぬぬっ……!」
双方に掴み合ってその場で留まりながらの力比べになる。
ライラットが決死の様子で押し込もうとしてるが、レヴィはまだ余力を残してる様な顔色で抑え込んでいる。
筋力でも負けてるのかとライラットは歯噛みしつつも、何とか押し倒せないかと躍起になった。
と、踏ん張っていたところでレヴィが力を緩めた。
体格的にも向こう側に寄り掛かる様な姿勢を取っていたライラットにしてみれば、いきなり支えを無くされた様なもので体勢が崩れた。
ここでレヴィが更に動きを見せる。
片手を掴んだままに、ライラットの背後に回り込んだのだ。
必然的に間接を取られる形となり、腕を決められたライラットが苦悶の表情を見せる。
「ぐぁっ……!」
「取ったぜ、このまま倒してゲームセットだな」
勝ち誇った顔のレヴィ。確かに片腕が使えなく、背後を取られたライラットにどうこうする術があるとは思えない。
このまま、マウントを取られれば勝負はレヴィの勝ちとなり、今後一切は彼の過去や素性などを聞く事は出来なくなる。
(……それではっ、駄目なんだっ! 何も知らないままでいるのはごめんだっ!)
間接の痛みに耐えながらライラットは気を振り絞った。
レヴィはもう詰みかかってる状態であるのに、まだやろうという気があるのに面食らいながら諌めようとした。
「おい、変な真似はすんなよ。これ以上は余計に体を痛め付けるだけなんだからな、このまま大人しく……」
「ま、だだっ、レヴィっ……つぁぁぁぁっ!」
声を張り上げた後、ゴキリと嫌な音がして見守っていたエストーラもシラギクも息を呑んだ。
何とライラットは自ら肩の間接を外すという暴挙に出たのだ。
捨て身とさえいえるものにレヴィも動揺を隠せず、思わずたじろいだ隙を付いてライラットが振り向き様に手刀を放ち、それはレヴィの側頭にクリーンヒットした。
「ぐっ!」
「貰ったっ!」
よろめいたのを好機に、ライラットがレヴィを押し倒して馬乗りの態勢になる。
勝利の条件であるマウントを取った事にライラットは喜びの表情を出すも、レヴィから強烈な怒声が飛び出た。
「てめぇ、なに考えてんだっ!」
「えっ、あっ、何って……?」
「肩外すだなんて真似までしやがって……腕が使い物にならなくなったらどうすんだ、この馬鹿っ!」
珍しく感情を露にして怒るレヴィにライラットは気圧されて何も言えなかった。確かに模擬戦で間接を外してまで勝とうとするだなんて常軌を逸してると言われても仕方がない。
ライラットとしてはレヴィの素性を知りたいが為に思わずやってしまったのだが、ここまで怒られるとは思ってなかった。
「たくっ、俺の負けで良いから早く腕見せろ」
「あ、あぁ……」
間接が外れてだらりと垂れ下がった腕を取り、レヴィが真剣な顔で見る。
労る様に優しい手付きで、慎重に彼女の具合を調べている。
脱臼の影響で痛みが響く中、ライラットは微笑ましげに笑った。
「……ふふ」
「なに笑ってんだよ、てめぇ」
「いや、そんな気遣いをされたのは初めてだし……私の体を案じて怒りもするだなんて何か新鮮な気分になってな」
「っ……別に、深い意味なんざねーよ。ただ、俺の事を知りたいってだけなのにここまでやりやがったのが気に食わねーだけだ」
そう言ってるが、甲斐甲斐しく手当てに専念してる様を見てると感慨深くなってくる。
自分の事はただの愛人だと日頃から言ってるが……いざ傷付けば、このように気に掛けてくれるぐらいには想ってくれてる事が嬉しかった。
「ところで、さっき俺の負けで良いからとも言ったな。勝負自体も私の勝ちという事で大丈夫だろ?」
「……ちっ、あー分かった分かった……そんなに聞きたきゃ、話してやるよ。たくっ」
不承不承といった感じだが、ごねる様な事もなくレヴィは遂に観念して自らの生い立ちなどを語ってやる事にした。
次回にて、主人公の身の上話が始まります。