少年との初めての仕事
早くもライラットに受難が?
臨時パーティを組む事になったレヴィとライラットは、まずお互いの軽い自己紹介をやった。
「私はライラット・ヴィクトネスだ。見ての通り、戦闘法は近接戦特化。攻撃役はもちろんだが盾役としてもそれなりに出来る、あとは斥候の仕事もそこそこに可能だ」
彼女が背負っているバトルアックスはその巨大さ故に、咄嗟の盾代わりとしてでも扱える代物であった。もちろん武器なので完全な盾としての機能は無いが。
その筋骨粒々とした外見に違わず、ライラットはパワー寄りの戦士職だが斥候の技量もあった。本職ほどではないが、気配を殺すなどの敵に気取られにくい接近方法なども習得している。
「流石ですね……お一人で攻撃、盾、斥候の仕事が可能だなんて。冒険者ランクB級というのも頷けます。同じ冒険者として尊敬しちゃいますよ♪」
「そ、そんな大したものでもないさ、攻撃一辺倒だけだとソロで活動する時に不便だから一通り身に付けただけだ」
ここでレヴィが言った冒険者ランクについて少し解説しておこう。文字通り、その冒険者のランクを示すもので実力もそうだが依頼の達成度合いや熟練度を表したものだ。普段の素行なども加味されており、例え実力がB級であっても依頼の不達成率が高かったり素行不良な者は万年最下位のE級に甘んじてしまうケースもある。
尚、ランクは高い順にA~EとあるがA級の冒険者はどこのギルドでもそうそう居ない。これはA級に抜擢される冒険者は大抵が英雄並みの猛者揃いなので、国のお抱えとして引き抜かれる事が非常に多いのだ。給金もべらぼうに高いので、ほとんどのA級は冒険者を辞めて国仕えの騎士に鞍替えしてしまう。なので、冒険者ギルドでの最高戦力は実質にはB級が過半数を占めている。
ライラットもモンスターの異常発生などの緊急時には、前線の露払いや斬り込み役として大いに活躍していた。
そんな彼女に尊敬しているレヴィのランクは、D級というものだった。これは成り立ての新入り冒険者より、少し上というぐらいでしかない。何でもレヴィは直接戦闘が苦手で、技能は後方支援や素材収集に適したものしか無いらしい。
それでもランクが上がったのは希少な素材を発見できるスキルのお陰であるそうだ。
「となると、依頼中に戦闘が起きた場合は私が矢面に立つ訳か」
「すみません、ですが味方へのバフ魔法や回復系の魔法は得意ですから。それに攻撃系の魔法も不得意じゃないですし」
そう言ったレヴィが出して見せたのは、一見すると指揮棒のようにしか見えない物だった。しかし、よく見ると鳥の翼を模したような装飾が根元に付いていたりとしている。
これはタクトという歴とした魔法杖である。多くの魔法使いが愛用してる両手杖と違って籠められる魔力が劣るので魔法効果には差が出るが、小さく短いので取り回しや携帯性では優れている。ただし、使用の際には本物の指揮棒の如く振りながら魔力を練る必要がある熟練者向けの物だ。
一瞬、タクトを振るってる姿のレヴィを想像して絵画のような美しさになるなとライラットは夢想した。
「では、早速なんですけど初仕事してみましょうか。手頃な依頼を見つけてありますから、頑張りましょうね♪」
「あ、あぁ、お互いに頑張っていこうか」
爽やかで愛らしい笑顔を見てると、自然と口元が緩んでしまう。ともすればにやけた面になりそうな顔面筋肉を律して、ライラットはパーティを組んでの初仕事に望んだのだった。
依頼の内容を書いている紙が貼られたボードからレヴィが取ってきた依頼書を、受付まで持っていって受理などの作業を終えてきたライラットだったが何故か顔を赤くしていた。
「どうしました、ライラットさん?顔が赤いですけど……ひょっとして微熱でも出ちゃったんですか?なら、今日は無理には……」
「い、いや、これはそういう訳じゃないっ。き、気にしないで良いから早く行くぞっ」
「え?あ、はい」
早足で歩いてくライラットに小走りで着いていくレヴィ。チラッと後ろを振り返ったライラットの頭には、受付での問答が思い出されてた。
『へー、あの子と臨時だけどパーティを組んであげる事になったんですかー……へー、ふーん、はーん』
『な、何なんだ、その意味深な相づちは。べ、別に不純な目的で決めた訳じゃないぞっ』
『それは分かってますよ。ライラットさんって見た目はクール系な肉体派女子ですけど内面は純情なところがありますからね……だから、人気の無い草むらでしけこむ事なんてしないでしょうけど』
『す、する訳ないだろうがっ、そんな破廉恥な事をっ!私の理性を見損なうな!』
『別に疑ってませんけど……ただ、男の子であんな可愛いタイプの子と一緒に依頼やるなんて無かったから暴走してしまわないか心配したんです』
『だからせんと言っとるだろうがっ!……ま、まぁ確かに、男子とは思えん可愛さもあるし、何か庇護欲を刺激されるが……』
『ですよねー(これはもう既に意識しちゃってるパターンじゃん、醜聞が起きない事を祈るしかないかー)』
とまぁ、こんなやり取りがあった訳だ。受付嬢のミーティアとは顔見知りでいつもなら他愛ない会話だけで済むのだが、一時だけだがあの黒髪美少年のレヴィと組むと言った途端にあんな会話が始まってしまった。
(ま、全く下世話な心配ばかりを……この私が過ちを犯すだなんて、そんな真似をするものか。ミーティアが言うように男子とは信じられないぐらいに可愛い顔をしてるが、だからと言って情欲に煽られてしまう事など私は起こさんぞっ。そうだ、いくら可愛かろうと……可愛かろうと…………)
段々と心の声が尻すぼみになっていく。意識しないように考えてるが、余計に変に意識してしまってる。
(や、やはり男とは思えない見た目だ、髪だってサラサラしてるし。肌だって私の荒れ気味になってるのとは対照的に艶々してるし……体の細さだって、少女とタメを張れるだろう。何より、くりっとした目とか薄ピンクの唇とか男子的要素が全く無いし……)
「ラ、ライラットさん、ちょっと歩くペースが早っ、わわっ!」
「っ!?……危ないっ」
歩幅が大きいライラットに着いていこうと焦ってしまってたからか、レヴィが足を縺れさせた。前を歩いてたライラットは咄嗟に受け止めようと、腕を拡げて彼を抱き締めるように支えた。
幸いに転倒は避けられたが、弊害も生まれた。密着した態勢になったので、レヴィの男らしからぬ華奢な体の感触をダイレクトに感じてしまっていた。
(か、軽い上に見た目よりも細いっ。もうこれは下手な女より女っぽい体つきなんじゃないのかっ?そ、それに何だか良い香りも仄かにするような……って、変態か私はっ!?)
思わず香しい体臭を嗅いでしまい、頭を振って正気を取り戻そうとしたがその努力も次の瞬間には無駄に終わった。
「す、すいません、お手を煩わせてしまって……けど、こうしてるとライラットさんの体って本当に逞しくて素敵ですよね。ぼくも鍛えてこういう筋肉を付けたいって思ってるんですけど、なかなか上手くいかなくて、えへへ♪」
割れた腹筋を指先でなぞりながら、見上げる姿勢でこちらに向けてくる爽やかスマイル。異性との付き合い自体が乏しいお陰でライラットの精神値は吹っ切れて、脳がオーバーヒートした。
「はきゅうっ!?……がくっ」
「え、えっ?ど、どうしちゃったんですか、ライラットさんっ、しっかりしてください~っ」
火が出そうなぐらいに顔を真っ赤にさせた後、ライラットが仰向けにぶっ倒れてレヴィが慌てて介抱する珍事がギルド内で起こる。
その一部始終を見ていたミーティアが一言。
「……やっぱ、あかんわアレは。いつか色々と爆発しちゃうかもしんない」
ライラット撃沈、乙。レヴィの可愛さには勝てなかった……うんこの時までは可愛いもんなんです、この時までは。