見逃したツケ
休憩を終え、旅を再開した一行はまたもや無言かつ重い空気のままだった。
レヴィとエストーラは横並びに先頭を歩いて、最後尾にいるシラギクがギロリと睨み続けている。
ライラットはその間に挟まれる形でおり、さぞ居心地悪かろうな位置だったが本人は何か物憂げな様子で考え込む仕草をしていて、場の空気を和らげようとか宥めようという様な事はしないでいた。
思考の海に沈んでいる彼女が考えてる事は……レヴィと付き合う上で、ちゃんとした信頼や信用を築いておくべきという事で、その為にも互いにもっと歩み寄るべきではないかと思っていた。
(シラギクとの険悪な関係も改善すべきだが……私自身、あいつの事をよく知ってる訳じゃない中途半端というのも否めない。これまでは、深入りしてくるなと素っ気ない態度を取られ続けていたが踏みいるべきだろうか?)
だがそれで素直に自分の出自を教えてくれるかと言ったら、甚だ疑問なのも確かな事。そういう話を振ると、途端に不機嫌になって会話を打ち切られてしまうのは周知の事実である。
それでもこのままな状況でいるのもスッキリしない。
シラギクのキツイ言葉が発破になったか、ライラットは今一度レヴィの細かな素性を知ろうという気になった。
しかし、それを何時切り出そうか。それに真正面から頼んでも素直に話してくれる訳もないので、どうやればレヴィの本心を知れるのか。
頭の中で色々とシミュレーションを繰り返してみるが、なかなか上手い方法が思い付かない。
(考えていても良い案が出てこないなら……行動あるのみだっ!)
気合いを入れ直して、ライラットは考え付く方法でレヴィにアタックを仕掛ける事にした。
~パターン① まず自分から語ってみる~
「きょ、今日は良い天気だなレヴィ?」
「あ? まあそうだな」
「こういう晴れやかな日にはあれだな、自分の思い出に浸りたいな~とか思うだろ?」
「別にそうは思わねーけど……で?」
「せ、せっかくだから私の昔の武勇伝とか色々と話してやろうか?」
まず自分の過去話を喋り、然り気無くレヴィの昔話も聞き出そうと言う作戦である。だが、美人であっても内面にはそれほど関心を持たない彼には通じず。
「んなもん聞きたかねーよ。他人の昔の自慢話ほどクソつまらねーもんはねーだろが」
「……(びきっ)」
青筋を立てかけるが、何とか気を宥める。この作戦は不発に終わった……。
~パターン② それとなく話を振ってみる~
「……という訳で、私の愛用してるこの魔導銃は細かい点を見れば欠陥は色々あるだろうけど、それがまたマニア心をくすぐるんだよ。特に気に入ってるのはグリップの握り具合、これが私の手にジャストフィットしてね。あと全体的なデザインもスタイリッシュに纏まっていて、武骨さの無い洗練されたところもまた素晴らしく……」
ぺらぺらと饒舌な語りで自分が持っている魔導銃の魅力とかを喋っているエストーラ。
かれこれ三十分は喋りっぱなしで、最初は「なるほど」や「興味深いな」とさも真面目に聞いていたライラットも今は半ば死んだ様な目で「へえ……」や「はあ……」と如何にも気の無い相槌しか打ててない。
(私の方から言ったとはいえ、まさかここまで喋り尽くすとは思ってなかった……しかし、これも必要な事なんだっ)
グッと拳を握り締めてライラットは耐える。
こんな長話を聞いてるのも、レヴィにそれとなく話題を振って戦いの中で使う身体に掛ける魔力付与はどこで覚えたのかを聞き出そうと言う腹であった。
まずはそれから糸口を掴んで来歴もという試みであったが、エストーラのマシンガントークは途切れる気配が無かった。
いつまでも聞いてる暇も無いので、ライラットは横にいるだろうレヴィに意を決して話しかける。
「いや、なかなか面白く興味深い話だなレヴィ。そう言えば、レヴィのやってる魔力付与もいつ頃から使える様になったのか是非とも聞きたいん……だが……」
しかし首を横に向けた方に肝心のレヴィがいない。最初はここに居てた筈なのにと、後ろやエストーラの向かい側などを探すと正面にいた……ただし、十メートル位は離れた位置にいる。大声を出さねば届かぬ距離だ。
余りにもエストーラがしゃべくるので、少しは静かな位置に移動したらしいがそれに気付かなかった己の不手際を呪った。
「聞いてるのかい、ライラット? 私にとっての相棒の事を教えてくれと言ったから話してやっているんだよ。まだまだ序盤に過ぎないからね、あと二時間ほどは語らせて貰うよ♪」
「……ハハハ、ジツニベンキョウニナルナー、ハハハ(地獄だ、これは……まごう事なき地獄だ……)」
その後、きっかり二時間に渡ってエストーラの話は続いた……。
終わった頃にはライラットのSUN値はガリッガリに磨り減っていた。
~パターン③ もう思いきって直接言ってみる~
「レヴィ、この通りだっ。お前が私と出会うまでにどういう旅をしてきたのかとかを教えて欲しいっ!」
頼み込むように頭を下げてまで、ライラットはお願いをした。
もう下手な小細工は止めて真っ向から聞き込む作戦も何もないものだが、そもそもライラットに権謀術数など端っから向いてないのでこういうシンプルな方法が一番やりやすかった。
「てめーなぁ、俺がそーいうのを嫌ってるのは分かって……いや、そうだな」
露骨に嫌そうな顔に怪しげな笑みが浮かぶ。
それから一転して、ニコッと清々しい笑顔に変わった。
「はー、しょうがねーなー。どうせここで断ってもしつこく聞いてくるだろーし、仕方ねーから特別に話してやんよ」
「ほ、本当かっ?」
意外や意外。まさかこんなあっさり話してくれる気になってくれるとはにわかには信じがたいが、昨日までの苦労が報われたと思ったライラットはそれを鵜呑みにした。
「まっ、詳しい話はこっちでしてやるから来いよ」
「う、うむっ」
誘われるままに、ライラットはレヴィに連れられて人気の無い林の中に入っていった…………。
「ふぁっ!? ちょ、ちょっと待てっ!? 何で服をっ……」
「話はヤってる間でも出来んだろ? んじゃあ、特別に話してやんだから耳かっぽじって聞いとけよな?」
「い、いやいや待て待てっ!? そんな聞いてる余裕なんて無いからっ……あっ、ちょっ、ほんと駄目っ……や、そこっ、弱い、からっ……あーーーーーーーーーっ♡」
いつもよりねちっこく、激しくされたライラットはそりゃあもう乱れに乱れて、とてもではないが話の内容などさっぱり入ってこなかった。こうして彼女の立てた作戦は悉くが失敗に終わったのだった…………。
△ △ △ △ △
結局、何の実りも進展も無いままに徒に時間を浪費しただけに終った。
流石にライラットも意気消沈してる気味である。
おまけにシラギクから見ればレヴィにあれこれ構ってる風に見えてしまわれて、余計に敵愾心を煽る嫌な副次効果を生んでしまう始末。
(あぁ、この三日間を私は何て無駄な使い方をしていたんだ……シラギクからはますます目の敵みたいに見られてしまうし、もう散々だ)
レヴィの手強さを思い切らされたが、へこたれていても仕方ない。また何か妙案を考えようとあれこれ知恵を巡らす。
そうして歩き続ける内に一行は山道にへと差し掛かった。途中で立ち寄った村で聞いた話だと、ここを越えると大きな宿場町があるらしい。
そこなら冒険者ギルドもあるだろう。魔物の素材などの荷物も早めに消化してしまいたいし、一行はこの山道を行くことになった。
最初はそれ程でも無かったが、やはり山道だけあって徐々に道が険しくなってくる。人は通るが舗装などされてない道を行く中、難儀しているのはシラギクであった。
「全く狭い道ですわねぇ、徒に神経を使ってしまいますわ」
人と違い、ケンタウロスの脚は四本ある。幅もある馬体も相まって、狭い悪路は自慢の脚力も生かせないので苦手な場所でもあった。
なので、ゆっくりとしたペースになりがちであったが道の反対側が崖になっている場所に差し掛かった時は更に苦労する事になる。
下手に寄り過ぎると体重が重いのもあって落下する危険が高く、かといって逆に寄れば岩肌に体を擦ってしまうので徒歩のペースが余計に遅くなった。
「おい、何をちんたら歩いてんだよ。さっさと来い」
「うるっさいですわねっ! 少しはこちらの苦労も分かりなさいっ!」
本来は穏便な彼女らしからぬ苛立った様子でムカムカしながら歩くシラギクは普段なら鋭い警戒心などが鈍くなっていた。
だから、崖上に陣取っている男の気配などにまるで気付いていなかった。
「来ましたぜ、兄貴」
「よーし、あんだけゆっくり歩いてたら狙いは付けやすいぜ……俺の一味を潰してくれた礼はたっぷりしてやる」
風体の悪い男が二人……彼らはつい先日にシラギクが懲らしめた盗賊団の生き残りであった。
情を掛けられて生き延びた二人だったが、シラギクの恩に感謝するというまでもなくすぐさまに復讐を考えていた。正に救いようのない悪党だが、だからこそ盗賊に身を落とすのだろう。
もう一人いたがそいつは臆して遠くの街にへと逃げていったが、団を率いていたリーダーと腰巾着はシラギク達の行き先を予想してここに網を張っていたのだ。
今あのケンタウロスも仲間の連中も誰ひとり、こちらに気付いてる様子は無い。道幅も狭い悪路ですぐ横は崖、仕留めるには絶好のチャンスである。
伏せたままでも使える様に持ってきたボーガンで狙いを付ける。
息を殺してタイミングを見計らっていたが、悪意と殺意をレヴィが直感で素早く察知して盗賊達が潜んでる場所を一瞬で看破した。
「おいっ、そこに誰か隠れてんぞ!」
「っ!? くそっ!」
茂みでカモフラージュしていたのにこんなあっさりバレるとは思ってなく慌てるも、崖上に陣取ってるからすぐに反撃など喰らうまい。
リーダーの男はあらかじめ狙いを付けていたシラギクに向かって、ボーガンの矢を発射した。
直前にレヴィが叫びはしたが、流石に誰も対応しきれない。
特に悪路に苦闘していたシラギクは反応が誰よりも遅かった。
「きゃっ!?」
それでも寸でのところで避けた、が只でさえ道が悪いところで下手に体勢を崩してしまったせいで後ろ足が道から外れてバランスも崩れる。
「しめた、貰った!」
もう一人が直ぐ様にボーガンを射った。放たれた矢がシラギクに向かって飛ぶ。落ち掛けてる今の状態ではかわせない。
当たる、そうシラギクが思った時にそれを庇う人影が目の前に現れた。
「ぐっ!」
「えっ、あ、貴方っ……?」
庇ったのはレヴィだった。矢の軌道を速やかに計算して、シラギクに抱き着くようにして守ったのだ。背中に矢を受けて苦悶する顔を間近に見て、シラギクはまさかこいつが身を呈してまで庇うだなんて思ってもみなかった。
だが感慨に耽る間は無かった。
庇った拍子に重心が傾いて、後ろから落ち始める。
シラギクは反射的にレヴィを抱き締めた。
「レヴィっ、シラギクっ!」
落下してしまうと危惧したライラットが掛けよって支えようとしたが、流石に鍛えられた彼女でも落下しかけるケンタウロスの重量を持ち直せる程に規格外な力は無い。
シラギクを抱き寄せて踏ん張るも、落下を阻止できたのはほんの一瞬だけ。
次の内には引き摺られるように諸共に落ちた。
「うわぁぁぁぁぁっ……!?」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ……!?」
悲鳴を木霊させながら木が生い茂る下にへと落ちて、たちまちの内に姿が見えなくなる。
レヴィが傷付いた事に動揺して初動が遅れてしまったエストーラが落ちた先を窺うも既に見えない後だった。
「くっ、この私とした事がっ……」
歯軋りして悔しがる一方で、盗賊達はご機嫌だった。
当たりこそしなかったが、ケンタウロスと言えども落ちれば無傷では済むまい。落ちた箇所に行って、手負いのところを殺ろうと悠々と引き上げようとした刹那に銃声が轟く。
「がっ!?」
呻きと共に横にいた仲間が倒れる。
驚きで振り返ったリーダーが見たのは拳銃を構えるエストーラの姿。
「このまま、ハイさよならなんて事が出来ると思わない事だね」
咄嗟に矢をつがえてボーガンを構えるより早く、拳銃の銃口から火が吹いて飛び出した弾丸は正確にリーダーの額を撃ち抜いた。
呆然とした顔のまま倒れていき、奇しくもレヴィ達のように落ちたリーダーの死体は山道に激突して頭蓋が陥没した哀れな惨状を生み出す。
それを気に留めずにエストーラは崖下に落ちた三人の安否を気遣った。
最も一番に心配してるのはやはりレヴィでライラットはまあそれなりに。シラギクに至っては不仲な事もあってそんなに心配してない落差があるが。
「……レヴィ、君だけは死なないでおくれよ」
降りられる場所でもなく、そんな道具も無いエストーラはすぐにそこから離れて別ルートを探すべく山道を散策した。
小説あるある。大体の悪党は因果応報を受ける。