調和を目指して
不協和音は未だ治らず、果たして。
程無くして気絶から覚めた一行であったが、この醜態ぶりは流石に看過できずライラットはシラギクとレヴィに説教を入れた。
反目し合うのは理解するが戦闘中にまで持ち込むな。
今回は軽傷で済んだが大怪我に発展したらどうする。
どうにか折り合いをつけて協力してくれと。
それに対して二人が返した答えは……。
「この男が土下座をして誠心誠意詫びれば考えない事もありませんわ」
「この馬が体を差し出すんなら俺は構いやしねーんだけど」
それぞれが出した答えはどっちともに納得いかず、睨み合ってガンを付ける始末。それ以上を言っても拗れるだけと思ったライラットは疲れきった顔でワイルド・ボアの死体処理を黙々と行った。
使えそうな毛皮や肉、そして牙などを手慣れた様子で剥ぎ取っていく。これらの部位はギルドに卸せばそれなりの値段になるので、旅費を稼ぐ為にもこれらは無駄に出来ないのだ。
また放置していると死肉を漁りに別の魔物やらが寄ってきてしまう事もあるので、一通りが終わったら燃やすなり埋めるなりする必要もある。
そうした作業をやってる最中にも、レヴィとシラギクの言い争いが続いていて辟易とした。
「二度も三度も乙女の胸に手を出すだなんて、どういう神経をしていますのっ? ちょっとはエチケットというのを理解したら如何ですのっ」
「そんなもん端から覚える気ねーよ。つーか、ちょっと揉んだぐらいでギャーギャーとうるせーなぁ。減るもんじゃねーし、抱かせる気もねーんならそんぐらいは許容しろよ」
「な、何て不遜な言い草っ。この究極ドすけべ男っ!」
……何と言うか、あれを収拾できる自信が欠片も無い。如何せんレヴィと迎合するまで基本ソロで活動していたライラットにとっては、仲間の間での内輪の揉め事などの対処が覚束ない点もあった。
「全く、せっかくレヴィの方から手を出してくれてるのにそれを拒むだなんて贅沢なケンタウロスだね。いっその事、調教でもしてあげようかな?」
「頼むからそれは止めてくれ。余計に収拾が着かなくなってしまう」
エストーラはと言えば、いつも通りの平常運転である。このメンバーの中ではレヴィに一番好意的で率先して抱かれたがってるのでシラギクの態度は気に入らないようだ。
まあこっちの方は元からレヴィにべた惚れしてるから論外だが、何とか気持ちに一応の決着をつけて貰いたいのであるが。
溜め息をしながら魔物の死体処理をするライラットの背中にはどことなく哀愁が滲み出ていたのであった……。
それから十数分してから、やっと処理も一段落して一行は再び歩を進め始める。ワイルド・ボアの素材で増えた荷物の一部は各々で分散して運ぶ事になり、この時はシラギクも馬体の背に乗せるなど協力してくれたが渋々といった感じが透けて見えた。
レヴィだけでなくライラット達にも邪険な態度を取るシラギクにこのままではいけないと思うも、どうやって彼女の心を開かせればいいのか悩む。
(当のレヴィは相変わらずだし、やはり私から言うしかないのか。だが今のシラギクを説き伏せるのは簡単には行かなそうだし……はぁ、気が重い)
そもそもの不協和音の原因たるレヴィが関係修復に我関せずという有り様が、余計にライラットの心労に負荷を掛ける。
いつもなら人目憚らずにレヴィに何かとべったりするエストーラも、このギスギスした空気ではする気が無いのか横を歩いてるだけに留まっていた。
自然と会話も減り、重い上に息苦しい雰囲気になる一行。
暫く歩き続けてから休憩を取る事にし、各々が一休みするが不仲を現すような距離感になる。
エストーラはすぐにレヴィに抱きつき、満更でも無さそうな顔でそのまま人気の無いところへ向かっていく。
少しは自重しろと言いたいが、あの性欲の権化には馬の耳に念仏だろう。
シラギクはと言えば、軽蔑しきった目で睨んでおり姿が見えなくなってからは無言で薙刀の手入れを始めた。真顔で刃物を研いでる姿はなんかちょっと恐いものがある。
「シラギク、ちょっと話があるんだが」
物怖じしかけたがライラットは声を掛けた。研ぐのを一旦止めて振り向いてはくれたが、あからさまに鬱陶しそうな顔をしている。
「……何ですの、手短にお願いしますわね」
「レヴィの事を許せない気持ちは痛い程に分かる。だがさっきのように、戦いの途中でもそれを引き摺るような真似をすればシラギク自身もだし、私達にも危険が及ぶ。そこは弁えて欲しいんだ」
「残念ですがそれは聞いてやれない願いですわね」
あっさり切って捨てられた。薙刀を仕舞ったシラギクは、不機嫌さを隠さない顔に侮蔑も込めた目で見据えた。
「わたくしは確かに同行する事を決めましたわ。それはあの男の毒牙に掛けられる女性が出るのを未然に防ぐ為、その動機は貴女と一緒ですわ。けれど断じてあの男の娼婦にでも仲間にもなった覚えはありません。もちろん、あの男に自ら抱かれに行ってるふしだらな貴女達とも必要以上に関わる事は有り得ませんわ」
「い、いや、それには少し語弊が……」
「お黙りなさいっ! そもそも、このような取って付けた様な関係の者達で協調をしようとなどと言うのが間違いなのですわっ。戦闘以外の事はそれなりに手伝ってあげますけど、それも極力の範囲内ですわ……ご理解なさったら不必要に干渉などしないでくださいまし」
捲し立てるように言ってからシラギクは場を離れていった。
言われた事を頭の中で反芻したライラットは反論も出来ない現状を再認識させられて自嘲気味に笑う。
「はは、そうだなその通りだ……確かに取って付けた様な関係としか言い表せない……私もエストーラも付き合いは極々短いし、レヴィの事だって詳しく知ってる訳でもない……考えてみると薄っぺらい関係だな、私達は……」
改めて自分とレヴィは近くにいるようだが、信頼や信用などそれ程に築けていない関係でしかないのを考えさせられる。
これを今後も騙し騙しして、旅を続けていくのかと思うと気が滅入ってきた。
「……このままで、良いんだろうか?」
誰にも聞こえる事無い呟きは風が吹く音だけで消えそうなぐらいに小さく、ライラットの複雑な心境を現してるようだった……。
~シラギクside~
ふん、全くもって気分が悪いですわっ。弁えろですって? どの口が言っているのかしら。自分はあの鬼畜変態に抱かれてる癖に、腹立たしいこと極まりないですわ。
けど、あの一行から離れる訳には行きませんわ。
女二人だけ侍らしてそれで満足する男とは思えませんもの、必ず今後も見境なく別の女性に手を出すのは確実ですからそれを阻止する為にも付いておく必要がありますもの。
……ほんと裏切られた気分ですわ。同じ被害に合った者同士、手を取り合って頑張ろうと思いましたのに懲りもせずに抱かれてるだなんて卑しい女に相違ありませんわ。
残りの一人も然り。こうなったら頼れるのも信用できるのも自分だけですわ、あんな破廉恥女の言うことなんて聞いてられませんもの。
「よぉ、亜人の娘ちゃん? こんなとこで何してんだい?」
あら? ふと気が付けば見知らぬ人間の男がすぐ側に居てますわ…………いえ、周りにも何人か居りますわね。物陰に隠れるようにして、わたくしを取り囲むようにしていますわ。数は十人と三人ぐらい、と言ったところかしら。
十中八九、賊の類いですわね。警戒されない様に親しみを込めてるつもりでしょうけれど、傷跡のある強面にあかさまな作り笑いからして如何にも怪しさ全開ですわ。
「ちょっとした散歩ですわ」
「そうかい。良かったら俺と少し話でもしていかねーか? ケンタウロスの女性なんて初めてだからよ」
……この男、先程からわたくしの胸ばかり見てますわ。全く、男という輩はどうしてそんなに女性の胸に鼻の下を伸ばすのでしょう。
わたくしからしたら、無駄に大きいので邪魔なだけですわ。
「俺、ではなく俺達の間違いではありませんの? その辺の草むらに隠れてるのは貴方のお仲間さんでしょう?」
「っ!? い、いや何の事を言ってんだいっ。ここにいるのは俺とあんただけだよ」
動揺を隠すのが下手ですわねぇ、目を泳がせるだけならまだしも無意識に仲間が潜んでる方向に目をやってしまっていますわよ?
まあ目をやろうがやるまいが、気配で位置は丸わかりですけれど。
「生憎と、わたくし感が鋭い方ですの。それにもたもたと時間を潰すのも好みませんので、小細工は止めたら如何かしら?」
「く、くそっ、てめぇら一斉に掛かれぇっ!」
男が叫ぶと同時に四方八方から剣やナイフを手にした男達がわたくしに向かってきましたわ。
ですが、あらかじめ位置を察してたので何人来ようと不意などは討たれませんわよ。
愛用してる薙刀、雷雹を正面に向かって一閃……三人の男の胴体を輪切りにし、続いて魔力付与で電撃を放出して七人を黒焦げにしてやりましたわ。
後ろから襲い掛かってきた輩には、後ろ蹴りをプレゼントしてやりました。
本気で蹴ってやりましたから、肋骨にヒビどころか何本か折れたでしょうけど賊相手に遠慮など無用ですわ。
「ひ、ひぃっ? ば、馬鹿な、こんなっ……」
残ったのはリーダーと思しきのと戦意を挫かれて腰を抜かしてる男が合わせて三人……わたくしは帯電してる刃を首もとに突きつけてやりました。
「ひぃぃぃぃっ! お、お願いしますっ、命だけはっ……」
恥も外聞もなく、泣きながら土下座して命乞い……はぁ、斬る価値すらありませんわね。下心ありありの目で見られたのは不快ですけれど、この程度で許してやりましょう。
「……行きなさい。これ以上、屑の血で愛刀を汚したくありませんわ。さっさと目の前から消え失せなさい」
「は、はいっ!」
転げるようにしながら逃げていく賊達。ふぅ、休憩の最中だというのに無駄な労力を使ってしまいましたわね、そろそろ戻りましょう。
ですが戻ったら、またあの鬼畜変態と顔を会わせる事になりますよね……ああ、全くもって不愉快の極みですわ。
「くそ、あの馬女め……目に物を見せてやるからな……」
盗賊を見逃すなんて甘いと思われたでしょう?
ですがこの時のシラギクはレヴィへの鬱憤を募らせる余りに、他の事に対して無頓着気味になってしまってたのです。
そうでなかったら惨めな命乞いしようが問答無用で首を跳ねてたでしょう。