昔話
シラギクとレヴィの出会い話になります。思った以上に長くなっちゃいましたがどうぞ。
レヴィに負けた悔しさから号泣すること一時間後……ようやくシラギクは落ち着きを取り戻していた。
「……こほん、見苦しいところを見せてしまいましたわね」
つい先程まで泣きじゃくっていたとは思えない平静ぶりで、その変わりようには驚く他無い。まあ自尊心やプライドが高かろうし、不本意に抱かれた男に負けたとあってはその悔しさは推して謀るべしだろう。
地面に腰を下ろしてレヴィに向き直ったシラギクは潔い態度で言った。
「内容や結果はどうあれ、わたくしが敗北した事に変わりありませんわ……さぁ、煮るなり焼くなり強姦するなりお好きになさい」
後はもうどうにでもなれというような言い草である。良く言えば覚悟を決めた、悪く言うと自棄っぱちという感じだ。
「あのなぁ……俺は強姦なんて趣味じゃねーんだよ。人をレイプ魔みてーに言うんじゃねーよ」
「何を仰いますのっ、わたくしをヤり捨てた恥知らずの癖に格好をつけるんじゃありませんわっ」
シラギクにとっては合意も無い性行為は和姦であっても強姦と同じ事という認識であるようだ。実際そこら辺の区別は曖昧だし水掛け論でもある。
とにかく、弄ぶつもりなら好きにしろと言ってるがレヴィは興が乗らなければあまりする気が無い性分であり、今ここでシラギクを性的にどうこうするつもりはぶっちゃけ無かった。
……本当のところは先の決闘で、彼女の豊満な胸を好きに揉めたからそれなりに満足してるという理由があるがそれは秘密だ。
「はぁ……氏族から出奔してまでこの男を追いかけてきましたのに、これでわたくしの苦労は全て水の泡ですわね。もうどうでもよくなってきちゃいましたわ」
くたびれたように言うシラギクの言葉にライラットが注目した。出奔というと彼女は生まれ育ったところから逃げてまでレヴィを追いかけてきたと言うのか。
自分も似たような事はしたが、彼女の場合とは色々と状況も違うだろう。
「シラギクさん、良かったらで構わないんだがレヴィとの出会い……というか因縁の発端を聞かせて貰っていいだろうか?」
「何だい?他人の馴れ初め話を聞こうだなんて、おませさんなところがあるじゃないか」
「茶化すなっ!」
そう言うとシラギクは意外にも了承してくれ、まず最初に自身の素性を打ち明けた。
「ではまずわたくしの事を話させて貰いますわね……わたくしは東方に点在しているケンタウロス族のひとつ……アヤメ氏族の族長の娘なのですわ」
「なっ、族長の娘だってっ?」
雰囲気や話し方からケンタウロス族の中でも高貴な人物だろうと思ってはいたが、まさか族長の娘だったとは思ってもみなかった。
いや待て、だとするとレヴィは例えるなら領主の娘を拐かしたようなものになるではないか。
逮捕待った無し、独房コースまっしぐら案件である。
「お前って男は見境無しにも程があるぞっ!」
「別に構わねーだろ、族長の娘だろうが妻だろうが」
「少しはその辺を気にしろっ!」
「……続けて宜しいかしら?」
言われて痴話喧嘩のような絡みを一旦止める。そして改めて話を聞くのだった。
「……あれはもう一年半も前の事でしたわね」
シラギクは当時の事を鮮明に思い出しながら三人に話した。
△ △ △
レヴィたちが現在いてるブルヘンド王国はエンドラ大陸にあり、ケンタウロス族はこの大陸の東方地方に在住している。
アヤメ氏族はその中でも最大規模に大きい氏族で、その数は五千にも昇る程だ。大体のケンタウロス族が多くても二百や三百ぐらいで集団生活をしてると言えば、桁違いに規模が大きい事が分かるだろう。
それだけの数のケンタウロスを率いる族長も並の器でなく、シラギクの父親であるマルガリス・ヒガンは文武両方を高いレベルで兼ね備えたカリスマ的存在であった。
いずれは氏族を束ねる者にと、シラギクは幼い頃から厳しい鍛練や教育を受けて育った。
狩猟の基本となる弓矢の扱いに始まり、実戦に適した戦闘技術を磨き、果ては対人スキルの向上などにも努めた。
その甲斐あって、5歳になる頃にはシラギクは器量も良しで腕も立つという立派な武人として育っていた。
(余談であるが5歳というのは人間換算で20歳ごろになり、以降は若々しい外見を長く保ち続けるという特徴がケンタウロス族にある)
純白の白馬を思わせる馬体、そして流れるように美しい金髪の長い髪は羨望さえ覚えさせた程だ。しかしその頃の彼女は父親の期待に応えようと奮闘してる一方で、異性の付き合いというのに薄々と興味を抱いていた時期でもあった。
彼女自身、端麗な容姿風貌で異性にモテる要素はあったのだが大氏族の族長の愛娘というのもあり恐れ知らずに言い寄ってくるケンタウロスの男は皆無であり、そもそもの話同族のケンタウロスの男にはいまいち恋愛感情が沸いてこなかった。さりとて他種族と付き合うなどという発想も無かった。
そんな日々を過ごしていた頃に人生で初めて出会った他種族の男というのが、誰あろうレヴィであった。
「本当に偶然と言っても良かったですわ。あの日、たまたま気分転換でいつもの狩り場でなく遠出をしていなかったら会うことも無かったでしょう」
獲物を射止めたところでバッタリ出会ったシラギクは、それまで話ぐらいにしか聞いてなかった人間を極めて警戒したが見た目だけは純真爛漫なレヴィの姿やケンタウロス族だからといって露骨な色目で見ずに真摯な対応をしてきた事もあって少しずつ警戒心が解された。
そして見た時は少女と思い込んでいたが、実は男だったというのを本人の口から聞いて驚きと共に今までに無かったタイプの男に胸が昂ったのだった。
体育会系のノリと見た目が主だったケンタウロスの男とは真逆で、絹のようにサラサラとした黒髪、ほっそりした体つきに少女のように華奢な手足、顔のパーツだけでなくどこからどこまでも男らしからぬ見た目がシラギクを惹き込む魅力があった。
それからは冒険者だというレヴィと他愛もない世間話で暫しの談笑を楽しんだシラギクは心地よい気分に浸った。狩りや鍛練以外で、こういった時間潰しをした事は無かったので新鮮な気持ちになれたのだった。
『よろしかったら……また明日来てくれませんか?暫くはこの近くの街に滞在してますから。シラギクさんとのお話はとても楽しいので♪』
『そ、そう……わ、わたくしは別に構いませんわ。ではまた明日に会いに行きますわね、ごきげんよう』
それからは狩りに行くと称して、こっそりレヴィに会いに行くというのが続いた。端から見れば逢い引きでもしてるようで父親にも黙っていた事が余計に背徳感を煽った。
尚、父親のヒガンは人間を毛嫌いしてる偏屈家であり、レヴィと会った事を言わなかったのはそのせいでもある。
そうして何度かの迎合を重ね、最初の出会いから三週間が経った。日が経つ毎に朗らかな笑顔に親しみのある雰囲気と仕草にシラギクはどんどん惹かれていった。
何より、世間一般では文明に抗って原始的な狩猟生活を営む蛮族という認識が人の大多数に染み渡ってるのに対し、レヴィは同じ目線で対話をして蔑むような目も言動も一切無かったのがよりシラギクの心に響いたのだ。
仄かな恋心も芽生え始めるも自分から想いを伝えられる決心はなかなか付かなかった。
もし拒絶されてしまったら、というのもあるが何よりも自分はケンタウロス族で大氏族の族長の娘である。恋に落ちたからといって他種族の男と容易に付き合える境遇ではなかったのだ。
そも恋愛や婚約に関してはヒガンに全ての決定権があり、シラギクが誰と付き合って結ばれるというのは自分が決める事だと常々言っていた。
それには母親は元よりシラギクも別に何とも思ってなく、政略結婚のような真似になろうと構わないとさえ考えていた。
しかし、今ではそれも揺れていた。それだけレヴィという存在が彼女の心中で大きくなっていたのだ。
意を決して父親に全てを明かして自分の心を伝えるべきか、或いはこのまま表沙汰にならないように関係を続けるのか悩んだシラギクはとうとうレヴィに自分の気持ちを打ち明けた。
『聞いてくださるかしらレヴィ。わたくし、わたくしね……貴方の事を好きになってきてますの。もちろん貴方の気持ちも尊重して一方的に押し付けるような真似は致しませんわ、けどこれだけは伝えておきたいですの。貴方とは種族が違いますし、貴方にとってわたくしは気の良い話し相手としか思っておられずとも構いません……レヴィ、貴方がわたくしの事をどう思われてるのか聞かせて欲しいですの』
シラギクにとっては一世一代の告白だった。異性に自分の気持ちを伝えるというのは初の試みであったが、何とか出来た事に安堵しつつレヴィの率直な返事を待つ。
例え、拒絶の言葉を吐かれたとしても悔いはない。
自分の気持ちを伝えられるだけでも十分だと覚悟を決めていた。
……ここで不幸だったのは、レヴィの本性に未だ気付かずにいた事だろう。
『…………重いんだよなぁ、そういうのはよぉ……』
表情を窺わせないよう、俯き加減でボソリと呟くレヴィの顔にはこれ以上ない面倒臭さそうという気がありありと分かる。
『え?何か仰いました?』
『いえ何でもないですよ。シラギクさんの気持ちは嬉しいですけど、今すぐに返事はし難くて……今夜、またここに来て貰えますか?その時にはきちんとした答えをしますから』
『え、ええ当然ですわね。いきなりこのような話を振られて即答するだなんて無理ですものっ。そ、それではまた今夜に来ますわねレヴィ』
それを素直に信じたシラギクは日も暮れた時間帯に再びレヴィの元へと赴いた。背中には愛用してる薙刀の他に何か荷物も乗せてるが中身は着替えや食糧などである。返事の次第によっては駆け落ちもしようと思ってたのだ。
頑迷な父親に人の男との交際を認めさせる説得をするのは極めて困難な事であるという理由からである。
到着すると簡易なテントの中に招き入れられ、そこでレヴィから酌を受けた。
『話をする前にこれをどうぞ。冷えてるでしょうから飲んで暖まってください』
『ありがとうレヴィ、貴方の心遣いには嬉しい限りですわ♪』
手渡された木製の杯に注がれたそれをシラギクは迷うことなく飲んだ。
確かに体がぽかぽかと暖まってきてキツすぎない飲みやすさもあり、シラギクは勧められるままに二杯、三杯とおかわりした。
ケンタウロス基準では成人を迎えてたので飲酒は初めてでなく、これぐらいで酔いなどはしないと思ってたのだが……五杯目を飲む頃にはのぼせたように顔が真っ赤になって目の焦点も合ってない酔いどれ状態になっていた。
『うぃっ、ひっくっ……は、はらぁ?ろぉしたころれすのぉ?……こ、こりょくらいれ、酔うようなはじゅはぁ……ひっく』
呂律も回ってなく、完全に酔っ払ったシラギクを前にレヴィがいよいよ素の顔を現す。
『やっと酔いが回ってきたか。この酒、キツくはねーけど結構度数が高けーから一杯だけでも酩酊するって代物なのになかなか酔わねーから、ちょっと焦ってたぜ』
『ふぇ?……にゃ、にゃにをおっひゃってましゅのレヴィ……』
酔った思考でもガラリと変わったレヴィに疑問を抱くが、考えを巡らせる余裕も無いままに押し倒された。
『流石に素面の状態だと苦労しそうだからな。けどこれでようやっと、テメーを好きに抱けるって訳だ。へへ、最初に見た時から揉みたくて仕方無かったんだよなぁ、その規格外にでけー胸をよ』
『レ、レヴィっ、あにゃた、なじぇこのようなまにぇをっ……』
ギラギラと性欲に満ちた目に飢えた獣のように舌舐めずりして見下ろしてくるレヴィは紛れもなく犯そうという意思が透けて見えた。
ここに至ってシラギクも冗談などの類いでない事がやっと分かったが、抵抗しようにも酔いが回りきった状態ではろくに動けもしなかった。
『俺は恋だの何だのにはさらさら興味ねーんだよ。そっちが恋い焦がれるのは勝手だけど、俺は一人の女に囲われるのはごめんなんでね。つー訳だから、テメーの告白は遠慮なく断らせて貰うぜ』
『そっ、そんにゃっ……』
ショックを受けたが受難はここで終わらない。レヴィは泥酔状態にさせたシラギクに魔の手を伸ばすのだった。
『おさらばする前に抱かせて貰うぜ。ケンタウロスの抱き心地がどんなんか興味もあったんでね……んじゃ、いったっだきまーす♪』
『ひやぅっ、や、やめにゃさっ……あーーーーーーーっ!』
その後、無情にもシラギクは処女を奪われる羽目になったのだった…………。
……そして夜も明けて、日が昇り始めた頃合い…………意識が覚醒したシラギクはほとんど裸の状態で捨てられたように地面に寝かされていた。周りにはテントもレヴィ本人も綺麗さっぱりと消え失せている。
何故こんな姿で地面に寝ているのかが最初は把握できてなかったが、二日酔いのように痛む頭を押さえながら何とか記憶の糸を手繰り寄せる。
『確か、わたくしはレヴィに会って……お酒を勧められてそれから…………』
そこから先は朧気になってるが、断片的に記憶は残っていた。
自分を押し倒して性交を営んできたレヴィの姿と性欲の捌け口代わりにするように気持ちを無視した一方的な行為。
それらを思い出せたシラギクの心中に、沸々と怒りが込み上げてきた。
『わ、わたくしはっ……あんな男に好きという感情を抱いてましたのっ?何て愚かな真似だったんでしょうっ、不覚っ、不覚っ、一生の不覚ですわっ!あのような下衆な性格を隠してただなんて、小狡い上に卑しい奴っ……し、しかもあの男っ、事ある毎にわたくしを馬呼ばわりしてましたわっ、何て侮辱なんでしょうっ、とてもこのまま捨て置けませんわっ!』
良いように体を弄ばれた屈辱はこのままでは済ませられない。シラギクは絶対にレヴィに鉄槌を喰らわせる事を誓った。
見回せば、己の得物である薙刀や駆け落ちの為に持参してきた荷物も同じ様に無造作に放られていた。
衣服を整え、それらを集めてからここ数日は穏やかであった顔に精魂とした戦士の顔つきになる。
そして、彼女は颯爽と駆け出したのだった…………。
△ △ △
集落は簡素な柵に囲まれた中に遊牧民が建てるようなテントが多数あるもので、これは狩り場の獲物を獲り尽くさないよう定期的に集落ごと移動をするケンタウロス族の都合の為である。
朝帰りしたシラギクに門番のケンタウロスが驚きながら事情を問うも「詮索は無用に願いますわ」と厳しい目で言われてしまい、気圧された門番はそれ以上は何も聞けなかった。
シラギクは一直線に一際大きいテントにへと向かった。ここが自身の居住してる家、即ち族長の家という事である。
『父上、シラギクただいま戻りましたわ』
入口を潜って、カーテンのように区切られた仕切りの先には険しい顔で佇むケンタウロスがいた。
他の者と比して1,5倍はありそうな薄茶色の馬体には筋骨粒々として禿頭に濃い髭を蓄えた精魂溢れる人の上半身がくっついている。
彼こそがシラギクの父親のマルガリス・ヒガンである。
その彼に付き添うようにいる大人しめな雰囲気の女性のケンタウロスが母親のマルセリータ・ボタンだ。
『…………シラギク、帰って早々だが聞かせて貰うぞ。これまで狩りと称して頻繁に出掛けていた事や昨夜は何の為に外出をした?そして朝方になって戻ってくるまで何をしていたのだ?』
口を開き、重苦しい口調でヒガンが事情を問い質す。ここ最近、鍛練にいまいち身が入ってなさそうなシラギクを不審に思いつつも一時のスランプか何かだろうと見守っていたが、決まって同じ場所へ狩りをしに行く事や人目を避けてこそこそと外出をしたというのを側近の者から聞かされてからは是が非でも理由を聞かせて貰うという強い意思があった。
シラギクは馬脚を畳んで、主君に相対する騎士のように姿勢を正して理由を話した。
『……父上、正直に申し上げますわ。このわたくしシラギクは……男との逢瀬を楽しんでおりましたの』
『何だとっ!?』
これにはヒガンも仰天する。武道一筋に教えて鍛えてきた娘が、それらを疎かにして男との情愛に走るなどと……本人の口から聞かなかったら、絶対に信じられなかっただろう。
『鍛練の時をそのような理由で潰したというのかっ?シラギクっ、私はお前をそのような腑抜けに育てた覚えは無いぞっ!いずれは我が氏族を率いようという者が、そのようなものに溺れていてどうして後を継がせられるっ』
『……返す言葉もございませんわ』
『それでっ?会っていた男というのはどこの氏族の者だ、もしや我が氏族と険悪な関係であるハイチ氏族の者では無かろうな?』
『…………いいえ、父上。わたくしが会っていたのは……人間の男でございますわ』
『なっ!!……シラギクっ、それは謀ろうと冗談で言っているのかっ、それとも本心からの言葉なのかっ!』
先程よりも語気も荒く、全身から憤怒が立ち上るヒガン。側にいる妻でさえ恐れおののいて離れた程だが、シラギクは目線をしっかり合わせた上で父親にはっきりと言った。
『いいえ父上、冗談でも欺瞞でもございません。わたくしは人間の男と秘かに付き合っておりました』
『ぬっ、ぐぐっ……シラギクっ!お前というやつはそこまで愚かだったかっ。別の氏族の男ならいざ知らず、あまつさえ人間の男と会って楽しんでいただとっ?何たる事なのだっ、このような事が醜聞として広まってみよっ。我が氏族の誇りが地に落ちるまでになるというものだぞっ、それを理解してないというのかお前はぁっ!』
癇癪から近くに置いてた酒飲み用の杯を掴むと、それをシラギクに目掛けて投げた。放られた杯はシラギクの額に当たり、切れた部分から血が滴りだすが敬う姿勢を崩さずにいる。
地面を踏み締めるように脚を動かしながらヒガンは壁の辺りに立て掛けてあった大まさかりを手に取り、それをシラギクにへと突き立てた。
『言えっ、シラギクっ!その男の素性と居場所をっ。この私自らがそやつを殺してくれるっ。さぁ、言うのだっ!』
『……申せません、父上』
『何っ?……シラギク、庇おうという腹積もりかっ?隠し立てするのならば、相応の罰をお前にも与えるぞっ』
『いえ父上。わたくしが知っているのはその男の名前と顔、そして冒険者という職に就いてるという事だけ……今はどこにいるのか、わたくしも把握しておりませんの』
集落に戻る前にシラギクは近くにある人間の街へ赴いていた。以前にそこに滞在してるという話を聞いてたのでいの一番にそこへ向かったのだ。
滅多に現れないケンタウロス、それも相当な美人というのもあって街の関門を抜けるのに苦労したものの何とか入る事ができ、真っ先にその街の冒険者が集うというギルドへの道を詳しく教えて貰い、弾丸のような勢いで飛び込んだのだが。
『レヴィ・ベルラ?……あぁ、あのやたら可愛い少年の事ですかね?』
『今すぐに呼び出しなさいっ、ギルドなら召集を掛けられるのでしょうっ!』
『いえそれは無理ですよ。召集を掛けられるのはそのギルドに所属してる人限定ですから。あの少年はここに在籍してる冒険者ではありませんので』
『な、何ですってっ!?』
今までこの街を拠点に活動してるものと思い込んでいたシラギクにとっては大きな誤算であった。
職員に話を聞けば、ある日にフラッと現れたそうで所謂流れの冒険者という事らしい。なのでどこから来たのか、詳しい素性などはギルドでも知らないという事であった。
そこからは街を駆けずり回って、寝泊まりしていたという宿を見つけるもレヴィは既に出ていった後だった。
宿の者に聞いても、どこへ行ったのかは知らないという有り様。
失意を胸にシラギクは一旦、生まれ育った集落にへと戻ってきた訳である。
『……こういう訳でして、その者がどこへ行ったのか行方が掴めない状況ですの。ですから父上に申し上げる事が出来ないという事ですの』
『な、何て迂闊なっ……呆れる他は無いなっ!』
憤りを表すように大まさかりで地面を刻むヒガン。憤然とした様子で、侮蔑するかのようにシラギクを見据える。
『シラギクっ!たった今からお前には永続の謹慎を言い渡すっ。その馬鹿な頭が冷えようが決して外には出さんっ。お前のような恥知らずを出しては氏族の名に、何より私の名誉に泥がつく。今後一切は何があろうと絶対に謹慎場から外には出さんぞっ!』
『父上……その言葉には従えませんわ』
『な、何だとっ!?』
反抗される、とは露とも思ってなかったヒガンが動揺する。今まで自分の意見に無条件で従っていた娘の言葉とは思えず、気でも狂ったかと思ったぐらいだ。
『此度の落ち度は……わたくし自身の手でけじめを着けますっ!あの男はわたくしが討ち滅ぼしてやりますわっ、それまではわたくしはっ……この氏族から出奔させて頂きますっ。これが決意の表明ですわっ!』
小刀を取り出したシラギクが後ろ手で纏めた金髪を首の辺りからバッサリと切った。あの流れるように美しい金髪の大部分が切り離され、床に敷かれた敷物の上に大量に落ちていく。
突然の断髪に驚く両親を尻目に、シラギクは素早く踵を返してテントから飛び出し、そのまま集落から疾風のように出ていったのだった。
レヴィがどこに行ったのか、見当も何もない当ての無い旅……それが例え、何年続こうと彼女は諦めないつもりであった。
最初は金髪ストレートでしたが、このような事情でおかっぱ頭になったシラギクでした。
正直いうと、どっちも捨てがたい魅力がありますね。