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小悪魔男子にご用心!  作者: スイッチ&ボーイ
第ニ章【イタズラ騒動とケンタウルス娘】
42/92

シラギク、怒髪天を突く



怨敵といっても言いレヴィにようやっと出会う事が叶ったシラギクであったが開口一番に放たれた忘却発言に思考がフリーズしかけたのだった。



「……ちょ、ちょっとお待ちなさいな?貴方、まさかとは思いますけれど、このわたくしの顔を忘れたなどという戯言は抜かしませんわよね?」



ひきつった顔で念押しの再確認。自画自賛になるだろうが、部族内では男からの交際の誘いを何編も受けていた事があるぐらいで自分の美貌には些か自信を持っているのだ。

その自分を抱いた癖に記憶が彼方に消えた?面倒事をかわす為に空惚けてでもいるのか?

もし演技ではなく素で忘れられていたら、まるでお馬鹿さんみたいではないか。



「あー……やっぱ思い出せねーな。名前は何つーんだ?」

「っ!!……マ、マルセリーヌ……シラギク、ですわよっ!これでもう、しっかりきっかり思い出しましたわよねっ!」


最初の凛とした雰囲気は既に無く、顔を真っ赤にさせている。わざわざフルネームまで言ったのだから、流石にこれでも思い出せない筈は無かろうと思ったがそれも甘かった。


「んーー……ピンと来ねーな、地味な名前だしよ」

「じっ、地味ぃっ!?」


事もあろうに名前を地味呼ばわりされた。それでもってまだ思い出さないときたもので、マグマのような怒りが心の奥底から上がってくる。

色々な罵倒の言葉が浮かぶも、余りの態度に怒りで思考がショートして何も言えなかった。

見ていられなくなったか口をパクパクさせて立ち尽くすシラギクの横からライラットがやって来て、鈍いにも程があるレヴィに捲し立てた。


「レヴィっ、お前本当に忘れているのかっ?このシラギクというケンタウロスはお前にそのっ……抱かれたそうなんだぞっ」

「へー、そうかぁ……まあ記憶にねーもんはしょうがねーだろ。そもそも一回ぐらい抱いた程度で事細かに相手の事を覚えられっかよ」

「お、お前という奴は本当にっ……!」


身勝手に横暴、ここに極まれり。

これには慣れてきたライラットも黙っておられず問い詰めるも、本人はどこ吹く風というようで、かつて抱いた相手を忘れたという事に何の罪悪感も無いらしい。



憤るライラットであったが、次に思ったのはこんな態度を取られたシラギクが怒りでオーバーヒートして暴れやしないかという事だった。

ケンタウロス族の気性や彼女自身の性格を考慮しても、レヴィの侮辱とも取れる言葉でキレる可能性は十分にあり得た。

実際、今は青筋が浮きまくって何時キレてもおかしくない風である。



だというのに更なる爆弾発言が飛び出る。



「そんじゃーよ、もういっぺん俺に抱かれてみるってのはどうだ?そうすりゃあ、思い出すかもしんねーしよ」

「っっっ!!??」



あろう事か、そんな事を言い出した。シラギクはもうまともな言葉も出ないか声にならない叫びを上げる。



「な、なに馬鹿な事を言い出してるんだお前はぁっ!」

「何だよナイスアイデアだろーが、なぁ?」

「そうだね、人肌に触れたら想い出がふっと浮き出るんじゃないかい?」

「二人纏めて、頭が湯立ってるのかっ!?」



なぜこうも神経を逆撫でさせるような事ばっかり言うのか、気がしれたものでなくライラットは頭を抱える羽目である。

が、悩むよりも先に背後からおぞましいとも言える異様な気配を感じて急いで振り返れば羅刹もかくやの形相のシラギクがいた。

宥めようと声を出し掛けたところで、先にシラギクのヒューズが音を立ててプッツンしてしまったのだった。



「完全にぃ…………ブッチキレましたわーーーーーーっ!!」



遠方にまで轟きそうな怒りの声。燃え上がった怒りを表すかのように、彼女の体から放電してるかのような電撃まで見える。



いや、違った。本当に電撃が迸っている。より正確には彼女の持つ薙刀から発されていた。付けていたカバーは電熱で焼き焦げたか、ボロ炭のように崩れてしまっている。



その電撃が纏った薙刀をシラギクがレヴィにへと突き立てようとし、レヴィとエストーラは互いに別の方向へ身を引いて寸でのところでかわされたが……バチィっ!と激しい音と稲光のようなものが出て、刃先が刺さった地面にくっきりと焦げ跡が残される。

突き刺さった刃を抜き、バチバチと電気を帯びた薙刀をレヴィにへと突き付けた。


「容赦も慈悲も必要ないようですわねっ!その腐った性根を叩き直してやりますわっ、覚悟しなさいっ!」

「何いきなりキレてんだよ、正直引くぜ」

「お黙らっしゃいっ!」


この期に及んでも悪びれない態度で、ますますシラギクの怒りはヒートアップするばかりである。

その剣幕にライラットもエストーラも気圧され、止める余裕も無いぐらいだ。



「わたくしの愛槍、雷雹らいひょうの錆びにしてあげますわ、覚悟ぉぉぉぉーーーっ!」



頭上に上げた薙刀を両手で回転させながらシラギクが猛然と突進してくる。

馬蹄の音を轟かせながら突撃してくるそれは、さながら重装騎士のごとき迫力だった。

無論、生身の人間が轢かれては危険であり、素早く態勢を立て直したレヴィは進行方向から離れた。



だが、シラギクの横薙ぎに払われた刃が迫る。電撃を帯びたそれに触れただけでも多大なダメージを負うだろう。

それをレヴィは海老反りという柔軟な体を存分に生かした動きでかわし、曲技のようにバック転も交えながら薙刀の範囲外に逃れる。


「ふんっ、ちょこまかと逃げるのだけはお上手なようですわねっ。流石、わたくしを辱しめた後にさっさと行方を眩まして逃げただけはありますわね。ですが今度は逃がしませんわよっ!」


薙刀を構え直したシラギクがより戦意を高めてレヴィを睨んだ。それに面倒臭そうな顔をしながらも、戦闘するのを選んだようでレヴィは魔力を高めて向き合う。


呼応するようにエストーラが銃を抜き掛け、ライラットが窘めた。


「おい、加勢する気か?」

「だからどうしたんだい。理由があろうと、個人的な私念で襲ってきた相手に一騎討ちで挑む必要性など無い筈だよ」

「だ、だがな、あのケンタウロスがあそこまで怒ってる大元の元凶はレヴィなんだぞ。その私闘に第三者の私たちが加わったら、ややこしい事に……」

「じゃあ何だい?愛しい人が戦うのを手を出さずに傍観していろとでも言う気かい。それでレヴィが大怪我を負っても君は何も思わないと?」

「そ、それは……別に私にとってあいつなんか愛しくもないし、痛い目に合うのなら、寧ろ精々するぐらいだ」


ちょっと心に引っ掛かるものがあったがライラットはそれを無視し、言い淀んだがレヴィが怪我をしてもそれは自業自得という考えを言った。

もちろんそんなのでエストーラが納得する訳もなく、こっちはこっちでやるだけだとばかりに銃を抜いて照準を合わせようとした。



「待てよ、エストーラっ!手は出すんじゃねーよっ」


「えっ?」



ところがここでレヴィの方から手出し無用という言葉が放たれてエストーラもライラットも虚を突かれた。

特に驚いたのがライラットだ。あの性格だから決闘なんて端から受けずに自分たちも遠慮無く戦わせようとさせるものと思い込んでたからだ。


どういう意図で加勢をするなと言ってるのか分からないライラットたちを尻目にレヴィは強気に煽った。



「この馬女は俺が直々に相手してやるからよ」

「馬、ですって?どこまでもわたくしを虚仮にしてっ、そんなに痛い目に合いたいのかしらっ」


ケンタウロスは半人半馬の亜人だが馬と呼ばれるのは何よりも嫌う。それを真正面から言われた事で、シラギクはますます怒りを募らせた。

それに呼応するかのように薙刀に帯電してる電撃がバチバチと激しく鳴る。



「芯まで焦げさせてやりますわっ、『擊閃げきせん』っ!」



薙刀を大きく振るうと、半月状に形成された電撃が宙を走った。その場から跳んでかわした後、電撃は地面を深く穿ちながら電熱で周囲の地面を焼き焦がした。

高電流に加えて斬擊の威力……これは防御は極めて難しいだろう。となると避けるぐらいしかない。


「まだまだこれからですわっ、はぁぁぁぁぁぁっ!」


長大な薙刀を普通の剣のように振り回して先程と同じ電撃の刃が幾つも放たれる。かすっただけでも危険なそれらをレヴィは紙一重の動きでかわしていく。


見事な動きであるが攻めない以上はじり貧に陥るだけだ。レヴィ自身、その事は承知してるがこの電撃の刃を掻い潜りながら接近するのは難しかった。

それに近づけたところで自分の得意な肉弾戦に持ち込むより先に、シラギクの持つ薙刀が襲いかかってくるだろう。



(騎馬兵は歩兵より強いのは当たり前だしなぁ……お、そうだ。良いこと思い付いたぜ)



ニヤリと底意地が悪そうな笑みをすると、レヴィは挑発するかのように喋りだした。



「ケンタウロスってのは勇敢な亜人らしいがよ、実は臆病なんじゃねーのっ?」

「な、何ですってぇっ?何を根拠にそのような事を仰いますのっ、馬鹿にするのも大概にしなさいっ」

「いやほんとの事だろ?だってお前、俺に近寄らないで離れた場所から攻撃してきてんじゃねーか。それってよ、俺に近づくのが恐いって事だろ」

「い、言わせておけばっ……」



顔を真っ赤にさせてシラギクは憤慨する。別に近寄らないでいたのは、相手の間合いに迂闊に踏み込まないという堅実な戦術というだけである。

何か武器を取り出す様子も無かったので、徒手空拳というスタイルを予想しての事でもあった。

私念に駆られつつもその辺りは慎重深かったのだが、レヴィの煽りがその慎重深さを壊した。


「良いでしょうっ、それ程までに言うなら行ってやりますわよっ。最も近づけたところで、貴方の勝機など皆無ですけれどねっ!」


シラギクが馬蹄を轟かせて猛然と突っ込んできた。精神耐性の低さに内心でチョロい奴と思いながら、レヴィは機を窺うように立っている。



離れた距離を馬の脚力で瞬く間に詰め、レヴィの横を通り過ぎる間際に電撃を帯びた薙刀を袈裟斬りに振るった。

スピードも乗せた重く速い斬擊、それに電撃も加味した威力は相当なものであろう。



だが、振った刃に手応えを感じなかったシラギクは速度を緩めながら後ろを確認した。さっきまでレヴィがいた場所には誰もおらず、かわされた事に舌打ちしつつ辺りを見回して探した。

しかし、ざっと見渡した限りではライラットたち以外にどこにも人影が見えない。


「どこにおりますのっ、こそこそ隠れていないで出ていらっしゃいっ!」

「ここにいるぜ、馬女」

「っ!?」


すぐ後ろから声がして動揺しながらも、馬体を翻させて振り向く。ところが後ろには誰もいない。


「あの男っ……一体どこに……」


そこでふと、背中に何か重みを感じた。例えるなら誰かが乗ってるような感じで。



まさかと思い、首だけを向けて自分の背中を見ると。



「なかなか乗り心地いーな、お前の背中はよ。長旅に重宝できそーだぜ」



いつの間に飛び乗ったか、レヴィが優雅な様子で馬体の背中にいたのだ。これにシラギクが今までで一番に怒った。


「あ、貴方っ、何て無礼な真似をっ!わたくしたち、ケンタウロスの背中に無思慮に乗るなどっ……赦しがたい所業ですわよっ!今すぐに降りなさいっ!」


ケンタウロスは馬と同列扱いされるのを何よりも嫌う。即ち、馬乗りにされるという事は最大限の侮辱という事になるのだ。

この事を知ってたかどうかは分からないが、レヴィの性格上だと知ってて敢えてやった可能性も大きいだろう。


「降ろしたいんなら、力ずくでやってみたらどーなんだよ?」

「そう……なら、振り落として差し上げますわっ!」

「うおっとっ!?」


言うが早いかシラギクが背から振り落とそうと激しく体を跳ねさせた。嘶くように立ち上がり、それからは地面をバウンドするように跳ね回る。

さながらロデオのようで、これを手綱も何も無しで耐えるのは不可能に近い。



「さっさとっ、落ちなさい、このっ!」

「そうは、いくかよっ」



振り落とされるのを防ごうと、咄嗟にレヴィはシラギクの体のある一点を掴んだ…………両手でも余りきる程に大きい胸を。



「ひやぁっ!?ちょっ、貴方っ、どこを掴んでっ……は、はぅんっ!て、手を離しなさいっ、この変態っ」

「落ちるから嫌だねっ、離せってなら降参しろよこーさん」

「だ、誰が貴方みたいな下衆に降参など、死んでもお断りですわっ……はぁんっ!や、そんな、強く掴むんじゃありませ、ひぅっ」



手が食い込む程にがっしり胸を掴まれて、次第にあられもない悲鳴が出始めた。振り落とそうと激しくすればそれだけ掴まれた胸に力が込められて、ちょっと気持ちよくもなりだしてシラギクは軽いパニック状態に陥る。



そして観戦者二人は、その光景を見て思い思いの気持ちを吐露した。



「あ、あいつ、こんな時にまで何てはしたない真似をっ……」



ライラットの方は女性を辱しめるような真似に憤りつつ、激しく胸を揉まれてる様に内心ではドキドキしっぱなしでおり。



「羨ましいねぇ、私もまだあんな風に揉まれた事は無いのに……にしても結構な大きさをしてるじゃないか、どれだけのサイズなんだろうね」



エストーラは羨ましがると同時に、自分を確実に上回るシラギクの胸囲に興味津々なご様子である。そっちの気もあるので。



そうして、シラギクの口から悩ましい声が断続的に出て一際大きい声が漏れた時に彼女の馬脚が縺れて横倒しに地面に倒れた。


「あぁっ!……は、ふう、ふぅ、こ、こんな真似をしてっ。絶対にぶちのめしてやりますわっ」


散々に揉まれてしまった胸を押さえつつ、闘志を漲らせるシラギクであったが手に持っていた薙刀が紛失してる事に気がつく。

だが探す前よりも先に、首に刃が突き付けられた。



「お探しの物はこれかよ?」

「あっ……」



地に倒れたシラギクを見下ろすレヴィの手には、愛用の薙刀が握られていた。武器を取られた上にこの様である。勝負ありとしか言えない状況になってしまったシラギクは呆然とした顔になる。


「どうすんだよ?素直に負けを認めんのか、それとも延長戦でもするか、どっちなんだよ?」

「……ぅ……」

「あ?」



嗚咽が漏れたかと思ったら唐突にシラギクの目から大量の涙がボロボロと溢れだし、遂には子供のように泣きじゃくりだしたのだ。



「うわ~~~~んっ!わだぐじっだら、なんで情げない~~っ、しゅ、出奔までじで追い掛げでぎで、敢えなぐ敗れでじまうだなんで~~っ」

「お、おいマジ泣きしてんじゃねーよ……」

「うっざいでずわっ、ほっどいでくだざいまじ~~、え~~~~んっ」



凛々しかった雰囲気は既に無く、悔しさのあまりにか大泣きするシラギク。

流石のレヴィも泣きわめく相手を邪険には出来ず、何とか宥めようと必死こく姿にライラットは苦笑していたのだった。







鬼畜レヴィもマジ泣きの女の涙にはタジタジなのでした。

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