少年からの誘い
「し、少々お待ちくださいねっ」とレヴィが出した素材を手に持った受付嬢が奥へと引っ込んでいった。ありふれた物などでなく、一級品の数々なのだ。即この場で買い取りをするのは難しいし、このギルドでは初めての物ばかりなのでギルドマスターにも知らせに行ったのだ。
手持ち無沙汰で佇むレヴィに、三人組の冒険者が近寄っていく。比較的若い軽戦士風が二人と狩人を思わせる格好で年配の一人は、このギルドでは中堅に位置するパーティだがリーダーの狩人風の男のその目は欲望でギラギラしている。
三人の目的はレヴィであるが、ナンパのお誘いなどというものではない。自分たちのパーティへの勧誘が目的である。その理由は言わずもがな、金儲けの為だ。
そこそこに冒険者活動をやってる彼らでも、レヴィが出した希少な素材は小耳で挟んだだけの逸品。そんな物をホイホイと出したポシェットの中には、まだ珍しい物が入ってる可能性とてある。
上手く勧誘できた後はポシェットを奪うという選択肢はもちろん、レヴィ自身に取らせてくる方法もあった。見た目からは考えにくいが、希少な素材を効率良く採取できるノウハウを持ってるかもしれないからだ。素材採取の依頼は入手の難度が高い分だけ報酬も上がっていく。それにギルドに卸すよりも個人で売買すればもっと儲けられるかもしれない。
そしてあの見た目だ。女日照りの三人からしてみれば、高嶺の花とも過言出来る容姿。男と知っても尚気を惹かれてしまう程だった……何だったら、上の口でやっても構わないという欲まで抱いていた。
邪な考えを持つ三人がレヴィの元に向かい出して、声を掛ける前に立ち塞がる者が現れた。その人物は誰あろう、ライラットである。
「……何だあんた、そこをどけよ。あのガキに用があんだ」
「用だと?言わなくてもお前らの顔を見れば察しは着いてるぞ、大方珍しい素材目当てだろ。上っ面の言葉で誘って、楽に儲けたいってところか?」
「あっ?済まねぇが、何を言ってんのか分からねぇ……」
「惚けても無駄だぞ。欲望に染まった目で魂胆はバレバレだからな」
図星を言われて狩人風の男はたじろむ。これでは適当に誤魔化すのは難しそうだが、かといって人目のあるギルド内で強行突破するのも出来かねる。暫し考えあぐねたが、狩人風の男はその場は無理に食い下がらずに引くことを選んだ。下手に騒いで注目を集めたくもなかった。
「ちっ、行くぞてめぇら」
「へい兄貴」
苦々しい顔で去っていく三人組をライラットは油断ない目で見ていた。実績はあるのだが素行はお世辞にも宜しくないパーティなのは知っていたのだが、やはりろくでもない考えでレヴィに近付こうとしていたようだ。
知り合ってから間もないが、あの綺麗な少年が他人の欲望に使われるところは見たくないという気持ちが出始めている。
そうやり取りしてる間に、素材の換金が終わったらしく目を向けた先では満面の笑みの受付嬢が買取り代金が入ってると思われる小袋をレヴィに手渡していた。遠目に見てもずっしり中身が詰まってるのが分かる。あの素材の価値を鑑みれば妥当な量かもしれないが、それでまた周囲の視線が集まっている。
このままだと、また欲に呑まれた人間が寄っていってしまうかもしれない。いざこざが起きない内に早めに出た方が良いという忠告をするべきかとライラットが悩んでいると。
「えーと……あ、ちょうど良かった。少し良いですか?」
「え、わ、私に何の用なんだ?」
誰かを探すようにしていたレヴィの方から声を掛けられて、ライラットがたじろぐ。異性と認識したせいか、やたらドキドキとしてしまう。
「ちょっと相談したい事があるんです。知り合って間もないのは分かってますけど、出来るならあなたに……ライラットさんにまず頼みたい話なんです」
「う、うむ……ま、まぁ聞いてあげても良いんだが……」
「どうかしましたか?ちょっと顔が赤いですよ」
「い、いや別にっ、何でもないから気にしないでくれっ」
ライラットの顔には仄かに朱の色が出ていた。真摯な顔で上目遣いに言われ、その顔立ちも相まって絶対的破壊力に満ちていたせいだ。動悸を抑えつつ呼吸も整える。一体何の話なのか分からないが、取り敢えずライラットは話を聞く事にした。
なるべく落ち着ける場所(テーブルと椅子が置かれてる談話スペース)に移動してから、彼の相談というのを聞くと自分と臨時でパーティを組んで欲しいという内容だった。
「その、ぼくってこの通りの見た目でしょう?ちょっと質の悪い人に絡まれやすいって言いますか……男なのにナンパとかにも会いやすくて、冒険者として活動する上で困ってまして。それでライラットさんには用心棒代わりっていう言い方になっちゃいますけど、ぼくと臨時パーティを組んで貰いたくて」
まぁ確かにそうである。レヴィとの初対面時が正にナンパに会ってる最中だったし、ここまで来るだけでも度々お声がけされていた。特に男から。
これでは冒険者として動きづらかろうというのはよく分かった。それでそういう輩を近付けない為に自分にこの話を持ち込んできたようだ。
「受付の人から聞きました。ライラットさんはこのギルドだと上位のベテラン冒険者って。なら用心棒としては問題ないですし、それにぼくに付き添ってくれたりもしてくれましたから、組んでくれるかもって思ったんですけど……どうですか?」
「う、うん、私としては別に……断る理由とかは無いんだが……ひとつ聞いて良いだろうか」
「何ですか?」
「臨時、という意味だ。余計ないさかいを起こしたくないなら別に一時だけという縛りを付けなくとも良い筈だろう?少なくともこの街に居てる内なら、ずっと組んでいても私は構わないが」
それに対しての返答は、意外な事だった。レヴィがわざわざ臨時と言ったのは、街に滞在する期間が極短いからという理由だった。
では滞在期間がなぜ短いのかと聞けば、冒険者であるがフリーだからという事だった。
フリーというのは決まったギルドに所属せずに、各地を旅して回るスタンスの冒険者の事を指す言葉である。聞くだけなら何て事は無さそうに思われるが、特定の場所に長く居ないという事はその現地の情報や人脈に至るまでが変わる度に一新されるという事になる。収入も不安定になりがちなので、フリーなどになるよりもその街のギルドに所属した方が良いと考える者が大多数だ。
「なぜフリーをしてるんだ?それだと生活面でも苦労しがちだろう」
「ぼくは……色々な景色、というか世界を見てみたいって思ってるんです。街のギルドに所属していたら基本はその土地から離れにくいですし……見聞を広める為に冒険者をやってるって感じなんです」
そういう彼の表情には、生き生きとしたものがあった。まだ見ぬ地を自らの足で回る事が楽しいと言うかのように……これまで目先の事柄だけに集中してきたライラットにとっては眩しく見えた。
実を言えば、ライラットはこの頃は指針というかハッキリした目的が定まってなく将来へのビジョンが朧な感じだった。
適度に依頼をこなしてそれなりの収入を得て、そこそこの生活を維持するだけに留まっていたがレヴィを見ているとそんな単調な日々を過ごしてるだけで良いのかという疑問が出てきた。
ひょっとするとこれは転機かもしれなかった。自分がこの先どういう道を進むべきかを見定める為の事だと……一時でも良いから彼と一緒になる事で、何かを変える切っ掛けが生まれるかと思ったライラットはレヴィの提案を呑んで、臨時のパーティを組む事が決まったのだった。