性悪ピエロのお遊び提案
「しかし、悪魔が相手とはな……やはり手強い相手なんだろうか」
塔に向かう途中、森の中を進んでいる時にライラットが呟いた。
悪魔……それは名前だけでも広い地域に伝播しており、総じて摩訶不思議な術を行使し、並の魔物を凌駕する力を秘めてるという存在と伝わっている。
それらは魔界と通称される異界で群れる事なく個々で生きており、自らがこの世界に来ることは無いとされているが召喚というプロセスを挟めば自在に行き来が出来るという話である。
召喚は悪魔を喚び出せる曰く付きの魔道具を使用するか高レベルの魔導師が召喚陣を丹念に築いて喚び出すという方法があるそうだが、それで現出した悪魔は決して召喚した者の命令など聞かず、いずこかへと消えて勝手気ままに暴れる迷惑な存在である。
これまで邪教徒や野心溢れる者が幾度となく召喚し、その度に召喚者を殺すかなどして解き放たれた悪魔がもたらす被害は酷いものだった。
これに辟易した時のアルトネリア皇国の為政者は、各国と協同して悪魔召喚やそれに準ずるあらゆる技術などを徹底的に隠匿、破棄、抹消。万一に行った者は、親族に至るまで弾圧という厳しい手段を取り続けた。
なので、悪魔召喚の方法などは現在は廃れたものとなっており、ライラットも悪魔を見たとかいう情報など全く聞いた事すら無かった。
引退した冒険者が武勇伝混じりに悪魔退治とかの話をしてたような気もするが、実際に出会った事が無いのでどれだけの相手なのかいまいち分からなかった。
「エストーラは聞いた事ぐらいはあるか?」
「いや、全然無いね。カビの生えたような話に興味なんて無かったから」
ベテランの二人でさえ、この調子である。それだけ悪魔というのが人の歴史から消え去って永い証明だ。
「レヴィはどうなんだ?」
「そうだな……手強いだの何だの以前に、そのパプキンって奴が本物の悪魔かハッタリかましてるだけの偽物なのかを確かめてみるのが先だな」
「確かめるって……何か方法でも知ってるのかい?」
「まぁな。その為には本人様に会わねーと駄目だけど」
本物の悪魔かそうでないのか確かめられると事も無げに言うレヴィに、エストーラは「流石はレヴィだね♪」と惚れ惚れしているがライラットはどこからそんな知識を仕入れているのかが気になる。
あの歳で今では出現もめっきり無い悪魔の見分け方をどうやって知りえているのだろうか?
(まさかとは思うがハーフエルフの血筋じゃないだろうな)
悠久の時を生きれるエルフとの混血児であるなら年若い見た目に反して多くの経験と知識を蓄えられるので、ライラットはそんな可能性を見いだしたがそれだと冒険者のライセンスカードにその情報が記載されてない事になり、それはすなわち偽造しているという証拠に他ならない。
だが、今まで何の問題もなくギルドを利用してるという事はバレていないのかそれとも違う事の証なのだろうか。
(……今は考えても埒が明かないか。その内にあいつから聞き出してやろう)
そう胸に秘めながら歩くこと暫く…………塔に近付いてきた辺りで周りの空気が変化した事に気付いた一行は足を止めた。
「……何か嫌な空気だな」
ただ強い魔物がいるような気配ではなく、その場の空気を重くするような感じにライラットが体を強張らせた。
「お前ら、いつでも戦れる態勢に入っとけよ……これは当たりかもしんねーぞ」
そう言うとポシェットからモノクルのような道具を取り出し、それを右目にへと付けた。何なのかと聞くとあらゆる物の本質を見通すという『真実の眼』という魔道具であるそうだ。
「こいつを使えば正真正銘の悪魔かどうか一発で判定できる」
「そんな物をどこで手に入れたんだ」
「色々とあんだよ、色々と」
「またボカすような事を言って……」
「モッキッキッキッキッキ♪モッキッキッキッキッキ♪」
入手経路をはぐらかされたて不満そうにしていた時に奇妙な笑い声が辺りに響いた。
熟練者らしく、即座に武器を構えて戦闘準備に入ったレヴィたちの前に子供の背丈並みに小さなピエロがフワフワと空中を浮かびながら現れた。
「モッキッキッキッキッキ♪おいおいおいおいおいおい、誰の断りで足を踏み入れてんだ?この森はこのオイラの……悪魔であるパプキン様のテリトリーなんだぜ、土足で入る前に挨拶のひとつぐらいはすべきだろうが?モッキッキッキッキッキ♪」
口を開けて笑うピエロ。その口には風貌に似つかわない鋭い牙がズラリと生えている。小さな体とは裏腹に、放たれるプレッシャーが大きくライラットは侮りを捨てる。
「パプキンと名乗ったな?貴様があの村におかしな呪いをかけた奴だな」
「モッキッキッキッキッキ♪おかしな呪いだぁ?なーにを言ってやがる、オイラは呪いなんてもんはかけてねーぜ。ただ、退屈な毎日を面白可笑しくさせる為にした善意の行動をしただけだぜぇ?」
ケラケラとパプキンは笑いながらそう言う。そこには呪った村人たちをただ嘲笑って自分が楽しんでるというのを如実に表してるようだった。
「なるほど、君的には呪いという認識は持ってないようだね……言うならお遊びの延長線といった感じかな?余計に質が悪いけど」
「モキキキキキキッ♪そうともよ、その通り。オイラは質が悪い性悪悪魔だかんなぁ、モキキキキキキキキキ♪」
悪びれもしない態度にライラットとエストーラが侮蔑の目を向けるが、パプキンはせせら笑うばかりだった。
何というか言動の一々が腹を立てさせるように思えて、必要以上に気が立ってしまっている。
ひょっとするとわざと煽るような事を言って、こちらの冷静さを欠けさせるつもりなのだろうか……残念ながら表情があるのかどうか分からない顔では真意は計れなかった。
そして『真実の眼』でパプキンを観察していたレヴィは確信する。
「どーやら、正真正銘の悪魔さんらしいなお前」
「モキキキッ♪何だぁ?その変な道具でオイラの事を調べてたのかよ、ご苦労な事だなぁ。オイラがわざわざ言ってやってるってのによぉ」
「ただ…………」
「んん?ただ……何だってんだ?」
「実力の方はあまり高いとは言えねー方だろ?」
その言葉が出ると同時に、パプキンがピタッと停止したように動かなくなる。会った当初から薄笑っていた口は真一文字に閉じられ、感情を消したような顔でこちらを見つめている。
「レヴィ、何故そんな事まで分かる?」
「こいつはな。大まかだけど、相手の強さを測れる事も出来んだ。ハッキリとした数値化ってゆー贅沢はねーけど、大体の力は分かんだ」
『真実の眼』には本質を見通すという以外に、モノクルで見た対象が自身にとって脅威であるかどうかを教えてくれる機能もあったのだ。見ている対象が赤いほどにより脅威が高いという事になり、パプキンの場合は悪魔に違いないがうっすら赤い程度しか無かったのでレヴィは悪魔としての位は低い方と判断したのだ。
一方でその変容に不気味さを感じ、ライラットが戦斧を。エストーラが拳銃を向けていたが唐突にまたニヤつきだした。
「モキキキキキキ♪ごめ~いさつ~。その通りよ、オイラは悪魔の中じゃ格下って部類に入っちゃうもんだよ。けど、だからって簡単に倒せるとか何とか思ってるならその認識を改めろよな~?」
意外であったが自分は悪魔の中では格が低いとあっさり公言してみせ、おどけた感じでくるくると回っているパプキンであるがその素直さが逆に警戒心を抱かせた。
「それでお前ら。一体何の用で来たんだ?」
「もちろん、貴様に用があってだ。村人の呪いを解かせる為にもここで倒させてもらっ……」
「呪い?良いよ、解いてやってもいーぜ」
「はっ?」
これまたあっさりと呪いの解呪を認めた。ブラフがそれとも嘘なのか、レヴィはパプキンの動きを注視しながら聞く。
「ずいぶんとあっさり言うな。何か裏があって言ってんのか?」
「モキキキキキキ♪な~に、単純に飽きてきたって話よ。最初は楽しんでたんだが、日にちが経ったら見飽きちまってなぁ。またぞろ、違うやつでも掛けてやろうかって思ってたとこなんだよ」
村人からすればとんだ迷惑だが、飽きてくれたのならそれならそれで良い。ライラットが武器を構えながら早く解呪しろと言う。
「飽きたというなら都合が良い、さっさと解け」
「ん~~~~っ……解いてやってもいいがぁ……その前にちょっとしたゲームでもしようじゃねーか」
「ゲームだって?」
パプキンが指をパチンと鳴らす。
すると眩んだかのように姿がブレたかと思うと、背後から全く同じ姿のパプキンが一体。更にもう一体が現れたのだ。
「「「モキキキキキキッ♪ゲーム内容は至って簡単だ。3対3に分かれての鬼ごっこ、本物のオイラを捕まえられたらそっちの勝ちだ。制限時間は1時間。それまでに捕まえられなかったらオイラの勝ちって話よ……それじゃ、たった今からスタートだぜっ!」」」
3体揃ったパプキンが同じペースでゲーム内容を説明し、分身とも分裂ともつかない技にレヴィたちが驚いてる間にそれぞれがバラけて、別々の方向にへと地上を走っていく。
唐突な遊びの提案もそうだが、相手の同意も確認せずに自分のペースで話を進めて開始とは如何にも悪魔らしい勝手さである。
「し、しまったっ。いきなり増殖したのに気を取られてしまった!どうする?」
「落ち着きたまえよライラット。レヴィ、君の付けてるモノクルで本物の判定とかは可能なのかな?」
「……生憎だが、こいつの判定はよ。一瞬じゃ駄目なんだよ、最低でも一分は対象を見てねーと発動しねーんだ。こういう風に相手も自分も動き回ってる中じゃ、これはそう役には立てねーよ」
この『真実の眼』はどちらかというと、相手と何らかの交渉をしてる時に使うのが最も効果的なのだ。
相手の本質を覗いて、信頼に足る人間か。それともこちらの脚を掬おうと画策してる欲深な奴かを見極める時には便利な物であるがこういった流動が激しい場面においては使いがたいのだ。
「ふむ、ではどうしようかね。三人で一体を追うか、それとも私たちも三方に分かれて追うか……」
「だが、格が低いからといって実力は未知数なんだぞ。個々に分かれた場合に捕捉できたとして、対応できる相手なのか?」
ライラットがそう懸念するも、こればかりは実際に戦りあわない事には分からない。力押しの一辺倒でなく、搦め手を主に使う戦法を取ってくる事もあり得るが生憎と考察を重ねてる時間も今は無い。
「ここで考えてても仕方ねー。どのみち、本体をぶっ飛ばさねー事には終わりがねーんだからな。多少のリスクはあるだろうが、ここは俺らも三方に分かれて奴らを追うぞ」
「おお、流石はレヴィだ。潔い発言に男気を感じてしまうよ。ではレヴィ、もし私が本物を見事に退治した時にはご褒美を貰えると嬉しい……」
手を取りながら言ってる途中で、ライラットに引き離された。目の前で夜の性活の話をされるのは気に食わないらしい。
「そういう話は後にしろ。と言うか、盛るのも状況を考慮してからやれ」
「おやおや、嫉妬でもしてるのかい?ゴツい君と違って、私は女らしい曲線美に恵まれてるからねぇ。自分が相手をされないという危機感を持つのも、自然な事だろうけど」
見せつけるように悩ましいポージングを取って、ライラットより上のサイズである胸を強調して余裕の表情で見せる。
カチンと頭に来たライラットは、煽るように言い返す。
「ふん、大きければそれで良いって話でもないだろう。寧ろ、お前の貧弱な胸筋ではその内に垂れてくるんじゃないか?私には縁のない話だが、そっちにとっては死活問題だな」
「……言うじゃないか。私より先に愛人になれたからといって調子に乗ってるのかい?」
「そ、そんなのは関係ないだろうがっ。愛人になったのは別にこいつの事が好きになったからとかではないしっ!」
「なら私が彼にアプローチを掛けても君にとやかく言われる筋合いは無いと思うけど?」
あくまで義務感から付いているライラットと、惚れたので自分から愛人にと名乗り出たエストーラではやはり温度差があるようだ。
いがみ合うようにお互いにメンチを切ってから、そっぽを向いてそれぞれパプキンが逃げ去った方向にへと走っていった。
「……まぁ、あいつらならあのレベルの悪魔相手でも勝てんだろ(パプキンって野郎が正面から正々堂々と戦うような奴だったらなの話だけどな)」
そして、レヴィもまた逃げたパプキンを追いかけに走るのだった。