幕間 追いすがる者
レヴィたちがウエストピークを騒がせていたバンディットゴーストの一味を撃退してから、数日後の事であった。
レスタードの冒険者ギルドで受付嬢をしているミーティアは物憂げな顔でため息を吐いていた。
「はぁ……わびしいもんがあるわねぇ」
わびしい……何がわびしいかと言えば、この街で有力な冒険者だったライラットが行方を眩ましてしまった事である。
彼女がいなくなった影響はそれなりに大きかった。
何せ、辺境の街では有能で頼れる冒険者は数少ないという事情がある。
有能=仕事を選べるというなら、報酬が高めな都市部にへと向かう者が結構な数でいるからだ。
辺鄙な田舎街に留まってくれるのと言えば、地元出身で愛着があるか実力が低いからやむ無しという二択に決まってくる。そうなると冒険者のランクとしては微妙な者が多く偏ってしまうのである。
だから高ランクの冒険者は地方のギルドでは重宝されてるのだが、そうだといって引き止めようと特別扱いして差別化してしまったら低ランクの冒険者から苦情も奮発してしまうなどこの辺りは地方ギルドでは悩ましい問題となっている。
そんな中でB級のライラットがいなくなってしまったのは大きな痛手であった。
「やっぱり、あの子と何かあったのかしら……」
あの子とは少女のような風貌をした少年冒険者のレヴィの事である。ライラットが街から出ていったのと前後して彼も去っていったのは偶然の一致とは思えず、一部では彼を追いかけていったのではという噂まで立っている。
ストイックな性格をしてるだろう彼女が地元を離れてまで執着したのだろうかと疑問に思ってるが的外れだとも思えなかった。
「まぁ、ここでやいやい言ってても仕方ないんだけど」
そもそもギルドに冒険者を永久拘束させるような権限など無いので、どちらにせよ去り行く者を引き止めるには説得ぐらいしか無いので去られてしまったらもうどうにもならぬ。
でもせめて顔馴染みの自分にぐらいは別れの一言ぐらい言って欲しかったなと寂しい気持ちを心にしまい、ミーティアは黙々と事務仕事に取り組んだ。
だが、机に向かってから暫くして表の方がガヤガヤと騒がしい。どよめきのような声も聞こえるが何なんだろうか?
ざわめきが収まらないので集中が途切れたのもあって、ミーティアは机から立つと受付の方にへと回った。
「ちょっと何かあったの?ざわざわとうるさいんだけど」
「あ、ミーティア、あれ見てよ。珍しい亜人の子が来てるのよ」
「何よ、亜人が来たぐらいで騒ぐ事の程じゃ……え、ちょっとマジ?」
亜人が来たからって何を騒いでるのかとはしゃぐ同僚を嗜めようとしたミーティアだったが、同僚が示す亜人を見た途端に驚きに満ちた。
まず目についたのは白く美しい白馬で童話に出てくる王子が騎乗する馬のように美しかった。毛並みも尻尾の先まで整ってるが、綺麗なだけでなく筋肉が付いた力強い脚もしている。
騎士か貴族ぐらいしか持ってなさそうな白馬に見惚れるが、ちょっと待って欲しい。ここはギルドの中である。馬に跨がったままで屋内に入ってくる馬鹿などいよう筈がない。
では何故、白馬が堂々といるのか?……それは普通の馬でないからだ。
「ケンタウルス族……初めて見たわ」
馬の首がある部分に人型の上半身がくっついた姿をしている亜人の一種であるケンタウルス……それが白馬の正体だった。
彼らは一般にも存在が知られていて知名度が低いとは言わないのだが、排他的な種族でもあって人里離れた場所に集落を形成し、基本はその周辺で狩猟などを行って自活してるスタイルなのだ。
なので、白昼から人の街……それも冒険者ギルドにやって来るなど稀有な事態であり、同僚がはしゃぐのも分かった。
そんなケンタウルスの女性はギルドの入り口近くでしきりに首を動かして辺りを見渡している。馬の胴体分も加味すると、背丈はかなり高く正面からだと威圧感が凄かろうが容貌は人並み外れて綺麗だった。
栗色の髪のおかっぱ頭で、キリッと締まった顔付きは冷然とした雰囲気のクールビューティな美女で格調高い女騎士を彷彿とさせた。離れたところから様子を窺ってる他の冒険者たちも見とれてる始末だ。
背には槍の穂先にサーベルの刃を付けたかのような風変わりな武器があって、それがまた物珍しかった。
ただ一点、その美貌やケンタウルス族という事以上に目立つものがある。
「……でかいわよね?」
「うん、それは認める……正直言って敗北感がぱないわ」
でかい。それはレザーメイルに包まれたバストの事。
贔屓目に見ても相当に大きい。レザーメイルが無かったら、ちょっと動くだけでも盛大に揺れ弾むだろうと確信できるぐらいにある。
恐らくは100センチ近くはあるだろうボリュームの胸を見て、お互いにどちらもCカップ前後ぐらいしか無い事に静かなショックを受ける。
胸の大きさで女の魅力が決まる訳でもないが、それでもここまで圧倒的差があると精神的に来るものがあった(ついでに言うと今この場にいるほとんどの女性も同様である)
敗北に打ちひしがれるふたりに、その特大バストの持ち主であるケンタウルスが馬脚を闊歩させながら受付カウンターまでやって来た。
「そこの貴女方、ギルドの職員かしら?」
「あ、は、はいそうですけど……」
反射的にミーティアの方が答える。おっかなびっくりな対応になってしまったが相手のケンタウルスは気にした様子を見せず、ミーティアに向かって質問した。
「わたくし、人探しをしておりますの」
「ええっと……尋ね人の依頼でしたら正式な手順で受注させて頂きますけど」
「そうではありませんの。わたくしが探してるのは冒険者ですわ」
「冒険者、ですか?」
何故ケンタウルスが冒険者を探してるのか分からずに首を捻る。それに話口調が高貴な風でありそうだし、族長の娘なのであろうか?
「職員でしたら所属してる冒険者の事は把握しておりますわよね?」
「ええ……在籍してる限りはですが」
「でしたらお聞きしますわ……このギルドに黒髪で生意気な言葉遣いをしてる少年の冒険者は居りますの?」
「黒髪……ですか?(おまけに生意気な言葉遣いって何?)それに少年と言うと、何歳ぐらいの方で?」
「そうですわね、ハッキリとは言えませんけど10歳の半ばぐらいかと思いますわ。それでいて見た目だけは女の子のように可愛い感じですの」
ミーティアは物覚えは良い方だが、所属してる冒険者の中にそんな人物は思い浮かばない。なので素直にそれに該当する冒険者はいませんと答えた。
そうすると見て分かるぐらいに落胆と失意が出た。
「そうですの……また空振りですわ。あの男、あっちこっちを転々と動いて手間を掛けさせますわね」
「……えーと、すみません。そんな感じの冒険者でしたら、ちょっと前にここに居たんですけど。生意気な言葉遣いじゃありませんけど、黒髪で女の子みたいに可愛かったですよ」
その冒険者とはレヴィの事だった。ケンタウルスの言った特徴が言葉遣い以外は諸々に彼に被ってるので、ひょっとしたらという位でしかなかったがそう言った途端に凄い食い付きを見せてくる。
「本当ですのっ!それでっ、そいつはどこにっ?」
上半身部分を屈めて前のめりになったせいで、ボリュームたっぷりの胸の自己主張が激しくミーティアは顔をひきつらせる。
「も、もう街から出ていきましたけど、確かここから西の辺りに向かうって言ってましたっ……」
「そう……西の方面ですのね。価千金の情報ですわ、ふふふふ……」
何か黒い感情が見え隠れする含み笑いにミーティアは背筋を震わせた。もしかしなくても言っちゃいけない事を口に出してしまったんじゃないだろうかと思う。
仮にレヴィと何らかの関係があった場合、両者にどういった繋がりがあるのか非常に気になるところであるがそれを問い質せる勇気が出てこなかった。
「では知りたかった事も知れましたし、わたくしはこれで失礼させて頂きますわ」
「そ、そうですか……あ、あの」
「何ですの?」
「その、探している冒険者の人とはどんな関わりがあって……」
ヒュンッ
すぐ目の前に刃を突き付けられたミーティアは喋っていた口を閉じる。冷や汗を流しながら上目で見ると、ケンタウルスの女性は背負っていた武器の先端を向けながら鋭く冷たい瞳でこっちを見下ろしている。
「良いですこと?余計な詮索をしたばかりに痛い目に合うという事例は世に腐る程ありますのよ。意味はお分かりかしら?……返事は?」
「は、はいっ、失礼しましたっ、もう何も伺う事はございませんっ」
「そう……分かれば宜しいのですわ」
必死こいてもう詮索する意図は無いと言うのを伝えたら納得してくれたようで、大人しく武器を収めてくれた。
そのままヘナヘナと腰を抜かすミーティアに「それではごきげんよう」と優雅な仕草で別れの挨拶を済ませたケンタウルスはさっさとギルドから出ていった。
……その後もミーティアの心臓は早鐘を打ったままでなかなか落ち着かない。
荒事もこなす冒険者相手に接する機会が多いので、普通の人よりかは度量があるミーティアでもあれにはすくまずにはいられなかった。
下手な対応をしてたら、刃傷沙汰になっていたかもしれなくミーティアはただただレヴィと出会う事があった場合は何も起こらないでほしいと願うばかりだった。
そして、ギルドから出ていったケンタウルスは持ち前である馬の脚力をフル活用し、街を出立してから街道を俊足の速さで駆けていた。
「ようやっと尻尾を捉えましたわ……このマルセリーナ・シラギクの誇りを汚した罪はその身でもって償わせてあげますわよっ!」
目に憤怒の情念を滾らせ、ケンタウルスの女性……マルセリーナ・シラギクは西方面に繋がる街道を駆け抜けていったのだった。
修羅場の予感……?