少女でなく少年だった
レスタードの中央に近い場所にある煉瓦造りの二階建ての建物。ここがこの街で活動している冒険者たちが集うギルドである。
酒場のような両開き扉の入り口を潜れば、中には多種多様な人がたむろしている。動きやすさを重点した軽装から、守りを優先とした重甲冑の者。携行してる武器もナイフから両刃剣、メイスにハンマーに弓矢と様々。魔法を得意としてる者は杖系の武器を持っている。
人種も色々とあり、人間からハーフエルフにドワーフ。中にはモンスター然とした見た目ながらちゃんとした人権も許されているリザードマンという珍しい種族までいた。
そんな雑多な者たちの目は、今しがたギルドに入ってきたある二人に集中している。ひとりはこのギルドに於いて冒険者の上位に位置してるライラットだ。別に彼女に視線が集まるのはおかしくはない。
強さへの羨望もあるが、キリッとした顔立ちは同性の目も惹きつけやすく、黄色い悲鳴を上げる女性の冒険者や職員もいるぐらいだ。
そこは別にいつもと同じ。違うのはライラットが横に連れている人物だ。
珍しい黒髪がまず注目を引き、ついで可憐な顔立ちに目を奪われる。何かと荒っぽいここには不似合いな美人で、男冒険者の中には談笑を中断させて仲間と一緒に見入ってる集団まである。声を掛けようと歩き出す者もいたが、ライラットの鋭い眼光に射ぬかれて慌ててそっぽを向くのが続出している。
やはり中まで付き添ってて良かったとライラットは思った。入り口まで案内した時にせっかくだから用がある受付まで付き合うと言ったのだ。そこで別れていたら、絶対にむさい男どもが殺到してた事だろう。それ以前に来るまでに何度声が掛けられた事か……三分に一回ぐらいの頻度だった気がする。
「ごめんなさい。わざわざここまで付き添って貰いまして……お礼の方はちゃんとさせて貰います」
「いや、別に礼が欲しくてした訳じゃない。ひとりにさせたら、よからぬ連中にごにょごにょ……」
「? よからぬ連中に何ですか?」
「あ、いや何でもないっ。それより目当ての場所はあそこだぞ」
何やら口ごもるライラットを奇妙に見ながら、黒髪の子は受付嬢が座ってるカウンターに歩いていった。これで人心地ついたが、改めて気になる。あんな可愛い子が何の用で冒険者ギルドに来たのか。やはり何かの依頼を頼みに来たんだろうか……今日はこれといった仕事が無く帰っても良かったのだが、何となく気になってしまったので不自然に思われぬ立ち位置に移動して聞き耳を立てた。
「すいません、素材の買い取りはここで良いですか?」
「え?は、はい出来ますけど、素材の買い取りは冒険者登録してる方しか出来ませんよ?」
どうやら何かの素材を買い取って貰いに来たらしい。しかし、受付嬢の言う通り冒険者ギルドで素材の買い取りを行えるのは正規登録している冒険者に限られる。それ以外の一般人なら、商業ギルドという所でしか買い取りは出来ないのだが、素材買い取りの事を中途半端に聞き齧ったのだろうかと受付嬢は思ってたのだが。
「大丈夫です。冒険者登録なら済ませてあるので」
「あぁ、そうでしたか。では…………えっ?あ、あの今何と?」
「いや、冒険者の登録なら既に済ませてあるんですけど」
それを聞いてたライラットは、思わず前のめりにつんのめりそうになった。何か仰天しかねない事が聞こえた。
冒険者登録をしている?あの手折れてしまいそうな華奢な子が?まさか?
そんな疑問ばかりが次々に浮かぶ。興味心からさりげなく近くに寄っていた他の冒険者たちも驚いている。
「その……失礼ですが、冒険者ギルドで発行されるライセンスカードはお持ちですか?」
「はい、ここにちゃんと持ってますよ。どうぞ」
「拝見しますね」
ポシェットから取り出されたカードを受付嬢は手に取って確認する。手のひらに収まるサイズの四角形のカードの表には確かに冒険者ギルドで正式に発行された事を証明する特殊な捺印が押されている。まず偽物では無さそうという事が分かり、その他に記載されている情報に目を通す……名前はレヴィ・ベルラ。年齢は十五歳と記入されている。見た目どおりに若いと思いながら見た性別欄のところで驚く。
「あ、あの……性別が男と、なってますけど……本当ですか?」
男……その単語に聞き耳を立ててたライラット以下の冒険者は度肝を抜かれた。そしてとても信じられない形相になる。じっくり見ても可憐な美少女にしか見えない外見なのに、性別が男だなんて信じられなかった。
「はぁ……間違いないですよ。ぼくは歴とした男です」
うんざりした感じで肯定する。辟易するぐらいに女の子と間違えられたというのが窺えるが、それもそうだろう。寧ろ初対面の人間が男子だとすぐに気付いてくれる可能性がどれだけあるだろうか?天文学的確率並みに低かろう。
気を取り直した受付嬢は確認を終えてカードを返す。それからレヴィはポシェットの中から様々な素材を出してきた。それらを見た受付嬢はまたもや驚く。
「れ、レンバルトの羽にアーキア鉱石に、そ、それに……こちらはもしかして結晶竜の雫石ですかっ?」
「はい、そうです」
机の上に置かれた鳥か何かの羽や鉱石などを鑑定機能のある眼鏡で見て、見た目は何とか平静を装ってるが受付嬢は内心では動転しまくっている。いま挙げた素材の数々は滅多に持ち込まれない希少な物ばかりなのだ。
例えばレンバルトの羽……これは標高4000メートルの頂に住むという巨鳥レンバルトの羽であり、過酷な山を登らねばならない事や警戒心が強いのもあって羽を取るどころか姿を見るのさえ至難であるのだ。
そしてアーキア鉱石は鉱山に生息するラギロンという蜥蜴の背にくっついてる物だが、すばしっこい上にラギロンの背に必ず付いてる訳ではなく十匹見つけてその内の一匹にあれば御の字という程に珍しい鉱石は加工すれば非常に値打ちのある宝飾品になる。
そして結晶竜の雫石……先の二つよりも希少度が高いこれは、結晶竜の涙が固まった物で入手における難易度はレンバルトの羽やアーキア鉱石より高い代物。結晶竜が涙を流す時は、十年単位の休眠から目覚めた時の一瞬のみというもので生息地も定かになっていないのでそもそも姿を見たという者さえ滅多にいない。
そんな至高の品々ばかりを何でもない様子で出してみせたレヴィに、周りからの視線が急激に集まっていく。
その中には不穏な目をしてる輩もおり、ライラットは少しの不安を抱いたのだった。