激動の夜④
街灯だけが疎らに照らす暗い路地をひとつの影が走っていた。
バンディットが出没する夜の時間帯に外を出歩こうなんていう住民は、今はほとんどいないので巡回警備をしている衛兵以外には考えられないが人影の格好はローブを頭から羽織っていて顔を見られないような出で立ちをしている。
どう見ても衛兵ではないのは明らかだった。
入り組んだ道をひた走る人影は酷く焦ってるようにも見えたが実際その通りであった。
(何てこったっ……遠隔操作がいずれバレちまうのは最初から予想してたが、まさかこんなに早い段階で感づく奴が出てくるとはっ。衛兵と冒険者の練度を一括りにしてたツケかっ!)
人影の正体はワンズマンであった。側にはアンジェリカもフィーロもおらず、彼ひとりだけである。別に仲違いなどをした訳ではなく、こうしているのも計画の内であった。
その計画とはこのウエストピークからの脱出作戦である。
盗りに盗りまくった金を持ち去る為には街の外と中とを行き来する門を通る必要があった。アンジェリカの能力で金貨や盗品類を小さくさせて袋に詰め込んだとしても結構な重さになる。それで街を囲む壁を昇り下りするのは大変な苦労であるし、大荷物を背負って出歩くだけでも衛兵に怪しまれるだろう。
なら地下トンネルを掘って街の外まで行けば良いのではとなるが、生憎と街中の土中と違ってウエストピーク周辺の地盤はやたらと硬いせいでフィーロの力を持ってしても掘るのは簡単ではなかったのだ。
掘削に億劫するなら地上で逃げる方が早いが、昼夜を問わずに衛兵が街中を巡回してるし、唯一の通用門にはそれこそ多くの衛兵が常駐している有り様。
なればどうするか……思い付いたのが人目につく騒ぎを余所で起こしてる間に門を通り抜けようという策であった。
その為に用意されたのが魔導人形だ。これは等身大の人形に魔導核という魔力を注入された宝珠が埋め込まれたもの。
元は魔法先進国のとある列強で開発された兵器で、宝珠に術式を組み込んでやれば簡単な命令ぐらいならば自己で判断して行動させる事が可能な人形兵士である。単純労働などにも向いてるので、魔法に縁ある国では労働用としても重宝されている。
ワンズマンが入手したのは使い込まれた中古品に過ぎなかったが、これに改造を施して耐久性を上げつつ遠隔操作が可能なものに仕上げたのだ。撹乱の為にボイス機能も付け、外見もマントなどで誤魔化した。
これをワンズマンが操作して領主の屋敷に侵入させ、そこで派手に立ち回らせる事で外部の衛兵も屋敷に来させるように仕向け、手薄になった門を通り過ぎようという腹であった。
悪くはない作戦だったが懸念はひとつだけあった。それは囮として使う魔導人形が遠隔操作が出来るようにされたといっても、有効半径が人形から離れて最大でも300メートルぐらいしかないという事。
つまり操縦者は動かしてる間はその半径の中にいる必要があった。
これに関しては、ワンズマンが留まってるその間にフィーロとアンジェリカに盗品を運ばせる算段を付けていた。
何せ魔導人形の操縦は繊細なので、とてもフィーロには任せられないし盗品の運搬には彼女の力が最も必要になる。
アンジェリカは器用な方だが、フィーロのお目付け役としては自分よりも適任なので自然とワンズマンがやる事になったのであるが……。
「何事も予想通りに進むとは限らんがよ、こういう時は上手くいって欲しいと思うぜ……フィーロたちには門の近くにまで行って貰ってるが、どうする?この際、俺の到着を待たせずにずらからせるべきか……」
街中の衛兵が屋敷に向かい始めた時点で、ワンズマンは二人に門へ向かうようにと言っておいた。既に近くで待機してると思うが、こんなに早くバレてしまうというのは想定してなかった。
判断が遅れれば最悪全員が捕まる危険もある……ワンズマンは意を決して懐から取り出した通信水晶を起動させた。
「あー、聞こえるか?こちらワンズマンだ」
《聞こえるですよ兄貴っ。今はどんな感じなのですか?兵士たちはみんな屋敷の方に向かっていったですから順調かと思うですけど》
通信に出たのはフィーロの方だった。ワンズマンは順調という状況が崩れたというのを暗に言った。
「悪いがそういかなくなった。予期してない事が起こっちまってな……今から大事な事を言うからよく聞け。俺が着くのは待たなくて良いから、お前とアンジェリカだけで先に街から脱出するんだ」
《ふえっ?あたしたちだけ先にって……兄貴はどうするのですかっ?》
やはり、困惑してるようだが今は何よりも時間が惜しい。ワンズマンは淡々と用件だけを告げて脱出を催促させた。
「俺は俺の方で何とかする、お前らは構わずに脱出しておけよ。分かったな?じゃあ切るからな」
《えっ?えっ?兄貴っ、もうちょっと詳しく言ってっ……》
最後まで聞かずにワンズマンは通信を切ってOFF状態にした。これでもう向こうからこちらへ掛けてくる事は出来ない。
納得してない様子だったが用件が何なのかを聞いたアンジェリカが引っ張ってでも連れていってくれるだろう。その際に兄貴を待つと泣きわめくフィーロの姿がまざまざと思い浮かばれる。
「なに、まだ捕まると確定した訳じゃあねぇさ。俺はしぶとさには定評があるからな、こんなとこで捕まってたら『あの人』にどやされるぜ」
ワンズマンはそう呟くと一層に速く駆けだす。あの銃使いの冒険者から屋敷に侵入したのが囮の人形だと暴露されたとしたら、屋敷に向かっている衛兵たちがすぐさまに引き返してくるだろうが、その前に脱出できれば問題ない。
フィーロとアンジェリカは既に門の近くだし、自分もこの調子で走ればすぐに路地を抜けれる。概算して15分程度で門に到着できるだろう。
そう待ち伏せでもされてない限りは……その筈だった。
フィーロたちに通信を送ってから数分が経って、裏路地をあと少しで抜けようという時であった。進行方向の前に人影が立ちはだかったのだ。
「何っ?」
ワンズマンは人影と確認するや否や、その場に急停止した。やけに大柄な人影が斧のような物を構えながら路地を遮っている。
衛兵だろうか?しかし斧なんてものを担いでる衛兵など見た事が無い。いや詮索は後回しだ。とにかく道を変えて早く逃げねばと振り返ったところで後ろにも人影が立ってる事に気が付く。
「は、挟み撃ちだとっ!?」
後ろに立っているのは背格好が小柄に見えるが、それでも民家に挟まれた狭い路地の前後を塞がれたとあってはピンチである。相手が何者か分からず、ワンズマンは中央付近で留まった。
前後を塞いだ人影が徐々に近づいてくる。前と後ろから来る人物を警戒していると雲から顔を出した月明かりが路地に降り注ぎ、人影の姿をうっすらとだが照らした。
斧を背負っていた方は女だった。大柄な体躯に相応しく鍛え抜かれている肉体が目に取れ、一目で強行突破は困難だと理解した。
一方で小柄な人影の方は少女?少年?どっちとも取れる顔でいずれにせよ綺麗であるが、その顔に浮かんでる薄笑いは何か凄みのようなものを感じた。
「へへ、俺の言った通りだろ?街ん中を走り回るよりも網を張ってた方が効率的だってよ」
「確かにそうかもしれないが……よくこんな事を思い付くなお前は」
「これでも色々と経験してるもんでね。さーて、やっとお顔合わせできたなバンディットさんよ?」
ワンズマンを挟み撃ちした人物は、レヴィとライラットの二人だった。屋敷に向かわずにいたのはこの事態を前もって予測でもしてたのだろうか?
何にせよ、領主側より素早い動きに対応である。どう場を切り抜けるか考えていると、驚愕の言葉が出てきた。
「……それともワンズマンって言った方が良いか?そっちの方が本名かどうかは知らねーけどよ」
ワンズマンはギョッとした。バンディットと呼ばれただけでなく、何故自分の名前をこの性別不詳の奴が知ってるのか。
「それとあと二人ぐらいはいたよな。ひとりはアンジェリカって呼んでたが、もうひとり子供っぽい口調の女もいるだろ」
またも言い当てられたワンズマンは思わず後ずさってしまう。一体どういう事なのだこれは。自分だけでなく仲間の事まで調べ上げているというのか。
だとすると、下手したらフィーロたちのところにも追手が来ている可能性が高まる。
だが少し待て。自分とアンジェリカの名前は分かってるのにフィーロだけは名が出てきていない。子供っぽいというとこまで知ってるのに何故だ?
敢えて言っていないだけか?いや違う、あいつの言葉を思い出すと。
『それとあと二人ぐらいはいたよな。ひとりはアンジェリカって呼んでたが、もうひとり子供っぽい口調の女もいるだろ』
それを思い出したワンズマンの中で思考の歯車がようやく噛み合った。
「……そうか、なるほどな。盗み聞きしてたって事か?俺が仲間に送った通信の内容を」
そう。行き着いたのはその結論だった。先程、自分がフィーロに話した通信の内容を鑑みればアンジェリカの名前は言ったがフィーロの方は言っていなかったし、その時の会話を聞いてれば子供っぽい口調というのも分かるからだ。
「大当たり。まぁ今朝の予告状が届いた時点で大体は分かってたぜ、今夜のバンディット一味が二手に別れて動くかってのはな」
「何だとっ?」
レヴィは予告状の意図を察していた。恐らくは領主の屋敷に警備の目を集中させてる間に手薄になった門を潜って逃げ出そうという事は。
そうなると誰かしらが領主のところへ行き、そこで騒ぎを引き起こす筈。その間に仲間が門から出ていき、その後を残りの仲間も追うだろうという狙いがあるだろうとしていた。
「こんだけじゃ、確信にはまだ遠いがそれを裏付けてくれたのがお前が発信してくれた通信だよ。複数人で動いてるなら、必ず連絡用に通信水晶ぐらいは持ってるだろうなって思ってたからよ。発信元を割り出してやりゃー、居場所もすぐに分かるって訳だ」
「……なるほどな。だが、街の衛兵たちも使ってるんだぞ。飛び交う中からどうやって本命の俺が使ってる魔力波を拾ったんだ」
暗号化もされてないものなら、通信水晶を使ってる間に発生する魔力波を専用の道具を使って探知すれば会話内容を聞くのは難しい事でもない。
しかし、特定の対象にピンポイントで当てるなど大掛かりな設備が必要になってくる筈で少なくともこの街にそんなものが無いことは事前調査で分かっていた筈だ。
「簡単だよ。この街の衛兵が常用してるのとてめーが使ってるのとでは魔力波の波に違いが出てくる。それを探り当てただけだぜ。そんぐらいなら俺の手持ちのやつでも特定させんのは出来るしな」
さらっと言ってるが割と難題な事である。例えるなら、ひとりに対して10人がいっぺんに話をする中でその内のひとりの話を聞き逃さないというぐらいに高難度な事である。常人や凡人では何を言ってるのかすら把握できないだろう。
尚、その作業の時に横についていたライラットは何をどうしてるのか分からずにチンプンカンプンなご様子だった。
「話はこれで終わりだ。それでてめーはどうするよ?大人しくするってんなら、別に手荒な真似をするつもりねーぜ。あ、ついでに仲間の事もゲロって貰うけどな」
「…………」
「言っておくが下手な動きを見せたらすぐに取り押さえるぞ」
「……くくく、ありがちな事を言ってくれるぜ。そう言って素直に捕まるような奴なら、そもそも犯罪を起こすわきゃねーだろ?それに仲間を売るような真似も死んだってゴメンだな」
含み笑いをしたワンズマンが両腕を出してファイティングポーズの構えを見せる。やはり素直に捕まってはくれないかとライラットは嘆息するが、その前に気になる事もあった。
(あいつ……手ぶらで出てくるだなんて無手の近接格闘の心得があるのか?)
少なくとも今までレヴィがそういう戦闘をしてるとこなぞ見た事が無かった。最初に出会った時は専ら支援に務めてたのだ。いや道中で人狼相手に一回はあったのだが、残念ながらその現場をライラットは目撃していなかった。
なので素手でいるレヴィに多少の不安が募った、もし怪我でもしたらと思うと心が痛んで……いや何で痛む必要があるのか。あんな性根は鬼畜な奴なんてたまには痛い目を見るべきなのだ。
(だ、だが本当に危なくなった時は助けてやるかな……べ、別に身を案じてる訳じゃないが目の前で大怪我でもされたら夢見が悪いからなっ、それだけなんだから深い意味なんて無いぞっ)
誰に言ってるのか分からない言い訳を内心で吐露しながら、ライラットは斧を構えて油断無くバンディットもといワンズマンを見据える。
張り積めた緊張感で安易な身動ぎも許さない空間の中、ワンズマンの脚が僅かに動く。それを見たライラットが踊り掛かろうとした時、不意に上げた右腕から何かが上にへと発射された。
微かに月明かりで見えたそれは細い糸のようなもので先端には錨のような突起が付いている。それが民家の屋根の縁に突き刺さると、糸は巻き戻るかのようにしてワンズマンを瞬く間に上にへと昇らせた。
「しまったっ?」
「残念だったな、上がお留守だったぜ?そう簡単には捕まってやれねーんだよこっちはなっ!」
屋根の上に掛け上がったワンズマンがそこから逃走を図っていく。これは不味い、ライラットは運動神経は悪くないが身軽さに長けてる訳じゃない。
追いかけようにも壁をよじ登っていては逆に時間のロスだ。
「くっ、仕方ない。見えづらいが下から追いかけるしかっ……」
「ああ、お前はそっちから行ってくれ。俺は同じルートで追うからよ」
「は?同じルートでって……あっ!?」
ライラットは目を見開いて驚く。
垂直の壁を何とレヴィが事も無げに走って昇っていったのだ。現実離れした光景に思考がフリーズしかけるライラットを尻目に、レヴィがあっという間に屋根の上まで辿り着くとポーチから取り出した通信水晶を投げて渡してくる。
「呆けてんじゃねーぞ。あいつを逃しちまったら報酬がパーになっちまうからな、俺が追い込むからそっちは俺の指示通りに動けよ」
「えっ、ちょ、ちょっと待ておいっ……」
聞き返す暇もなく、さっさと行ってしまった。確かにぐずぐずしてる時間が無いとはいえ、これは一方的過ぎる。それに何だ、あの感じだと自分はまるで手下みたいな扱いではないか。
「この一件が終わったら物申してやるからなっ!」
不貞腐れた表情をしながら、ライラットは路地から抜けて後を追いかけていくのだった。