三人組の悪巧み
ウエストピークのとある街角、一般市民が多く暮らしている区画。
その中に持ち主が亡くなってから、放置されっぱなしの空き家があった。
一戸建ての平屋であるが未だに取り壊されていないのは単に金が掛かる為と人手不足、その二点に尽きる。最も、バンディット・ゴーストの騒ぎが起きてる中では空き家の解体ごときに人など割ける余裕が無いのもあるが。
そんな空き家であるが、バンディットが起こす事件と前後してある噂が市井で飛び交っていた。
曰く、誰もいない筈の空き家からボソボソと誰かが話してるような声が聞こえたという話が隣人の住民から流れ始めたのだ。
いつも聞こえるという訳ではないのだが、時たまにそんな声が耳に入ってきて住民は薄気味悪さからノイローゼを拗らせたという。
しかし、窓から扉に至るまで板で防がれたこの家の中に誰が好き好んで入るというのか。また今はバンディット・ゴーストの対応で手一杯なのでそんな怪談話に付き合ってられないというのが相談を持ち込まれた役人の弁であった。
けんもほろろな応対であったが、実はその空き家内に人知れず忍び込んで生活をしてる者たちがいる事は、近隣の住民はおろか役人でさえ知らずにいる。
~空き家内部~
家具の類いは粗方処分されている家屋の中は、掃除もされてないのもあって埃が溜まってたりクモの巣が張ってるなど荒れ果てた惨状であるがそんな中で嬉々とした様子の人物がいた。
「き~んか~がザックザク~♪おっかね~がザックザク~♪あ~ちこち~にザックザク~、あったし~の懐も~ザックザックの金貨だらけ~なのですよ~♪」
調子っぱずれな即興らしい歌を口ずさみながら、床に散らばる金貨を掬っては袋に入れる作業を繰り返してるピンク髪の女の子。
誰であろう彼女は、シャベル一本でトンネルを掘っていたあの子に相違なかった。そのすぐ横では不思議な術で金庫を小さくしてみせたゴスロリツインテール娘も同じような事をしている。
側には無理やり抉じ開けられたであろう、金庫が幾つも無造作に置かれていた。
そう、彼女たちこそが街を騒がせているバンディット・ゴースト……と呼ばれている内の二人である。
「ふふん♪ふふん♪こうして金貨を眺めながら詰めるのはとっても幸せな気分になるのです。こんなに金貨を所有してるなんて、あたしたちはと~っても恵まれた人たちなのです♪ねぇ、アンジェリカさん」
「そうですね、フィーロ」
シャベルを背負ってる方がフィーロと呼ばれ、ゴスロリ娘の方はアンジェリカという名前のようだ。二人は他愛ない会話を交えながら、金貨を詰める作業をこなし続けている。
やがて金貨が全て袋の中にしまわれ、大体にして一キロは入ってるだろう金貨袋は優に五十個を越えようとしていた。
「では次の金庫に移りましょう。フィーロ、出してくれるかしら?」
「はいなのです」
フィーロがポケットから取り出したのは小物サイズの金庫。ミニチュアの小道具のようだが、アンジェリカの手によって縮小された本物の金庫である。
差し出されたそれを受け取って床に置き、アンジェリカが念じるようにするとみるみる内に等身大の大きさに戻っていく。
「ふわ~、いつ見ても驚きです。アンジェリカさんの魔技能はほんとに凄いですよっ!」
「それほどでも」
称賛の言葉に澄まし顔で流すアンジェリカ。
フィーロの言った魔技能とは杖などの媒介無しに、魔法とは違った力を発現させる事が出来る能力の事だ。
非常に珍しい能力もさる事ながら、どういうきっかけで目覚めるのかすら完全に解明されてはいない。生まれながらにしてあったり、或いは成長の途中で。又は死に際に瀕した時などや個人個人で全くのバラバラなタイミングである。
共通するのはいずれも物理法則などを無視した特異な力である事や、保有する者は極少ないという事など。
ただ、その希少さ故に国からの研究対象として囲われたり、異端扱いされて迫害の憂き目に合ってしまう者も少なくない。
だから、能力に目覚めたとしても他人にひた隠しにして過ごすか、いわゆる裏街道の道に走るかの選択ぐらいしかなかった。
さて、アンジェリカの魔技能は何なのか。それは手から放出される気に当たった物を自在に縮小できるという能力だ。
無機物にしか効果は及ぼせないが、最小でミクロ単位にまで小さくできる程。縮小は時間が掛かるが、元の大きさに戻す時はほぼ一瞬で終わる。
どれだけ巨大な物であっても小さくでき、例えば小城サイズのものであろうと関係なく縮小されるのだ。尚、縮小する物の中に生物がいた場合は縮小と同時に外に弾きだされる。
これをアンジェリカは『スモール・ダウン』と名付けていた。
「よ~し、それじゃ開けるですよ」
元のサイズに戻った金庫の取っ手に手をかけるフィーロ。正直に言えば、子供っぽい性格をしてそうな彼女が解錠などというのを出来るのかという疑問があるがその答えはすぐに明かされた。
「ほっと!」
メキッ、ボキャアッ!
目を疑う光景だった。フィーロが掴んだ取っ手がねじ曲がって厚い金属の扉がベニヤ板を破るようにひしゃげたのだ。
細腕からは想像も出来ない怪力であり、これがフィーロの自慢であり個性でもある。後天的に目覚めたという訳でもなく、生まれもっての素である。
「わ~い、これも中身は金貨さんでい~っぱいなのです♪じゃらじゃら~っと♪」
満面の笑みをしながらグシャグシャになった扉をそこら辺に捨てると、ヒョイと鉄の塊の金庫を楽々持ち上げて中身の金貨を床に溢していく光景はある意味でシュールであった。持てるのなら盗む際にわざわざ小さくさせる必要あるのかという事になろうが、そのまま丸ごととなると侵入用の穴やトンネルの幅を大きくせざるを得ないため、負担軽減にも必要なのだ。
それからいそいそと金貨数えに熱中するフィーロは実に楽しそうで、側にいるアンジェリカは心なしか微笑ましい表情で見ている。
と、そこへ床を軋ませながら三人目の人物が顔を出してきた。
「おう。仕事は捗ってるか?」
「あ、お帰りなさいです兄貴。もっち順調にやってるですよ」
兄貴と呼ばれたこの男も二人の仲間であるようだ。
しかし先の二人と違ってその容姿は人のそれではなく、中肉中背だが鱗に包まれた体に蜥蜴のような顔をした亜人。リザードマンという種族に該当する男だった。
一見すれば強面であり、子供が見たら泣きそうな風貌だがフィーロは無邪気な笑顔を浮かべて接している。
「それでワンズマンさん。首尾は如何で?」
「バッチリだぜ……領主のところに予告状を出してきてやった。今頃は大慌てで警備を固めてるところだろうな。無為だとも知らずにご苦労な事だぜ」
クックックと含み笑いをしてるワンズマンの顔は極悪の一言であった。それとは対照的な笑顔のフィーロはそれを聞くとやる気十分な様子である。
「ふぉ~っ、やる気がむんむん沸いてきたのです!今夜はいっちょ派手にやって気持ちよくサヨナラしたいですね♪」
「…………」
「…………」
そんなフィーロに生暖かい視線を送る二人。それに気付いたらしいフィーロは頭に?マークを浮かべた。何かおかしな事でも言ったのかなと首を捻っている。
「……おい、フィーロ」
「何ですか?」
「お前……今夜の計画の最終段階が何なのかちゃんと分かってるよな?」
「えっ?やだな~、兄貴ってば。そんな念押しするみたいなこと聞かれなくてもあたしはちゃ~んと分かってるのですよ」
ふんすと薄い胸を張って自信満々に答えるが、ワンズマンは尚更に不安な面持ちになった。
何故かと言えば、このフィーロ……人並み外れた怪力は素晴らしいのだが、おつむの方が言っては悪いが良い方ではなかった。
ただ指示を間違えるだけでなく、忘れた部分を変な方向に改竄してとんちんかんな事をしでかした事はザラである。
故に仕事の時には必ずアンジェリカを付かせるようにしているのだ、お目付け役として。
「なら言ってみろ。今夜、俺たちは何をするんだっけか?」
「え~とですね……まず領主ってやつの屋敷に討ち入りをして~」
「……うんうんそれで?」
この時点で既にワンズマンの目が据わってるのだが、気付いてるのかどうか分からないフィーロは続けた。
「邪魔するやつはバッタバッタと殴り倒してですね~」
「……ほうほうそれで?」
額に青筋が走り始めるがフィーロはまだ気付いてない様子。怒りの臨界点に達しようというところで、止めの一撃が為された。
「最後に領主ってやつにフィニッシュホールドを決めて、金銀財宝を華麗にかっさらってはいサヨナラなのです!」
「全然違うわっ、このアホタレーーっ!」
外に聞こえてしまう危険があったのに思わず怒鳴ってしまったワンズマン。しかし、こんな解答をされれば怒鳴りたくもなるだろう。気持ちは分かる、凄くよく分かる。
「ふにゃあっ!?な、何で怒鳴られたのですかっ、さっぱり分かんないのですっ」
「やっぱ聞いといて良かったわっ!何もかも違うじゃねーかっ、こんの脳みそお花畑娘っ!」
「ええっ?何が違うって言うのですかっ?……あ、分かったのです。最後にトンズラする時に屋敷を爆破するのですね。あたしとした事がお約束を忘れちゃってたのです、てへぺろ♪」
「それもアウトです」
「はにゃあっ!?」
すぱーーんっと小気味良い音が鳴る。どこから取り出したのか、やけに大きなハリセンを持ったアンジェリカがフィーロの後頭部にツッコミスマッシュを繰り出したからだ。
「たく、ほんとにお前ってやつは何というか破天荒というか……だから、いつまでも一人で行動させられないんだよ」
「いや~、それほどでもないのですけれど。えへへ~」
「いや誉めてないからなっ?お前の行く先を心配してんだからね俺はっ」
何故か照れるフィーロに脱力感が拭えない。軽く頭痛を覚えつつ、ワンズマンは今夜に決行する計画の内容を改めて説明してやった…………。
「……という段取りだ。よーく分かったな?」
「はいっ!バッチグーなのですっ、もうきっかしばっちし覚えたのです」
「頼むぞほんとに……」
元気よく返事してサムズアップしてるが逆に不安があった。少々心配ではあるが、まぁアンジェリカと共に動くのだし大丈夫だろう。
「よーし、それじゃあ俺は最終調整に入るから二人もしっかり準備しておけよ」
「は~いなのです」
「分かりました」
仕度を始めるアンジェリカとフィーロ。そして、ワンズマンは工具を片手に計画の核となる物の仕上げ作業に入った。
今夜がバンディット・ゴーストの最後の大仕事になる。
悪事を働くけど憎めない三悪はわりといますよね。
ドロンボーとかロケット団とか。どちらも面白く見てました。