依頼受注、ゴーストを捕まえろ!
「……で、何であの依頼を受ける気になったんだ?」
借りた宿屋の一室で、ライラットは聞いた。それは昨日にレヴィがギルドにて受けた仕事の事である。椅子にもたれたままでレヴィは事も無げに言う。
「あ?そりゃあ、冒険者の嗜みっつーか、困ってる人は捨て置けないっていう気持ちに駆られてだな」
「ふざけるな。そんなので動く人間じゃないというのはよく分かってるんだぞ」
「大当たり。まだ短い付き合いなのによーく分かってんじゃんか」
白々しい台詞に反論してやると、あっさり白状してみせた。小馬鹿にしてくるような表情にはムカつきも覚えるが、いちいち感情を荒立てては話も進まないのでそこはスルーした。
「まぁ正直に言えば金だな。何たってここの領主直々の依頼なんだぜ?となりゃあ、謝礼だってガッポリ貰えるってもんだろ」
ストレートに欲望を現し、ライラットは嘆息する。そりゃあ確かに冒険者はお金を稼ぐ職業でもあるが、ここまで明け透けにお金欲しさに動く者はそうそういないだろう。
「本当に……欲望に忠実だなお前は」
「誉め言葉として受け取っとくぜ。んじゃ、情報の纏めをしとくか」
丸テーブルを挟んで椅子に座る二人。内容は昨日から始めていた住民への聴取の結果である。
レヴィが受けた依頼……それはバンディット・ゴーストという賊の盗みを阻止してくれというこのウエストピークの領主からのものだった。
主にスカウト系の技術に優れた冒険者を優先してるようだったが、ライラットは初歩的なものなら出来たしレヴィもそれなりの技術を持ってたのであるが、そんな者たちであっても受注が出来た事を鑑みるに領主はかなり切羽詰まってる状況のようだ。
とまぁ、受けられたのは良かったが街に来たばかりのレヴィたちにバンディットとかいう賊の情報など全く掴んでいない。そこで昨日は住民に聞き込みなどを行って情報収集に努めていたのだ。
「まず、件のバンディット・ゴーストというのは私たちが来る7日前にはこの街で騒ぎを起こしていたようだな。被害対象はほとんど金持ちや裕福な商人に限られていて盗まれるのも単純な金品だけでなく、希少な食材や素材まで節操なく盗んでるらしい」
「そんでもって、こんだけやらかしてるっつーのに未だ誰も姿形すら目撃例が無いと……まさにゴーストだな」
聞いた限りでは警備が厳重な場所であろうと易々と侵入したようで、しかも中には金銀が詰まった金庫ごと盗んでいくという超常じみた仕業までやっている。
「バンディットの目的が金銭目的なのは確かだな。しかし、一体どうやって誰にも気取られる事も目撃される事もなくやり通しているのか……」
「んなもん、どーでも良いだろ」
「なっ、お前っ……どーでも良いとは何なんだっ。相手がどうやって盗んでいるのかを知るのも対策のひとつになるだろう」
ライラットが盗みの行程を思案していたら、そんな風に切って捨てるように言ってきた。自分で受けた癖に投げ槍な態度で、流石に物申そうとしたら手のひらを突き付けられた。
「バンなんちゃらがどんな手で盗みをしてるのか……そんなもんよりも前に考える事はひとつだけだろ」
「ひ、ひとつだけって一体何なんだ?」
「奴さんの最終目的だよ」
最終目的?いや目的なんて金を奪うだけ奪って適当なところで逃げるというだけだろう。そんな分かりきった事を考えてどうするつもりなのかライラットが理解できないでいると、そんな心中を読んでるかのようにレヴィが話す。
「良いか?ここ最近でバンディットの噂が持ち上がってんのはそれだけ派手に動いてるって事だ。どんな手を使って見つからねーようにしてんのは分かんねーけど、それが出来るのに騒ぎにならないようにこっそり盗んでその日の内に街からトンズラこかねーのはどうしてだと思うよ?」
「どうしてって……より多くの金を手に入れる為、とかか?」
「まぁこれまでのやり方を見たらそうだわな。となると、バンディットは目ぼしい獲物をかっ拐ってから逃げる算段を立ててる事になる……最初の事件からもう一週間経ってんだ、そろそろ逃げる頃合いだと思わねーか?」
それを聞いたライラットはある意味では筋の通ってそうな考えに納得するも、それだったらそれで不味い事になる。
まだ自分たちは市井の人々から大体の情報を入手しただけの段階で、バンディットについての手掛かりなど何も掴めてすらいないのだ。
逃げられでもしたら犯人の正体も分かってない自分らでは追跡も出来ない。
「な、ならここで話し合ってる場合じゃないだろうっ。少しでも良いから手掛かりを得ないとっ……」
「まぁ待てよ。だからって闇雲に動いても仕方が」
椅子から立ち上がって何でも良いから情報を得ようと動くライラットを制しようとした時に部屋の扉がノックも無しに開けられた。
「ハロー、ご機嫌は如何かな?麗しい子猫ちゃん♪」
「お、お前はっ……エストーラっ!?」
いきなり入ってきた人物は昨日にライラットと一触即発にまでなったB級冒険者のクラウネ・エストーラであった。キザうざい相手の登場にライラットはすぐに顰めっ面になる。レヴィの方は肩肘と組んでいた片足を瞬時に直して行儀良い座りかたにすると、猫被りモードを発動して荒んだ顔つきを隠した。
「エストーラさん?どうしてここに」
「なに、昨日は無粋な横槍が入ったせいで愛の囁きが中断されてしまったからね。改めて伺ったまでだよ。そう広くないとはいえ、泊まってる宿を回って探すのはちょっと疲れたけど、それもレヴィの可憐な姿を見れば一気に吹っ飛んでしまったさ」
キザったらしいポーズを決めるエストーラの前に、ライラットが立ちはだかる。その顔にはイライラとした感情が見てとれる。
「で、部屋の場所を強引に聞き出して来た訳か?」
「そんな真似はしないさ。宿の娘さんに優しく接して話して貰ったんだよ……ふふ、手を取ってあげたら真っ赤になっちゃって可愛い娘だったねぇ」
もしやそっちの気もあるんだろうかと勘ぐったライラットは悪寒で背筋が震えた。確かに中性的なイケメン顔は女性に受けるかもしれないが、同性愛は受け入れがたいものがあった。
「そうか、なら顔も見れたんだから満足してさっさと帰って貰おうか。お前の色ボケに構ってるほど私たちは暇じゃないんでな」
「別に君のような筋肉に用なんて無いさ。私が一番に会いたいのはレヴィくんだからね、その矮小な脳味噌でも理解できたら退いて貰えるかな?」
「……いちいち勘に触る言い方をするな。そんなに私に叩きのめされたいのか?」
青筋を浮かべながらボキボキと拳を鳴らせる。身長も体格も恵まれてるライラットの凄みも意に介さないように、エストーラは飄々とした態度を崩さずに立っている。
「ふふん、銃使いだからといって肉弾戦が不得手とは限らないんだよ?叩きのめされるのは果たしてどちらかな?」
自然体の構えで悠然と佇むエストーラ。その余裕綽々な様子にライラットは沸騰しかけた頭を冷やした。何となくだが、このまま力ずくで殴りかかったら逆に倒されてしまうのではという直感が働いたのだ。
よくよく考えれば銃の腕前だけでB級にまで昇り詰められるだろうか?自分に比べればだいぶ細身な体だが、それに合った体術を修めてるかもしれない。
エストーラもエストーラで自身より膂力やタフさで上回ってるライラットにいきなり先制を仕掛けるのは不利と判断したようで互いに先手を取れないでいると、間にレヴィが割って入ってきた。
「ふ、二人ともここで喧嘩なんて止めてください。お願いしますから、ね?」
「うっ」
「はふぅっ!」
上目使いで小首を傾げさせながら懇願してくる姿は可愛さ満点だった。裏の本性を知ってる筈のライラットでさえ呻いてしまうぐらいだから、エストーラに至っては直視しきれずに悶えながら崩れ落ちた。
「く、ふふ……な、何という破壊力。とても男の子とは思えない可愛らしさだったよ。うっかり萌え死してしまうところだったよ」
出来ればそのままあの世に旅立って欲しかったとライラットは思った。少ししてからやっと立ち直ったエストーラは、レヴィの手を掴むと情熱的な言葉を発し始める。
「あぁ、レヴィ。何故君はそんなに素敵なんだろうね、艶々としたオニキスのような黒髪、小川のように澄んだ瞳に鈴の音のような声。触れれば手折れてしまいそうな四肢、幻想的な白い肌、どれを取っても素晴らしいの一言だ……君のような少年に出会えるだなんて、幸福の極みだよ」
「え、あっ、あぅ……そ、そんな、幸福だなんてっ……」
歯の浮くような讃える台詞を臆面もなく言いのけ、そっと手の甲に口づけをする動作はまるで騎士のようである。よくこんな事を躊躇いもなく出来るところに感心さえ覚えた。
されてる方のレヴィと言うと、おどおどして如何にもこういった口説きに慣れてないというのを表すように顔を赤らめさせている。
それを見ているエストーラは当然恋に不慣れな純情少年という印象が定着しているが…………もちろんレヴィの演技である。こういった態度を示してやれば、より調子に乗るだろうという計算であり、後々に美味しく戴く時が殊更に面白くなるからである。
(この分じゃあ、もっと積極的なアプローチを仕掛けてくるのも近いかもな……そん時に押し倒して唇を奪ってやったら、どんな反応示すかねぇ?ああ~、想像しただけで昂ってきちまうぜ♪)
純情ぶってるレヴィに白けた目を向けるライラットは、どうせ内心では欲情にまみれた事を考えてるだろうなと予想してるがそれはバッチリ当たっていた。
「そう言えば……君たち、知ってるかい?今朝方、領主のところに予告状が届いたそうだよ。今、街で専らの噂になっているバンディット・ゴーストからの予告状がね」
「え、予告状っ?」
「本当かその話はっ!」
思わぬ新情報に前のめりになる二人。エストーラ自身もギルド職員から又聞きした話のようだが、それを受けて十数人の冒険者が先早に領主邸に急行したらしい。
「時間は今晩の9時ピッタリだそうらしい。これまで黙々と盗みをやってきたバンディットがこんな堂々とした宣言を初めてする辺り、いよいよ大詰めという段階なんだろうね。私の予想だと、これを最後にして街から去っていく可能性が濃厚だろう。だから何としてでも捕らえようと、領主様も色んな手を講じてるらしいがね」
エストーラの推測はほぼその通りだろう。予告状だなんていう仰々しいものを送りつけるだなんて、最後の締めのつもりだ。間違いなく、今夜が山場になるのは違いない。
「まぁ、私としては大きな問題じゃないけれどね……今の私にとって、一番の問題は……君をどうやったら、私の虜に出来るかって事だけさ」
そのまま、また愛の言葉が喋られるのを察したライラットはレヴィから引き剥がした。これ以上、付き合ってやる義理も時間も無いからだ。予告状なんてものが届いた以上はこちらも早急に動かなければならない。
「何をするんだい、邪魔をするなら今度こそ眉間に風穴を」
「すみません、エストーラさん……今はちょっと取り込んでる用事があって。お話はまた次の機会にお願いできませんか?」
ライラットに剣呑な眼差しを向けたが、レヴィが宥めるように言ってやるとすぐに上機嫌な風に戻った。それから二言三言をかわすと、キザっぽいポーズを決めて出ていった。いちいち決めポーズみたいなものを取るのは何の意味があるんだろうかとライラットは思ったが、考えても無意味だろうとしてすぐに忘れた。
「よし。邪魔な奴はいなくなったし、私たちも急ぐぞ」
そう言って支度を始めようとしたら、レヴィが欠伸をしながらベッドに寝転がった。これにはライラットも無視できず、堪らずに言ってやった。
「おいっ、何を呑気に寝ようとしてるんだっ。さっきの話を聞いただろう、領主のところに予告状が届いたんだ。予告時間になる前に領主のところへ向かって、他の冒険者と一緒に対応策を練らなければ……」
「必要ねーよ。領主の屋敷に行ったって」
「な、何だとっ?」
眠そうに半目になりながら、寝っ転がったままでレヴィがそう言ってくる。何が必要ないのかライラットには分からない。予告状が来たのなら、そこにバンディット・ゴーストが来るのは確実の筈なのだ。
なのに、必要が無いだなんて……何を考えているのか。
「さっき、あいつが言ってたろ?これまで黙々と盗みをやってきたバンディットが初めて予告状を出したって」
「あ、あぁ……言ってたがそれがどうしたんだ?最後の盗みだから、芝居がかった真似でもやってみようと思ったんだろう」
ライラットとしては特に疑問には思ってなかったのだが、レヴィは違うようだ。体を起こしてベッドの縁に座ると、珍しく真剣な顔つきで話した。
「そうは思わねーな俺は。大体だぜ、予告状なんてカッコつける奴は最初の頃からそういったパフォーマンスをやりたがるもんだ。けどバンディットの奴は今日までそんな事はしてこなかったっつーのに、いきなり突然にやってきた……不自然だと思わねーか?まるで、今からどうぞ注目してくださいっていうやり方によ」
そう言われてみると、確かにそんな感じもしてくる。聞き込みをした限りだと、そんな目立ったような事はしてこなかったという事であるのに。
「それでだ。そんな予告状が領主のところに届いたら皆はどうすると思うよ?」
「どうって……考えるまでもないだろう。領主の屋敷に人手を集中して、万全な警戒体制を取るに決まって……あ」
そこまで考えた時に思い浮かんだひとつの可能性。
まさかとは思うが、それを肯定するようにレヴィがほくそ笑んだ。
「気付いたか?そう、つまりはそういう事だと思うぜ。なら俺らが取るべき選択肢はそんなに多くねーって事だよ」