とある街、ウエストピークでの事件!
今回は主人公サイド以外の視点からの話です。
レヴィたちが進んでいる街道を更に西南に向かっていく方向にその街はあった。
街としての規模は大きくなく、これといって目立った産業も特産物も無い街……ウエストピークと呼ばれるそこは、平和なブルヘンド王国ではどこにでもある普通の街のひとつでしかない。
そんな平々凡々を地でいくウエストピークであったが、実はここ最近……住民のみならず、治める領主をも悩ませる事件が起こっていたのだ。
発端はある商人が窃盗の被害にあった事から始まった。自宅の金庫に入れられていた金が盗まれたという。ざっと千枚はある中でも王国で最高貨幣の白金貨もあったというので、とてつもない大損害である。
ただちに犯人を捕らえるべく領主の命を受けた役人の元で調査が開始されたのだが、商人から詳しく話を聞くとあり得ない事実が明かされたのだ。
それは単に金庫から盗まれたというのでなく、金庫ごと消えていたというのだ。これには役人も仰天した。金庫破りなんかでなく、金を入れてる金庫その物が無くなるなど狐に包まれたような話だ。
言うまでもなく、金庫の鍵を開けて盗むのと金庫自体を盗んでいくのとでは後者の方が遥かに難しい。金庫自体が重いものだし、尚且つ金貨類が大量に入っていたら重量はもっと上がる。とても持ち上げたり引っ張ったりして動かすのは不可能な筈なのだ。
現場検証もされたが、金庫が置かれていたという場所には引き摺ったような跡や証拠になりそうなものなど何も残っておらず、また聞き込みもされたのだが住民たちは誰も彼も外で金庫を移動させてるような人物は見てもいないという事だった。
有力な情報も掴めずにその内に手詰まりになりかけた中で、更に奇怪な窃盗事件が次々に多発した。
「部屋に飾っていた絵画が離れてから五分もしない内に消えていたっ」
「高級な砂糖が詰められた十キロの袋が一晩で三十袋も消えてしまったっ」
「見張りつきで守らせていた地下室に隠していた家宝の宝石が煙のように消え失せてしまったっ」
いずれも人間業とは思えないやり方で、犯人は何の証拠も残さずにやり遂げてみせており、いつしか住民の間ではこの犯人をこう呼ぶようになった。
見えない盗賊『バンディット・ゴースト』と…………。
△ △ △
日が沈んで月明かりのみが照らす時間……すっかり真夜中となっているにも関わらず、街中には多くの兵士がランタンを片手に歩き回っている。
暗い中でどの兵士も執拗なまでに注意深く辺りを見回っており、少しの物音も聞き逃さずに音のした方へ素早く向かい、周辺を事細かく調べる徹底した警戒っぷりである。
ここまでの厳戒態勢を敷いているのは言わずもがな、例の摩訶不思議な業で盗みを働いているゴーストと通称される犯人を捕らえる為である。
ゴーストと呼ばれる所以は見えない幽霊のように正体が暴かれていない事に加えて、事件が起こるのが決まって夜の内だからというのもある。
少なくともこれまで起こった中で昼間にあった事例は無い。犯人が夜に拘る理由は判然としないがそういう訳なので、最も警戒がなされる時間は必然的に日が沈みきった夜の内になる。
昼間でも人通りの無い裏路地にも兵士は入り込んで、不審な輩が出歩いていないかを調べ尽くしている。
そうして街の隅々まで兵士が巡回してる中、ウエストピークの領主が住まう屋敷ではある話し合いがされていた。
~領主邸、執務室~
領主の屋敷はその肩書きに反して意外にも質素な内装であった。まぁまぁ上等といった程度の絨毯や壁紙など、ごてごてと外見だけ気にしたようなきらびやかさは無い感じであり、領主が仕事を行う執務室など事務所のそれと変わりない質素さである。
この街の領主であるジョージ・ハーレーは貴族階級だが、見栄えを極端に気にする性分をしておらず、寧ろ経費削減の為に率先して無駄な家具類を取り揃えていなかったのだ。そんな彼を他の貴族たちはやれ貧乏性だの貴族の誇りを蔑ろにしてるだの陰口を叩いてるが、ジョージは一向に気にしていない。
寧ろ、見てくれに拘る余りに横領や不正に走る貴族連中に憐れみを向けるぐらいだ。そんな良い意味で庶民的なジョージは自身の有能な執事と共に考え事をしていた。
「……うーーむ……やはりこれは意図的なものだと思うか?」
「そうですな……偶然の一致の一言で片付けるには疑念もございます」
二人が揃って見ているのは、机に置かれているこの街の地図だ。そこには所々にバツ印があり、それらを結ぶような線が引かれている。
この印はこれまでに起こったゴーストと渾名された者が盗みに入った家々を表したものである。その印と線をよく見ると、街のある一点に向かって伸びていってるのだ。
「よもやとは思うが、最終的に目指しているのは……ここなのか?」
ここと示した先にあるのは……何たる事か、領主邸がある場所なのだ。その内に件のこそ泥がここにまでやって来る可能性に、領主は頭を抱えて項垂れる。
最初に気づいたのはいま話し合っている執事である。彼は主人から最近街を騒がせているこそ泥の対応についての相談を持ちかけられ、共に思案していたのだがその時に地図に示した被害に逢った箇所を見ている内に規則正しい並びが出来てる事に気づいたのだ。
で、線で結んでいくと徐々に領主邸がある地区に向かっているのが判明したのだ。
「得体の知れない奴にまんまと盗みに入られたとなったら、領主としての面目が丸潰れになってしまうぞっ……どうしたら良いのだ……」
「ですが、向かう先が分かったなら行幸というものでしょう。とにかく警備を厳重に敷いておけば……」
「そうは言うがなっ、これまでそうして見張りや巡回する者がわらわらいる所でさえ、ゴーストという輩は難なく盗みを成功させてるのだぞっ!」
執事の対応策に机を叩いてジョージは生温いと言いきった。これまで被害に逢った中には富裕層の家もあり、そうした家は持ち前の財力で警備兵を大量に雇って防犯に努めてたのだが、そんな厳重に守られたところでもゴーストは何の障害にもならんとばかりに盗みを完遂させてきたのだ。
となれば、単に物量任せの警備をしても財産を守れる保証など怪しいものだ。そうと言っても、命の次に大切な財産など簡単によそへ移動させるのも容易い事ではない。
「ではどうされるので……?」
「無論、何の警備もしない訳にはいかんがそれだけでは不十分だ。冒険者ギルドに要請を行う」
「は?ギルドにどんな要請を行うので……」
ギルドから腕利きの冒険者を雇いでもするのだろうか?しかし、そんな事をしても不安が払拭されるとも思えないし、余計な出費になってしまうのではと危惧する執事。
「斥候や偵察というスカウト技術に秀でた者がいたら、その者たちを雇いたいというものだ。スカウト技術に優れた者は総じて周囲の状況を敏感に察知できるであろうし、罠などを貼ったりも出来るだろう?」
「ああ、なるほどっ!そういう事でございますかっ」
言われて納得した。確かに兵士は訓練もされてるが、彼らの本分は街の防衛や治安維持が主である。手練れのこそ泥を捕まえるにはやや不向きと言わざるを得ない。
そこで、登場するのがスカウトである。冒険者の中でも策敵等に優れた彼らならば、ゴーストと呼ばれる者でも対処できるかもしれない。
未だ姿さえ見た者がいないとしても、金品を狙ってる以上は生身の人間である筈なのだ。本物のゴーストでない限りは、スカウトの技術が一番役に立ってくれるだろう。
「承知しました、では早急に手配致します」
「うむ。なるべく、熟練の者に来て貰うよう取り計らってくれ」
……その翌日には、ウエストピークの依頼ボードに破格の報酬が設定された依頼が貼られていた。
【策敵などのスカウト技術に優れた冒険者を求むっ!内容は領主の屋敷の警備。街を騒がせているゴーストという者が盗みに入ってくる可能性濃厚。撃退ないし捕縛に成功した暁には多額の報酬を確約する旨!】